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赤川次郎先生インタビュー

●「鼠」シリーズの魅力について

国民的作家・赤川次郎が、満を持して挑んだ時代ミステリー小説「鼠、江戸を疾る(ねずみ、えどをはしる)」。義賊として名を馳せる鼠小僧を新解釈で描いたこの小説はシリーズ化され、昨年末に最新刊となる6作目「鼠、危地に立つ」が発売された。滝沢秀明主演の木曜時代劇としてドラマ化されたことでも話題の本シリーズについて、赤川氏にインタビュー。「三毛猫ホームズ」や「三姉妹探偵団」など数多くの人気シリーズを手掛け、ずっと第一線をひた走ってきた赤川氏に、「鼠」シリーズへの思い入れから、無尽蔵に人気小説を生み出す秘訣について話を聞いた。

まずは、初めて時代小説を手掛けることになったいきさつから。

「『野性時代』(小説誌)がリニューアルする時、すべての作家に『今まで書いたことのないジャンルを書いてください』という達しが出て。また、前から、捕物帳、要は江戸時代のミステリーなどを書かないかと言われていたのですが、いろいろと史料を読まないといけないから、面倒くさいと逃げていたんです(苦笑)。でも、結局、今回やることになりました。」

赤川氏は、以前から時代劇が大好きだったそうだ。

「父が東映に勤めていたので、2つ、3つの頃から試写室で、東映のチャンバラ映画を見て育ったのです。中村(萬屋)錦之介さんが紅顔の美少年として出てこられた時から見続けてきて、高校生になると、市川雷蔵や、勝新太郎などの時代劇もたくさん見ました。『鼠』が決まった時も、史料などを見る時間は全くなかったので、頭の中の時代劇の記憶を頼りに書いています。まあ、歴史小説ではないので、時代考証とか史実にとらわれなくてもいいだろうと。江戸時代というおおまかなくくりで、鼠小僧を活躍させようと思いました。」

初めての時代小説の題材に「鼠小僧」を選んだ点には、赤川氏ならではのこだわりがある。

「僕は『水戸黄門』とか、権力に守られた人たちは、あまり好きじゃなくて。『銭形平次』や『鬼平犯科帳』も、いくら人情味があると言ったって、みんな取り締まる側の人間でしょ。僕はそういうところから外れた主人公を敢えて書きたかった。自分は学生運動の世代だし、わりと反体制で権力が嫌い。ただ、殺しを職業にする『必殺仕掛人』まで行くと、やりすぎかなと思ったので、『鼠』なんです。」

「鼠小僧」を描く上でヒントとなったのは、明治の劇作家・長谷川時雨の『旧聞日本橋』の一節だった。

「その中で、時雨のおばあさんは、鼠小僧が処刑前に市中引回しされるのを見たという話が出てくるんです。結城の着物を着て、薄化粧をし、小柄でいい男だったと。当時としては、今のワイドショー的、週刊誌的な話題だったと思います。読んでいくと、鼠小僧は、母親や妹と3人で長屋に暮らしていて、母親は彼が処刑された日に出家し、仏門に入ったそうです。妹には旦那がいたらしくて。それを読んですごく生活感を感じ、こういうキャラクターだったら書いていけるかなと思いました。」


「鼠」シリーズの主人公は、大名や大店のみを狙う盗人の鼠小僧こと、自称“甘酒屋”の次郎吉で、妹の小袖は“女武蔵”と呼ばれるほどの小太刀の使い手だ。義理人情に厚い兄妹が、困っている人に遭遇すると放っておけず、毎回事件に首を突っ込んでいく。甘酒屋という設定については「単なる思いつきです」と笑う赤川氏。「彼は遊び人だから、一番リアリティーのない商売って何かなと考えた時、当時、江戸にそういう人がいたんじゃないかなと思って、そうしました。」

妹・小袖は鼻っ柱が強く、兄は常々かなわないという設定は、「三毛猫ホームズ」などにも通ずるところがある。

「やっぱり女の子が元気な方が楽しいでしょ。お話自体は、辛い目に遭っている人や恵まれない侍を助けたりして、自分が損な立場に追いやられたりするので、小袖の存在によって彼を救ってあげたいと思いました。鼠小僧は刀も匕首(あいくち)くらいしか持っていないので、立ち回りは難しいから、妹にやらせちゃえということで、小袖を小太刀の達人にしました。」




●赤川次郎おすすめの小説について

また、赤川氏に、BOOK☆WALKERの若い世代におすすめの小説についても聞いてみた。

「僕は、日本文学とかはほとんど読んでいなくて、海外文学しか知らないんです。フランスの女流作家(シドニー=ガブリエル・)コレットの『牝猫』は、新婚の夫婦とメス猫の三角関係の話でおすすめです。夫が可愛がっているメス猫に嫉妬した奥さんが追い出される羽目になっちゃう。猫がとても活き活きとした描写でされていて、今読んでもすごく面白いと思う。」

では、赤川氏が一番影響を受けた作家は?と尋ねると、伝記文学で知られるシュテファン・ツヴァイクの名前を挙げた。

「今、手に入るのは『マリー・アントワネット』くらいだと思いますが、『ベルサイユのばら』の元ネタで、とても読みやすい。彼の小説には、熱に浮かされたような雰囲気があります。一番面白いのは、『ジョゼフ・フーシェ』というナポレオンの時代を巧みに生き抜いた政治家の物語。政治家だけど、常に多数派に所属して生き延びた人間の話で、伝記文学なのに、学問くさくなく、あくまで人間ドラマとして描いています。」

ツヴァイクの小説の魅力についてさらに饒舌に語る赤川氏。

「最後はギロチンで処刑されたマリー・アントワネットもそうですが、彼は、最終的に成功した人ではなく、敗北した人間を取り上げる人なんです。たとえば彼は、南極探検の話(『人類の星の時間』)も書いていますが、彼が描いたのは、一番乗りした(ロアール・)アムンゼンではなく、敗れた(ロバート・)スコットの方。スコットは同じ南極点を目指し、アムンゼンと競った挙句、先を越されてしまい、その帰路で吹雪に遭って死んでしまう。最終的に敗北した人間ですが、そこには人間の努力の美しさがある。偉人伝ではなく、歴史の中で忘れられてしまうような存在の人を取り上げる視点がとても好きです。」

そういう意味では、最終的に市中引き回しで非業の死を遂げる「鼠小僧」も同じカテゴリーに入る。

「そうですね。僕も弱い者の立場に視点を置くことに惹かれます。徳川家康とかの話は、読めば面白いのかもしれないけど、読む気がしません(苦笑)。」




●赤川次郎の創作意欲の源とは?

1976年に「幽霊列車」で作家デビューをしてから、数多くのベストセラー小説を多産してきた赤川氏。その数は前人未到の超人の域に入り、2014年現在まで執筆した作品数は570作以上、著作の累計発行部数は3億部以上を超えている。もちろん、この発行部数を記録した日本人作家は赤川氏のみである。

なぜ、そこまでコンスタントに作品を生み出せるのか?

「催促されるから。いかに編集者が怖いかってことですよ」と、おちゃめに答える赤川氏。「楽しいから書いているんです。作家なんて、書くことが好きじゃなかったら、とてもじゃないけどやっていられない。締め切りが重なったりすると、もちろん辛いけど、それは眠いとか、そういう類の辛さだけです。書くのが嫌になったことは今まで一度もないですし、基本的に好きなものを書いているので。」

そう、軽やかに語る赤川氏に、「スランプに陥ったり、アイデアが枯渇したりすることはないのですか?」とさらに斬り込んでみたが

「あまりそういう心配をしたことはないです。心配し始めたらノイローゼになってしまう。37年やってきたので、経験上、何とかなるだろうと。楽天的なんです」と穏やかな口調で語る。

ずっとそのスタンスを持続させること自体が才能だと思うが、さらに長く続けることの秘訣についても聞いてみた。

「ネタ探しのために行くわけではないですが、お芝居や音楽会、オペラ、歌舞伎とかをよく見ています。要するに、いつも吸収するものを切らせないようにしているんです。多い時には、月に15回とか劇場に足を運んだりしますね。こういう立場にいる以上、時間が自由になりますから、その特権は利用しようと。良いものを見て、すごいなあと思うことが大切なんです。それが一番のエネルギーの素ですね。本当に上手い役者さんの演技を見たり、素晴らしい演奏などを聴いたりすると、人間ってこんなにすごいことができるのかと感心するんです。そうすると、自分はまだまだで、とてもこんなところまで行き着いてないという気がして。常に目標を高く持って、それに少しでも近づきたいという気持ちでいれば、長く続けられると思います。」

作品のタッチのように軽妙な受け答えをしてくれた赤川氏だが、話を聞けば聞くほど、常に弱き者の立場に目線を置く人間としての懐の深さが伺えた。才能は言うまでもなく、今後も精力的に話題作を連打されていくであろうバイタリティと、人間力の強さにただただ感服した。

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