『青空文庫、中里介山、雑誌を除く(文芸・小説)』の電子書籍一覧
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[作品について]竜之助を追い奈良田温泉まで来た兵馬は、望月家の強請(ゆすり)成敗の話を聞き、ひと足違いで竜之助が甲府に向け発ったことを知る。竜之助が向かったという甲府勤番神尾主膳の屋敷に忍び込んだ兵馬は、その晩、同じく邸内に忍び込んだ盗賊の嫌疑をかけられ、獄につながれてしまう。七兵衛から兵馬の話を聞かされたお松は、囚われた兵馬を救うため、主膳の愛妾であったお絹のきもいりで、ふたたび甲府勤番である主膳の屋敷に奉公を願いでる。興行より帰った一座から、お君が江戸に戻っていないことを知らされた米友は、七兵衛の口ききでお松とお絹につき添い、同じく甲府をめざし旅立つのであった。 「大菩薩峠」[初出]第十巻「市中騒動の巻」「都新聞」1918(大正7)年 6月21日~8月17日[文字遣い種別]新字新仮名
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[作品について]伊勢大湊(おおみなと)を江戸に向け発った竜之助は、浜松城下で武士たちといさかいを起こしているところへ仲裁に入ったお絹と知りあい、旅のみちづれとなる。切髪あでやかな婦人、色香ただよわすお絹と宿をともにした晩、竜之助は寝つかれぬまま数々の奇妙な夢を見る。翌朝、回復しつつあるように思われた眼はふたたび光を失っていた。一方、お松、七兵衛とともに竜之助を待ちうける宇津木兵馬。しかし三保の松原での果し合いは、がんりきと名乗る盗人(ぬすっと)の横槍でかなわぬままに終わる。荒れ寺に泊まることを余儀なくされた竜之助は、その晩、夜をふかし話をするお絹の口から、剣豪、島田虎之助毒殺のいきさつを聞かされたのだった。 「大菩薩峠」[初出]第七巻「東海道の巻」「都新聞」1918(大正7)年 1月1日~3月6日[文字遣い種別]新字新仮名
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[作品について]琵琶湖で真三郎との心中のすえひとり生き残ったお豊は、故郷をはなれ伯父の許で世間から隠れるように暮らしていた。しかし、姿のよいお豊は商人の息子金蔵の目にとまり執念深くつきまとわれるようになる。そのことに悩まされたお豊は、金蔵の目を逃れるため、伯父の働きで三輪(みわ)大明神の社家(しゃけ)植田丹後守の屋敷へ世話になる。 武芸の愛好家である丹後守のもとには、竜之助が食客となり道場をあずかっていた。竜之助には上洛の途中、関の宿で駕籠屋にからまれていたお豊を救ったという因縁がある。 神楽太鼓が鳴る夏祭りの晩、縁端(えんばな)で涼をとる竜之助のもとを湯上がりに通りかかったお豊。何気なく話をかわした二人の間には、いつしか江戸行きの約束がまとまっていた。 「大菩薩峠」[初出]「都新聞」1915(大正4)年 4月7日~6月11日[文字遣い種別]新字新仮名
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[作品について]甲斐と駿河の国境(くにざかい)徳間峠。竜之助はお絹とともに同行するがんりきをふいに斬りつける。片腕を落とされたがんりきは、狼狽するお絹をつれ逃げ去った。人気のなくなった峠、降りだした雨の中を昏々と眠る竜之助。やがて通りかかった山の娘たち一行は竜之助をたすけ、頭(かしら)のお徳は連れかえった竜之助の世話をするようになる。奈良田温泉へ逗留し、久方ぶりにくつろいだ日々を過ごしていた竜之助は、地元の郷士(ごうし)望月家が、甲府勤番の役人を騙(かた)った神尾主膳の手先に強請(ゆす)られていることをお徳から聞かされる。一計を案じた竜之助は、望月家伝来の名品と称した槍を手に、望月家を強請る役人の詰め所に単身乗り込んでいった。 「大菩薩峠」[初出]第八巻「白根山の巻」「都新聞」1918(大正7)年 3月7日~5月1日[文字遣い種別]新字新仮名
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[作品について]大菩薩峠で竜之助に斬られた巡礼の孫娘お松は、奉公先の旗本神尾主膳(かみおしゅぜん)の放恣な生活にたまりかね、奉公人の与八と屋敷を逃げ出す。しかし、途上めぐりあった伯母の奸計にあい、人買いの手により京都の色里島原に売られてしまう。 一方、江戸で無聊をかこつ竜之助のもとに、文之丞の弟宇津木兵馬(うつきひょうま)から果し状が送りつけられる。かねてより情の薄い竜之助に愛想をつかしていたお浜は、その晩、床についた竜之助を斬りつける。「竜之助様、わたしを殺して、どうぞお前も殺されて下さい」竜之助に刃(やいば)をかわされ蹴倒されたお浜は外の闇へ。神明(しんめい)から浜松町へかけての通り、お浜の駈けて行く後ろ影。増上寺三門の松林の前、逆上した竜之助はついにお浜の胸を一突きにする。 「大菩薩峠」[初出]「都新聞」1913(大正2)年12月19日~翌年9月3日[文字遣い種別]新字新仮名
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[作品について]江戸からはるばる島原の廓(くるわ)をたずねて来たのは、大菩薩峠でひとり残されたお松の面倒を見てくれた七兵衛だった。腕利きの盗賊七兵衛はお松の身受けをするため、新撰組詰所となっている南部屋敷へ金子を盗みに入る。しかし、新撰組の密偵に目をつけられた七兵衛はお松に近づくことが叶わぬまま島原を離れ姿を隠す。 新撰組宴会の晩、座敷の手伝いに借り出されたお松はひと気のない離れの間でひといきつくうち、隣室でかわされる近藤勇暗殺の計略を聞いてしまう。話の主は新撰組隊長芹沢鴨と机竜之助。事情を知ったお松は芹沢に捕われ竜之助とともに軟禁される。幽霊が出るとうわさされる御簾(みす)の間、お松の前で盃をかさねる竜之助は何かにおびえ、次第に異様な酔態をあらわにしていくのだった。 「大菩薩峠」[初出]「都新聞」1914(大正3)年9月4日~12月5日[文字遣い種別]新字新仮名
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[作品について]参詣の人々でにぎわう伊勢の町。旗本一行の座敷に呼ばれた芸人お玉は、間の山節を披露した帰り、遊女から一封の手紙と金包を預かる。お玉に手紙を託した遊女は、身をやつしたお豊であった。翌朝、遊廓に逗留する旗本たちの懐中一切が盗まれ、やがてその嫌疑はお玉にかけられる。愛犬ムクの活躍であやうく捕り方の手をのがれたお玉は、幼なじみの槍の名手、米友(よねとも)に助けを求めた。米友の荒家(あばらや)で、昨夜預かった手紙が遺書であることを知ったお玉は、捕り方探索のさなか、お豊からの手紙をたずさえ竜之助のもとへ向かう。 「大菩薩峠」[初出]第六巻「間の山の巻」「都新聞」1917(大正6)年 10月25日~12月30日[文字遣い種別]新字新仮名
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[作品について]勤王派天誅組とともに、十津川の乱、鷲家(わしか)口の戦いにやぶれ紀州山中に落ちのびた竜之助は、幕府側の討手(うって)が仕掛けた爆薬で両眼を失明する。崩壊した山小屋から一人のがれた竜之助は山中をぬけ竜神村の社(やしろ)に身を隠す。一方、竜神村で金蔵と所帯をもち温泉宿をいとなんでいたお豊は、ある夜ふけ、土地の者から「清姫の帯」とおそれられる不吉な雲を見る。道成寺の安珍清姫伝説にまつわる幻想的な口承を背景に、一度は断ち切られたかに見えた竜之助とお豊の縁(えにし)の糸は、ふたたびもつれ絡みあってゆく。 「大菩薩峠」[初出]第五巻「竜神の巻」「都新聞」1915(大正4)年 6月12日~7月23日[文字遣い種別]新字新仮名
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[作品について]御岳山(みたけさん)での奉納試合を数日後にひかえた机竜之助(つくえりゅうのすけ)は、大菩薩峠いただきで無辜の老巡礼を斬り殺す。奉納試合は宇津木文之丞(うつきぶんのじょう)の妻お浜をめぐる双方のわだかまりから、次第に殺気をおびたものとなり、竜之助は得意とする音無しの構えから立合いのすえ、一打のもと文之丞をうち殺す結果におわる。 お浜をつれ江戸に逃れた竜之助は、新徴組(新撰組の前身)芹沢鴨(せりざわかも)の世話になる一方、土方歳三(ひじかたとしぞう)らとともに新徴組幹部清川八郎の暗殺に加わるが、手はずのあやまりから、島田虎之助の襲撃を目撃することになる。 早朝、小雪ふる鶯谷(うぐいすだに)新坂下の原。直心陰(じきしんかげ)流の剣豪、虎之助のあざやかな立ちまわりと圧倒的なわざの前に次々と斬り斃される刺客たち。このできごとに衝撃を受けた竜之助は「我ついにこの人に及ばず」と知り、愕然とするのであった。 「大菩薩峠」[初出]「都新聞」1913(大正2)年9月12日~12月18日[文字遣い種別]新字新仮名
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[作品について]中里介山編集の「峠」創刊号の巻頭言。短いながら、介山の人生観、文学観を明確に表している。(門田裕志)[文字遣い種別]新字新仮名
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[作品について]伊勢での泥棒の嫌疑からのがれてきた(お玉から名を変えた)お君と米友は、軽業の一座にひろわれ江戸に来ていた。しかし見せものに嫌気がさした米友は一座を去り、金貸しのもとで働くことになる。金貸しは、徳間峠で竜之助とわかれたお絹が甲斐でひろった、砂金取りの子ども忠作であった。一座のもとに残ったお君は、座長のお角(かく)にさそわれ甲府への興行に同行する。ささいなことから甲府の下役ともめごとを起こした一座は、なぐり込みをかけてきた下役仲間の折助たちを相手に、大騒動の喧嘩ざたとなってしまう。仲間と愛犬ムクを救おうと一座の小屋に飛び込んだお君は、火の手のあがった混乱のさなか、ゆくえ知れずとなってしまうのだった。 「大菩薩峠」[初出]第九巻「女子と小人の巻」「都新聞」1918(大正7)年 5月2日~6月20日[文字遣い種別]新字新仮名
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