『大竹晋、雑誌を除く、分冊版を除く(実用)』の電子書籍一覧
1 ~8件目/全8件
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文献学的手法によって部派仏教と大乗仏教の文献から、菩薩が女性に対して、恋愛・結婚・性交・感受・直視・説法・仲介・授胎が可能かを在家と出家の場合に分けて確認する。
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部派仏教へのまなざしから読みとく大乗仏教史
インドにおける小乗蔑視の発生と受容、中国における小乗蔑視の受容と小乗批判の発生、そして、日本における小乗蔑視と小乗批判との受容――
大乗仏教が辿ってきた道を、大乗経から中観派、唯識派、最澄まで多彩な文献を用いて説きあかす。
小乗批判から生まれた、本来の大乗仏教と異なる「日本式大乗仏教」とは何か。
日本人の大乗仏教理解に再考を迫る。 -
出家者の悟りのための宗教として機能していた仏教が在家者の葬式のための宗教としても機能するようになったのはなぜか。布施、葬式、戒名、慰霊、追善、起塔それぞれの始まりを求め、アジア各地の仏教を探っていく。悟りを開いた出家者の霊力に対し、在家者が抱懐する聖者崇拝。布施をくれる在家者の要望に応え、出家者が受容する土着習俗。仏教学、民族学、文化人類学の成果をもとに、アジア各地に共通の背景を解明し、弔いが仏教となっていく過程を俯瞰する。
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本巻には、
・『顕戒論縁起』など入唐開宗の経緯を示す諸著作、
・『授菩薩戒儀』『顕戒論』など大乗戒の確立をめざす諸著作、
・『法華経』の開経たる『無量義経』の註釈『註無量義経』、
を執筆年順に収める。
伝教大師が築かれた、円・密・禅・戒を統合する日本天台宗の原点がここにある。
【目次】
凡例
『現代語訳 最澄全集』を読むための基礎知識
願文
請入唐請益表
授菩薩戒儀
大唐新羅諸宗義匠依憑天台義集
天台法華宗付法縁起
註無量義経
山家学生式
比叡山天台法華院得業学生式
請菩薩出家表
請立大乗戒表
天台法華宗年分得度学生名帳
内証仏法相承血脈譜
顕戒論
上顕戒論表
顕戒論縁起
遺言
総解題
解題
原文校訂 -
あなたは五戒を誤解している!?
インド仏教では、在家者がサンガの一員を見つけられない場合、自分一人で在家者の戒を受け保つこと(セルフ授戒)を認める学派がある。本書はそのような学派の説に基づき、仏教の正統的な在家者の生活を望む自由な個人が、在家者の戒を一人で受け保つためのマニュアルを提供する。
序章では現代日本で戒を受け保つ意義を検討する。戒を保つのは人を超えて向上するためなので、仏教の正統的な在家者として暮らしたい自由な個人は、一人ででも戒を受け保つべきである。
第一章ではインド仏教における戒の展開を確認する。欲界に属する我われの仏教的な道徳性(戒・妙行・業・律儀)は、阿含経と律に説かれている。後に、部派仏教の論や大乗仏教の経・論で整理され、おもに十善業道と七衆の別解脱律儀が、大乗の論ではさらに菩薩律儀が説かれるようになる。
第二章では少なくとも経量部と大乗では、戒の原則が〈有情を悩まさないこと〉であることを確認する。戒の結末として、部派では生天・涅槃が、大乗では大菩提(出家者のみ)が得られる。
第三章では在家者の道徳律である五学処(五戒)と八支近住学処(八斎戒)の内容を、詳細に確認する。実践上の疑問点や五戒に対する誤解がおおよそ解消するであろう。
第四章では菩薩の道徳律である四の他勝処法と四十四の違犯の内容を、詳細に確認する。菩薩律儀は苦行などではなく、普通の人が保てるモノなのである。
第五章では戒の本質は思/思の派生物なので自発的に保たなければ意味がなく、在家者は、上座部と経量部では心か意楽(こころざし)によって、一人で在家者の律儀を、唯識派ではさらに菩薩律儀を受け保てることを確認する。仏教的な道徳性はモノなので、得たり捨てたりできる。つまり、持戒がきつくなったら、やめられるのである。
第六章ではセルフ授戒が可能な上座部・経量部・唯識派では、在家者が一人でいかにして在家者の戒を受け保つのか、その具体的な方法を、準備、資格、範囲、期限、開始、再開に分けて解説する。
第七章では中国で成立して東アジアで大きな影響力を持った、偽経『梵網経』『菩薩瓔珞本業経』『占察善悪業報経』に説かれる戒の問題点を検討する。
第八章ではインドでは無戒の仏教徒はあり得るかを調査し、次いで、日本仏教の末法無戒説の問題点を検討する。
結論では現代の日本において仏教の正統的な在家者の生活を望む自由な個人が、一人で在家者の戒を受け保ち、組織を持たない「無教会仏教」へと向かうことを提言する。人々がブッダに倣い、人を超えて向上していくことを求め、戒を受け保つことこそが、真の意味における仏教の興隆なのである。
本来、戒は不完全に保ってもいいモノである。さまざまな理由によって、律儀を不完全にしか保てないこともある。だからこそ、律儀を不完全に保ちながら、懺悔して何度でも保ち直し、いずれ完全に保つことを目指せばよいのである。
さあ、あなたもインド仏教諸学派の説を比較検討した本書を使い、次の布薩日から八支近住学処をセルフ授戒、目指せ本格仏教徒! -
歴史的ブッダの死後500年ごろ(紀元前後)から出現し始めた大乗仏教は、その始まりから「大乗非仏説論」(大乗は仏説に非ずという論)に晒され、大乗仏教徒は、大乗非仏説論を厳しいトレーナー(教官)として、大乗仏教の存在意義を懸命に探し求めてきた。しかし、内外に問題をかかえたまま、新来の上座部仏教(テーラワーダ仏教)の正統性に追従する近年の日本の大乗仏教諸宗においては、大乗仏教の存在意義はもはや完全に見失われつつある。
そのような状況にあって、本書は、大乗仏教に共感や関心を持つもののために、あらためて大乗非仏説論に真摯に向き合いつつ、大乗仏教の存在意義を明快に説きあかす。 -
「悟る時は真理の方が人に迫ってくる」(菩提達摩)、「心は驚きのもと崩落した」(白隠慧鶴)、「これが無なのだな!」(鈴木大拙)、「自分の大きさ、広さにびっくり仰天」(長沢祖禅尼)、「宇宙一元! 大歓喜!!」(井上日召)……臨済宗から日蓮宗まで約五十人の「悟り体験記」を読みとき、目くるめく境地の真相に迫る。
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