『文芸・小説、渡邊大門、0~10冊』の電子書籍一覧
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戦国像を更新する一冊!
「人・モノ・カネ」の流れから
戦国を読みとく!
商人・豪商の活動から、
信長・秀吉らの都市・経済政策、
南蛮貿易とキリスト教の浸透、人身売買、
天下人家康による外交政策まで──
昨今の戦国時代の研究は、権力論だけにとどまるわけにはいかなくなった。
同様に領国内の支配だけに目を向ければいい、という考え方も通用しなくなっている。
戦国大名権力を構成する経済が避けられがちで、大名間の抗争のみに
目を奪われるだけでは、ことの本質を見誤ることになるだろう。(おわりにより)
──良質な史料から知られざる戦国史の一面をつまびらかにする。
戦国像を更新する一冊! -
家康は、いつ決断したのか?大坂冬の陣、夏の陣を経て、豊臣家は滅んだ。しかし家康は、関ヶ原合戦後も、豊臣家滅亡を企図してはいなかった。冬の陣・夏の陣、戦後処理までの実態を、良質な一次史料と最新研究を用いて解明。今わかりうる大坂の陣のすべてをつまびらかにする。
家康は、いつ決断したのか?
大坂冬の陣、夏の陣を経て、豊臣家は滅んだ。
しかし家康は、関ヶ原合戦後も、豊臣家滅亡を企図してはいなかった。
大坂の陣に至るまでの十数年、家康は何を考え、どう行動していたのか?
かたや豊臣方は?──
本書では、秀吉の最晩年から、関ヶ原合戦、方広寺鐘銘事件、大坂の陣前夜、
冬の陣・夏の陣、戦後処理までの実態を、良質な一次史料と最新研究を用いて解明。
今わかりうる大坂の陣のすべてをつまびらかにする。
旧説の誤りを正す論考多数。
【内容より】
●家康はなぜ、関ヶ原合戦後の十数年も間、豊臣家を生かし続けたのか?
●方広寺の鐘に刻まれた「国家安泰」に、家康呪詛の心はあったか?
●関ヶ原合戦後、九度山に蟄居していた真田父子に「打倒家康」の意志はなかった
●大坂の陣に、浪人衆・一揆勢・キリシタン・寺社・村々はどう関わったか?
●冬の陣後の、大坂城外堀・内堀の「埋め立て」は、豊臣方も了解済だった
●夏の陣後、幕府が執念を燃やした、「豊臣方の落人探索」 -
本書では、秀吉の晩年から、五大老五奉行による政権運営時代、会津征伐、関ヶ原本戦、東北・九州の戦い、家康による戦後処理、豊臣家滅亡による「関ヶ原体制」の終焉(一六一五年)までの実態を、良質な一次史料と最新研究を用いて解明。後世の編纂物などの二次史料に影響されがちな関ヶ原合戦史を訂正し、今語りうる史実の全体像をつまびらかにする。
日本史上「最大の合戦」を三十年のタイムスパンで読み解く。
秀吉の晩年から会津征伐、関ヶ原本戦、東北・九州の戦い、豊臣家滅亡まで──
関ヶ原合戦(一六〇〇年)はわずか半日で終結した戦いだが、この戦の遠因は、本能寺の変(一五八二年)を経て秀吉時代になって以降の、独裁体制のひずみと諸将間の確執、各大名家の家中問題にあった。
本書では、秀吉の晩年から、五大老五奉行による政権運営時代、会津征伐、関ヶ原本戦、東北・九州の戦い、家康による戦後処理、豊臣家滅亡による「関ヶ原体制」の終焉(一六一五年)までの実態を、良質な一次史料と最新研究を用いて解明。
後世の編纂物などの二次史料に影響されがちな関ヶ原合戦史を訂正し、今語りうる史実の全体像をつまびらかにする。 -
家康は「戦さ巧者」だったのか?「小山評定」は本当にあったのか?気鋭の研究者たちが明かす家康の「虚像」と「実像」!
家康は「戦さ巧者」だったのか?
「小山評定」は本当にあったのか?
気鋭の研究者たちが明かす家康の「虚像」と「実像」!
人質時代から織豊時代、天下人になるまで、
その生涯を一級史料から追う。
辛抱強い戦略家、神君といった家康の一般的イメージは、
江戸期に創られた、家康を特別視する
「松平・徳川中心史観」に基づくものであり、誤りが少なくない。
本書では、今川氏の人質時代から信長との同盟時代、豊臣政権時代、
関ヶ原の戦い・大坂の陣の時代まで、
家康の生涯を一次史料に基づく最新研究からつぶさに検証。
俗説を排し、通説を見直し、真の家康像を浮き彫りにする。
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