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『講談社、講談社学術文庫、半年以内(実用、文芸・小説)』の電子書籍一覧

1 ~26件目/全26件

  • ギリシア悲劇の最高傑作と評される本作は、詩人ソポクレース(前496頃-前406年頃)によって、前441年から前432年のあいだに書かれたと推定される。
    フロイトの「エディプス・コンプレクス」をはじめ、後世に多大な影響を及ぼし、今日まで読み継がれてきた本作のあらすじは、よく知られている。
    ――劇の冒頭、オイディプースはテーバイの王として登場する。かつてスピンクスによるテーバイの危機を救った王は、新たに疫病が国を襲った今、神のごとき救い主として市民たちの嘆願を受け、自信にあふれた姿でこれに対処しようとしている。それは劇の最後で、父を殺し、母と交わって恥ずべき子供をつくったことが判明し、わが手で目をつぶし、みずから呪われた身となる男とはあまりにも対照的な姿である。そして、冒頭の姿がオイディプースの「非・真実」、最後の姿が「真実」であり、詩人は「非・真実」と「真実の対照」を示しているように見える。しかし、冒頭の姿はスピンクスを退治した功績によるものである以上、「非・真実」とは言いきれない。ここにあるのは真実を恐れると同時に真実を求めるオイディプース自身に重なる。訳者は言う。

    「この劇においてわれわれの心をはげしく揺さぶるのは、真実を恐れて逃げようともがき、かえって真実に引きつけられて破滅するオイディプースの姿である。父を殺し母と交わる定めを告げられたとき、誰がこれを恐れずにいられようか。〔…〕だが真実にたいする恐怖が真実を見失わせるのはオイディプースだけではない。〔…〕われわれの中には暗い未知のものがある。われわれは、自分が何者なのか本当に知っているのか。日常の生活において見せかけ(非・真実)の中で暮らしているのではないか。〔…〕 『オイディプース王』がわれわれの心を揺さぶってやまないとすれば、それはわれわれ自身の中にオイディプースが宿るからにほかならない。」(「訳者解説」より)

    このあまりも有名な作品には数々の日本語訳があり、文庫版も複数存在している。しかし、1990年に『ギリシア悲劇全集』のために訳し下ろされた名訳が、顧みられないままになっていた。キケロー『国家について 法律について』に続き、碩学が残した貴重な仕事を学術文庫に収録し、後世に継承するべく、ここに刊行する。

    [本書の内容]
    [プロロゴス]
    [パロドス]
    [第一エペイソディオン]
    [第一スタシモン]
    [第二エペイソディオン]
    [第一コンモス]
    [第二スタシモン]
    [第三エペイソディオン]
    [第三スタシモン]
    [第四エペイソディオン]
    [第四スタシモン]
    [エクソドス]
    [第二コンモス]

    ヒュポテシス(古伝梗概)
    訳者解説
  • 1,430(税込)
    著:
    渡辺研二
    レーベル: 講談社学術文庫
    出版社: 講談社

    ヒンドゥー教や仏教と並ぶインドの伝統宗教、ジャイナ教。
    古代インドで仏教とほぼ同じ時代・地域に誕生したこの宗教は、やがて世界宗教としてインドから世界に広がっていった仏教とは異なり、いまもインドの地に深く根を下ろし、約2500年にわたりインドの文化や経済に大きな影響を与え続けている。
    「ジナ(輪廻から“勝利した者”)の教え」を意味するジャイナ教は、紀元前6ー5世紀ごろ、24人目のジナとされるマハーヴィーラという祖のもとで、反バラモン主義運動として興った。輪廻と業(カルマン)を前提とし、厳しい苦行によってそこからの解放を目指す宗教である。
    ジャイナ教の世界観では、宇宙は永遠に興亡を繰り返し、衰退の時代には救済者が現れて教えを説くとされる。人間はその世界での行為によって業が霊魂に付着し、果報を生むため、輪廻から逃れることができない。輪廻を断つためには、行為そのものをできる限り停止し、すでに付着した業を苦行によって落とさなければならないと考える。
    本書では、不殺生・非暴力の徹底と無所有を中心的な教義とし、あらゆる存在に生命を認め、その生命を何より尊重するという希有な宗教、ジャイナ教について、その知られざる歴史、教義、戒律、白衣派と空衣派という二大分派の違い、そして出家者と在家信者の実践をわかりやすくまとめた。

    [本書の内容]
    第1章 序言
    第2章 ジャイナ教の興起した背景
    第3章 六人の自由思想家の教説
    第4章 マッカリ・ゴーサーラ
    第5章 祖師マハーヴィーラの生涯
    第6章 白衣派の聖典
    愛7章 空衣派の聖典
    第8章 ジャイナ教の教義
    第9章 ジャイナ教の生活
    第10章 ジャイナ教の戒律
    第11章 ジャイナ教の在家信者
    第12章 不殺生の教えと霊魂の種類
    第13章 現在のジャイナ教教団
    第14章 ジャイナ教と仏教の比較

    ジャイナ教を知るための文献案内
    あとがき
    解説 河﨑豊

    *本書の原本は、2006年に現代図書から刊行されました。
  • バビロン第1王朝第6代の王ハンムラビ(在位前1792-前1750年)は、内政に力を注いだあと、治世29年頃から近隣諸国の征服に乗り出し、小さな都市国家の中心にすぎなかった王国を拡大して、治世37年頃までにはバビロニアを統一し、メソポタミアの北部の一部を含む大王国を築き上げた。ハンムラビ法典は、この大事業が完成したあと、ハンムラビ王の命令で編纂されたものである。
    ハンムラビ法典は、長らく「世界最古の法典」とされていたが、ウル第3王朝の創設者ウルナンマ(在位前2112-前2095年)が作らせたウルナンマ法典やイシン王国のリピト・イシュタル法典、ハンムラビ法典よりやや古いエシュヌンナ法典などの断片が発見され、現在ではこれらの法典の伝統を受け継いでできあがったものだと考えられている。
    ハンムラビ法典碑は、1901年から02年にフランスの発掘調査隊によってエラムの旧都スーサ(現在のイランの南西部)で発見され、現在はパリのルーヴル美術館に収蔵されている。法典碑のオリジナルがほぼ完全な形で残っているのはハンムラビ法典だけである。さらに数多くの写本が残っており、当時の書記(学者)たちが盛んに書写したことが想像される。そこでは裁判、犯罪、被害者の救済、兵士、社会構成、農業、商業、結婚、家族、遺産相続など、さまざまな事例が扱われており、ハンムラビ法典は当時の社会を反映する重要な史料として、揺るがぬ価値を持ち続けている。
    本書は、「目には目を、歯には歯を」という同害報復の規定でも知られるこの貴重な記録を全訳するとともに、読解を助ける訳注はもちろんのこと、各条文についての詳細な「注解」、時代背景の説明を含む懇切な「訳者解説」をも併載した、碩学による偉大な訳業である。単行本として刊行された旧版を全面的に改訂し、初めての文庫版として生まれ変わった本訳書は、不滅の輝きを放ち続けるだろう。

    [本書の内容]
    ハンムラビ法典

    注 解
    訳者解説
     1 ハンムラビのカタカナ表記について
     2 ハンムラビとその時代
     3 ハンムラビ法典とは何か
     4 王碑文としてのハンムラビ法典
     5 判決集の配列
     6 ハンムラビ法典碑と諸写本
     7 ハンムラビ法典以前の諸法典
     8 古代メソポタミアの法形式
    付 論
     1 「私の彫像」か「私のレリーフ」か
     2 ハンムラビ法典の写本一覧
     3 ハンムラビ法典と日本の現行の法律
    参考文献
  • 同じ月でも、万葉の空には暖かく明朗に輝いていたけれども、平安王朝の人びとにとっては孤独な悲哀感を伴う冷たく澄明な光を降りそそぐものだった。
    「梅」と「桜」はともに春を代表する花ではあるが、それが表象するものごとには、微妙だが決定的な相違がある。
    古典的景物の代表が「雪・月・花」であって、風や雲、雨、もみじや菊などではないのはなぜか。

    日本の作品だけを見ていては、日本語のことばが担うイメージにどのような構造的な秩序があるのか、知ることはできない。
    なぜなら、古典日本語は、中国大陸からもたらされた多くの文物、とりわけ漢詩文を基盤にして創られたものだったからだ。

    奈良・平安びとは、膨大な漢文を書写・訓読・翻訳し、さらに模倣的創作を盛んに行った。
    そうして形づくられた「王朝漢文世界」を基盤として、
    「和と漢の相互干渉」という平安文学のダイナミズムが生まれ、
    古典日本語固有のイメージが形成されたのである。

    和歌と漢詩を丹念に見比べ、豊かな古典詩歌の深い森に分け入って、「イメージの文法」を見出す。
    日本古典と漢文学の双方を比較「和漢比較研究」に取り組んできた著者がおくる、
    古典の世界を深く味わうための、イメージやシンボル、比喩に注目する「読む辞典」。
  • 浅草十二階・大阪城天守閣・東京タワー・通天閣・太陽の塔・六本木ヒルズ森タワー・東京スカイツリー……
    塔(タワー)には進歩と郷愁の物語がある――
    多数の貴重図版とともに辿る、日本人の心の建築史!

    人類は塔(タワー)によって天地の境界をデザインし、都市の象徴を上書きするとともに、塔からの眺めを欲望し、また塔に進歩の夢やノスタルジーを仮託してきた。日本の近現代に屹立する「七塔」と人々の物語を通して文明の本質に迫る、唯一無二の都市建築史。

    [目次]
    はじめに 大地から
    1塔 物見の塔――浅草十二階ほか
    2塔 公共の塔――大阪城天守閣ほか
    3塔 電波の塔――東京タワーほか
    4塔 大衆の塔――通天閣ほか
    5塔 ひとがたの塔――太陽の塔ほか
    6塔 都市の塔――六本木ヒルズ森タワーほか
    7塔 塔の塔――東京スカイツリーほか
    あとがき 天空へ
    学術文庫版へのあとがき

    [本書の原本は『ニッポンの塔――タワーの都市建築史』(河出ブックス、2012年)です]
  • 日本の人々は星に何を見ていたのか――
    星にまつわる珠玉のエッセイや、星座の神話・伝説などをつづった著作が長く愛されてきた野尻抱影。その抱影が、膨大な文献の渉猟と全国の報告者の協力を得て、生涯をかけて収集した日本各地の星の和名をまとめた一冊。農山村や漁村の暮らしと結ばれた星の呼び名や伝承を通し、日本人が星に託してきた歴史と文化の深さを鮮やかに示す。星民俗学の決定版。

    [本書にでてくる星]
    〇麦熟れ星=うしかい座
     「この星が明け方に東の方に出だしたら麦をまく。この星が夕方西に入る時分になると麦を刈るんで、むぎぼしさんと呼ぶんじゃ」
    〇魚釣り星=さそり座
     「天の魚釣り星/一ぴき釣ったら腹をあけ/塩をこめ/腰のびくへちょっと入れ」
    〇すもうとり星=かんむり座
     「一間おきに七つの星が出とってや、角力(すもう)を見とる」
    〇破軍の星=大ぐま座
     「兵隊さんが出征した時、千人針の腹巻やチョッキを着て行ったもんやが、この千人針には必ず<はぐんのほし>の形を縫いこんで持って行ったもんや。そしてなあ戦いが始まったら、この星に念じると、必ず勝っとった」

    [本書の内容]
    春の星の和名
    夏の星の和名
    秋の星の和名
    冬の星の和名
    沖縄の星名
    奄美の星名
    アイヌの星名
    南十字星
    惑星の和名
    流星の和名
    彗星の和名
    古典の星名

    解題(石井ゆかり)

    *本書の原本は、1973年に東京堂出版から刊行されました。
  • 中世キリスト教最大の異端運動、カタリ派とは何か。その起源からアルビジョア十字軍による制圧までをドラマチックに描く。
    「異端」とは、キリスト教の内部にあって、教会が確定した教義とは異なる解釈を立てる者たちである。カトリック教会は、ユダヤ教やイスラム教など「異教」に対しては緊張をはらみながらも時に寛容さを見せたが、「我らこそが真のキリスト教徒である」と信じて疑わない異端者に対しては、徹底的な刑罰と弾圧を加えた。
    12-13世紀には大小さまざまな異端運動が存在したが、なかでも、東方のマニ教を思わせる「善悪二神論」を唱え、教会制度を拒み、ローマを指して「娼婦の家」「悪魔の神殿」と謗る「カタリ派」は大きな脅威だった。とくに南フランスに広がったカタリ派を「アルビジョア派」と呼ぶが、ローマ法王インノケンティウス3世は、それに討伐軍「アルビジョア十字軍」を差し向ける。
    当時の南仏は、パリを中心とした北部の人々を「フランス人」と呼び、みずからは「フランス人」とは考えない独自の社会だった。しかし、20年におよぶ陰惨な戦いは、フランス国王の征服戦争として終結し、異端の終焉とともに南仏社会を変質させていく。
    巻末解説を図師宣忠氏(甲南大学教授)が執筆。
    〔原本:『世界のドキュメント(4)異端者の群れ』(新人物往来社刊、1969年)の改訂新版『異端者の群れ―カタリ派とアルビジョア十字軍』(八坂書房刊、2008年)〕

    目次
    はしがき
    序章 聖ベルナールの怒り
    1 呪いの町
    2 信仰の掟
    3 異端の運動
    4 カタリの発現
    第一章 南フランスの風雲
    1 南部の国々
    2 吟遊詩人
    3 豊かなる南ガリア
    4 軽い土と重い土
    5 不完全封建制
    第二章 異端カタリ派
    1 バルカンの遠き祖たち
    2 異端の書
    3 善き神と悪しき神
    4 絶望の戒律
    5 異端者の群れ
    6 完徳者と帰依者
    第三章 アルビジョア十字軍
    1 アルビジョア派
    2 ローヌ河畔の惨劇
    3 ベジエの虐殺
    4 カルカッソンヌの攻囲
    5 征服者シモン・ド・モンフォール
    第四章 百合の紋章
    1 フランス人との戦い
    2 ミュレの合戦
    3 王旗の登場
    4 異端審問
    後日譚
    あとがき
    解説(図師宣忠)
    人名索引
    関連略年表
  • 本書は、「最後のローマ人」と評されるアニキウス・マンリウス・セウェリヌス・ボエティウス(475/77頃-526年頃)が生涯の最期に残した著作である。
    ローマ貴族の家に生まれ、アテナイに留学したあと故郷で研究・執筆を行ったボエティウスは、プラトンやアリストテレスの著作をラテン語訳したほか、神学者としては三位一体論を扱う著作を書き、音楽の理論書である『音楽教程』(講談社学術文庫)を、数学の理論書である『算術教程』をものして、四学科(幾何学、算術、天文学、音楽)の基本的な体系を中世に伝えた。
    プラトンの『国家』で語られる「哲人政治」を理想としたボエティウスは、政治家としても東ゴート王国のテオドリック王のもとで宰相の地位にまで昇り、510年には西ローマ帝国の執政官となる。しかし、コンスタンティノープルとローマ教会の首位権をめぐる抗争、東ローマ帝国と東ゴート王国の対立に巻き込まれ、叛逆罪の嫌疑をかけられてパヴィアに投獄、処刑された。本書は、獄中で処刑直前に書かれたものにほかならない。
    散文と韻文が交互に配され、人格化された「哲学」との対話形式を採った本書は、中世には聖書に次いで読まれた著作として知られる。研鑽を積んできたギリシア哲学を土台としつつ、自身の悲痛な体験を背景に抱えながら、理性によって俗情を克服し、徳と善の中で生きる境地を示した本書は、古代哲学の倫理学的な美しさを今に伝える古典である。
    本書の日本語訳は、これまで4種類を数える。その中で最も古いものが、スピノザの翻訳で知られる畠中尚志(1899-1980年)による1938年のものである。「旧字体・旧かな遣い」のままになっていたこの名訳を、「新字体・新かな遣い」にして、お届けしたい。今日の読者にとって読みやすくなる工夫を施すとともに、『畠中尚志全文集』(講談社学術文庫)で熱意あふれる解説を執筆した國分功一郎氏が再び解説を担当した本書は、最新の校訂・研究に基づく他の訳書が存在する中でも、唯一無二の価値を持ち続けるだろう。

    [本書の内容]
    第一部
    第二部
    第三部
    第四部
    第五部
    ボエティウス――生涯・業蹟・文献
    解 説(國分功一郎)
  • 海外でもっともよく知られる日本の思想家は、いかに生き、何をどのように考えたか。
    対立と混迷が深まる時代だから、
    いまこそ世界には「大拙」が必要だ!

    世界にもっとも知られた日本人思想家は、いかに生き何をどのように考えたか。
    青年期からの西田幾多郎との濃密な交流をひとつの軸として、その霊性に満ちた生涯をたどりながら、東西を統合する新たな文明創造を期した思想の核心を読み解く。
    大拙の孫弟子でもある著者が、もっとも重要なポイントにしぼって平易に語る、現代人のための決定的解説書。

    [本書より]
    禅体験に基づく「超個の個」の宗教哲学は、キリスト教の伝統的な神を失った欧米の思想界に、今後ますます大きな影響を与えていくであろうと思っております。
    実際、大拙は、禅ないし仏教等に現われた「東洋的な見方」を、主客二元分裂以後しか見ていない西洋の人々に、何とかして伝えようとしたのでした。その伝道活動が欧米の世界に大きな影響を与えたことは、まぎれもない事実です。その意義は、人類の地球規模の思想史の中の画期的な出来事として、正当に評価されるべきでしょう。

    [本書の内容]
    第1章 大拙の生涯と西田幾多郎との出会い
    第2章 自由への気概──禅に基づく自由論
    第3章 釈宗演老師への参禅──アメリカ渡航まで
    第4章 衆生無辺誓願度の覚り──大拙と西田 日米間の交流
    第5章 浄土教への接近──学習院から大谷大学へ
    第6章 戦争への悲嘆──大拙と西田の憂国の思い
    第7章 日本的霊性について──絶対無条件の大悲に包まれて
    第8章 日本禅宗史への視点──盤珪禅への敬慕
    第9章 大拙の禅思想 I ──「即非の論理」と「超個の個」
    第10章 大拙の禅思想 II ─ただはたらいてやまない境涯
    第11章 東洋と西洋──二元分裂以後と以前
    第12章 日本の復興を願って──華厳思想に基づく民主的社会の提言

    *本書は、2023年にNHK出版より刊行された、NHKラジオ「宗教の時間」通年講座ガイドブック『鈴木大拙 願行に生きる その生涯と西田幾多郎との交遊(上・下)』を合本し、増補改訂したものです。
  • 本書は、20世紀を代表するドイツのユダヤ系思想家であり、フランクフルト学派の中心人物テオドール・ヴィーゼングルント・アドルノ(1903-69)の波乱に満ちた生涯と、その不屈の思想を丁寧にたどる決定版ガイドです。
    フランクフルト・アム・マインに生まれ、哲学、社会学、心理学、音楽学を貪欲に学んだ早熟の天才アドルノは、わずか21歳で哲学博士号を取得。コーネリウスのゼミで終生の友人ホルクハイマーと出会い、戦後にフランクフルト「社会研究所」の所長に就任します。ここに集った研究者たちとともに形成されたのが、後に「フランクフルト学派」と呼ばれる思想潮流です。
    ナチス政権下で教授資格を剥奪されたアドルノは、イギリスを経て1938年にアメリカへ亡命します。1949年に帰国した後、ホルクハイマーと共に社会研究所を再建、亡くなるまでその活動を続けました。
    近代合理性の闇を暴き、西欧文明の自己批判を徹底したアドルノ。アメリカの大衆文化批判、反ユダヤ主義への応答、そして「新しい主体」や芸術と哲学の連帯を模索する彼の思想は、現実とのすさまじい緊張関係の中から生み出されるもので、安易な解釈を許しません。
    本書では、音楽への情熱、クラカウアーやベンヤミンとの友情、ホルクハイマーとの共同作業など、その思想を育んだ生涯をたどり、主要著作『啓蒙の弁証法』『否定弁証法』『美の理論』の読解を通して、危機の時代に生きた知の巨人の核心に迫ります。アドルノ研究の泰斗による、最良の概説書です。

    [本書の内容]
    まえがき
    プロローグ 肯定的なアドルノを求めて
    第一章 音楽の揺りかご
    第二章 星々の友情
    第三章 否定弁証法のオリジン
    第四章 亡命のオデュッセウス
    第五章 理性の原史をたずねて――『啓蒙の弁証法』の射程
    第六章 新たな「唯物論」へ――『否定弁証法』と「客観の優位」
    第七章 『美の理論』の告げるもの
    エピローグ パウル・ツェランとアドルノ
    主要著作ダイジェスト
    キーワード解説
    読書案内
    あとがき
    学術文庫版あとがき
    アドルノ略年譜

    *本書の原本は、1996年に「現代思想の冒険者たち」第15巻として小社から刊行されました。
  • イスラームは天文学を必要とし、天文学はイスラームなくして発展し得なかった。

    論証と幾何学により天文現象をモデル化しようとした古代ギリシアの試みは、2世紀エジプト・アレクサンドリアのプトレマイオスに受け継がれ、その主著『アルマゲスト』において、天動説による宇宙モデルはひとつの完成を見た。

    しかし、その後のローマ帝国において人々が必要としたのは、天文学という知的探求そのものではなく、占星術とホロスコープであり、星々の位置を定める手段のみであった。ギリシア科学やプトレマイオスによる幾何天文学を展開・発展させる者がヨーロッパ世界において現れるのは、コペルニクスの登場まで待たねばならなかった。

    だが、地動説を打ち立て天文学のみならず科学を大きく転回させたコペルニクスは、明らかにプトレマイオスの天文学を受け継いでいた。7世紀には断絶を迎えていたはずの幾何天文学は、16世紀のコペルニクスまで、いかにしてたどり着いたのだろうか。

    実は『天球回転論』では、サービト・イブン・クッラ、バッターニー、ザルカーリー、イブン・ルシュド、ビトルージーらイスラーム世界の学者への言及がされている。コペルニクスは、イスラーム地域の天文学者たちの成果を、参照すべき先人の業績とみなしていたのである。

    イスラーム世界、とりわけアッバース朝では、それまでのペルシアの伝統を受け継ぎ、翻訳事業を振興し、占星術を重視した。他方で、異教徒との議論において自らの教義の正当性を揺るがぬものとするため、世界の仕組みについての合理的な説明を厳密に組み立てる「論証」が求められた。そうした要請のもとイスラームの学者たちは、古代ギリシアやインドの知的達成に学び、その中でプトレマイオスは再発見されたのである。さらに彼らは、天体モデルの整合性を追究し、観測結果に基づいてプトレマイオス天文学の修正を目指し、より厳密な幾何天文学を構築しようとした。その集大成を、地動説という形で成し遂げたのがコペルニクスだったのである。

    コペルニクスの登場が近代天文学、ひいては近代科学の始まりであるとするならば、イスラームによる天文学研究は、近代科学の礎となる重要な活動であったと言える。
    本書は、イスラーム世界において天体への考察が科学として磨き上げられていった歴史を、簡明かつ鮮やかに描き出すものである。

    *本書の原本は、2010年に岩波科学ライブラリーより刊行されました。
  • 2,530(税込)
    著:
    網野善彦
    レーベル: 講談社学術文庫
    出版社: 講談社

    鎌倉時代後期、13世紀後半の日本には「飛礫(つぶて)」や「博奕(ばくち)」に象徴される、底知れぬ力が渦巻いていた。
    その源となった「未開」と「文明」、「農業」と「非農業」の対立は、幕府では御家人と御内人、朝廷では持明院統と大覚寺統の政治的対立として、また宗教においては日蓮と叡尊・忍性の対立、さらには荘園支配をめぐる対立として、社会のさまざまな局面にあらわれる。蒙古襲来は、せめぎあいの緊張が高まる日本に訪れた危機だった。
    未曾有の外寇によって対立の均衡が崩れた時、後戻りのできない大転換が始まる。それは単に鎌倉幕府の滅亡にとどまらない、近世・近代の日本社会の在り方にもつながる日本社会の大変動だった――。
    戦後歴史学を代表する歴史学者、網野善彦が遺した唯一の時代史にして無二の全体史。【解説:清水克行】

    「未開」と「文明」、「農業」と「非農業」が激突する十三世紀後半の日本。蒙古襲来によってその均衡が崩れたとき、決して後戻りのできない大転換が始まる――。網野史学唯一の時代史にして無二の全体史。


    遍歴する職人や商人、海民など非農業民に光をあてることで、これまでにない中世日本の姿を描き出した網野善彦(1928-2004年)。鎌倉時代後期の法制・経済・宗教・文学の総体に過不足なく言及された本書は「網野によって書かれた唯一の時代史叙述であるだけでなく、網野史学にもとづいた貴重な「全体史」の試み」である(清水克行氏「解説」より)。
    『中世荘園の様相』に続く二冊目の単著となる本書は、前著で描かれた若狭国太良荘をはじめとする荘園の百姓や支配者たちをめぐる悲喜こもごもはもちろん、非農業民である職人の活動や「悪党」に接近する後醍醐天皇、あるいは活発な中世の海上交通、「弘安徳政」など、その後の仕事に結実するエッセンスが凝縮されている。網野史学を彩る個々の魅力的なテーマが通史叙述のなかで立体的に組み上げられ、大きく転換していく時代のうねりがダイナミックに立ち上がる。
    圧倒的スケールで繰り広げられる空前絶後、唯一無二の時代史。(原本:小学館、二〇〇一年)

     【本書の内容】
    まえがき〔小学館ライブラリー版〕
    飛礫・博変・道祖神――はじめに
    二つの世界、二つの政治
    「蒼い狼」の子孫
    文永の役
    建治元年―日本
    弘安の「徳政」と安達泰盛
    百姓と「職人」
    訴人雲霞のごとし
    転換する社会
    鎌倉幕府の倒壊
    一三世紀後半の日本
    参考文献
    解 説(清水克行)
    年 表
  • 17世紀にガリレオやニュートンによって近代科学が成立するが、18世紀になると自然哲学の勢いは衰え、代わって博物学が時代を代表する学問となった。ヨーロッパでは王侯貴族から市民までが博物学に熱狂し、珍奇な動植物や鉱物を収集・分類することが流行する。こうした情熱の背景には「神の創造した自然を理解することが神を理解することになる」というキリスト教的信念があった。
    本書は、この博物学の黄金期を、スウェーデンの博物学者カール・フォン・リンネ(1707―1778)を中心に描く。リンネは「分類学の父」と呼ばれ、生物を「属名+種小名」の二語で表す二名法を確立し、現代の学名体系の基礎を築いた人物である。彼の代表作『自然の体系』や『植物の種』は、生物を階層的に整理する画期的な試みであり、後世のダーウィンにも影響を与えた。
    世界のすべてを知り尽くしたい――万物を収集、分類、記述しようとする欲望は、どこから出てきたのか、鎖国日本を含む全世界をめざしたリンネの弟子たちは何を行ったのか。
    18世紀の知的熱狂と探究心、そして自然を体系化しようとした人類の壮大な試みを、リンネを軸にコンパクトにまとめた一冊。博物学の意義とその文化的背景を理解するための格好の入門書。

    [本書の内容]
    プロローグ 博物学の時代
    第1章 すべての植物を分類しつくす
    第2章 植物はどのようにとらえられてきたか
    第3章 学名の誕生
    第4章 最高の学問としての博物学
    第5章 世界を分類しつくしたい――リンネとその野望
    第6章 地球の裏側までも――リンネと使徒たち
    第7章 リンネ博物学の遺産
    エピローグ リンネからダーウィンへ
  • 宇多・醍醐・村上、三代の天皇は何を書きのこしたか。
    摂関政治への転換期に起こった政治的事象から、愛猫の消息まで、
    “天皇自身の筆による日記"を読む!

    貴族社会においては政事・儀式の慣例を示すものとして重んじられ続け、
    歴史・文学研究では第一級資料となる『宇多天皇御記』『醍醐天皇御記』『村上天皇御記』。
    古記録学の最新知見に基づき、断片的な逸文を博捜し、喪われた本文を可能な限り復元・現代語訳。
    後の世に「延喜・天暦の治」と称えられる醍醐・村上による「親政」の実態、藤原氏による摂関政治の形成過程、そして天皇の日常の姿……平安の歴史が時代の空気とともに蘇る。

    [本書の内容]
    はじめに
    凡例
    「宇多天皇御記」:仁和三(887)~寛平九(897)年 *年月日不詳を含む
    「醍醐天皇御記」:寛平九(897)~延長七(929)年 *同
    「村上天皇御記」:天慶九(946)~康保四(967)年 *同
    用語解説
    人物注
    略年表
    関係地図
    平安宮内裏図
    方位・時刻

    *本書は当シリーズのための訳し下ろしです
  • フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900年)は、1889年初頭に狂気の闇に沈み、健全な精神活動をなしえないまま生涯を送った。本書は、その直前にあたる1887年11月に出版された哲学者としての最晩年の著作である。
    本書の主題は、表題にあるとおり「道徳(Moral)」である。これは日本語では「価値観」とも言い換えることができる。では、なぜニーチェは価値観を問題視したのか。言うまでもなく、それはその価値観が自明視できなくなっていたからであり、そのままでは通用しなくなっていたからである。
    従来の価値観が通用しなくなっているにもかかわらず、それが依然としてニーチェ自身を含む人々の考え方や生き方を制約し、生きる意味を規定してしまっている、という矛盾した現実。それこそがニーチェを突き動かし続けた思想的動因にほかならなかった。それゆえ、新たな価値観を模索し、あらゆる基本的価値の転換を果たすことが最も重要な思想的課題である、というのがニーチェの時代診断である。
    ニーチェにとって、従来の価値観とはヨーロッパを支配してきたキリスト教的道徳の伝統の中で普遍的なものとされてきたものだったが、それは歴史的現象として発生し、揺れ動いてきたものでしかない。それゆえ、この主題は「系譜学」という手法で取り組む必要がある。――本書は、初めてその認識に立った者による探究の開始を告げるものであり、だからこそニーチェは刊行2ヵ月後にあたる1888年1月、友人オーヴァーベックに宛てて次のように書いた。
    「本書を構成する三論考は、それぞれ個別的な第一動因を表現しています。〔…〕多様きわまりない要因すべてを最終的に勘案し、とりまとめて、道徳をある種、清算することも同様です。そういうことをするには、われわれはまだわたしの哲学の「前奏」段階にいます」。
    つまり、本書は、たとえ重要な成果をもたらしているとしても、まだほんの入り口にすぎず、この課題はここから続行される必要がある、とニーチェは考えていた。それゆえ、従来は『道徳の系譜』と訳されることが多かった本書の表題Zur Genealogie der Moralは、「道徳」という主題を「系譜学」という手法で扱う企てのマニフェスト、という意味で『道徳の系譜学に向けて』と訳さなければならない。
    長年にわたってニーチェを主要な研究対象としてきた大家が満を持して送り出す決定版新訳、ついに完成。

    [本書の内容]
    序 論
    第一論考 「善良と邪悪」、「優良と劣悪」
    第二論考 「負い目」、「やましい良心」および関連事項
    第三論考 禁欲主義的諸理想は何を意味するか

    訳者解説 試行としての鳥瞰
    訳者あとがき――タイトル頁裏の「付言」について
  • 1,650(税込)
    著:
    吉田禎吾
    解説:
    真島一郎
    レーベル: 講談社学術文庫
    出版社: 講談社

    聖にして穢、善にして悪、神にして魔!
    人類普遍の「魔の構造」を明かす、文化人類学の到達点。

    聖なるものはなぜ呪われたものでもあるのか。清純な白と無気味な白・左の神秘・双子の習俗、魔女・憑きもの・不思議な来訪者……日本・バリ・アフリカの民俗をたずね、文化/自然・男/女・昼/夜など、二元的カテゴリー間の均衡を攪乱する「どちらつかずの中間領域」に魔性の発生を見いだす。文化人類学の大家による画期の書!

    [目次]
    序章 妖怪と両義性
    ■第一部 自然の認識――原初的分類
    第一章 清純な白と無気味な白
    第二章 左の神秘
    第三章 方位の意味
    ■第二部 水・双子・音
    第一章 さかさ水
    第二章 双子の習俗
    ■第三部 魔性の構造
    第一章 魔女、死霊のイメージ
    第二章 女性の魔力
    第三章 不思議な動物 1
    第四章 不思議な動物 2
    第五章 不思議な動物 3
    第六章 不思議な来訪者

    あとがき
    みすずライブラリー版あとがき
    解説 聖の迷宮 真島一郎
    索引

    (*本書の原本は1976年に研究社出版より刊行されました。学術文庫化に際しては、1998年刊行のみすず書房版を底本としています。)
  • 1,320(税込)
    著:
    中村元
    レーベル: 講談社学術文庫
    出版社: 講談社

    稀代の仏教学者が追究した仏道の根本概念 その出発点にして到達点
    他者へのあたたかな共感がここにある

    友愛の念「慈」、哀憐の情「悲」。生きとし生けるものの苦しみを自らのものとする仏の心、そして呻きや苦しみを知る者のみが持つあらゆる人々への共感、慈悲。仏教の根本、あるいは仏そのものとされる最重要概念を精緻に分析、釈迦の思惟を探究し、仏教精神の社会的実践の出発点を提示する。仏教の真髄と現代的意義を鮮やかに描いた、仏教学不朽の書。

    慈悲の実践はひとが自他不二の方向に向って行為的に動くことのうちに存する。それは個々の場合に自己をすてて他人を生かすことであるといってもよいであろう。(中略)それは個別的な場合に即して実現さるべきものであるが、しかも時間的・空間的限定を超えた永遠の意義をもって来る。それは宗教に基礎づけられた倫理的実践であるということができるであろう。かかる実践は、けだし容易ならぬものであり、凡夫の望み得べくもないことであるかもしれない。しかしいかにたどたどしくとも、光りを求めて微々たる歩みを進めることは、人生に真のよろこびをもたらすものとなるであろう。――<「結語」より>

    ※本書の原本は、1956年に平楽寺書店より刊行されました。
  • 道長が「この世をば我が世とぞ思う……」と口ずさんでから約70年。道長の玄孫にあたり、のちに右大臣に昇る藤原宗忠は宮廷での日々を綴り始めた。宗忠が職を辞するまで、52年にわたり書き続けられた『中右記』は、華やかな宮廷生活はもちろんのこと、「武者の世」へと大きく時代が動いていく院政期社会の実像を伝えてくれる。貴族の旅行や交通事情、京で起こったさまざまな犯罪、落馬を恐れる貴族と牛車に四苦八苦する武士たち――宗忠は時に家族との死別に涙して仏事に奔走し、息子たちの栄達を願って心を砕く一方、自らを妨げた者、助けてくれた者の一覧を記すような面も日記のなかで見せている。
    膨大な日記の海から、著者ならではの視線で重要な記述をすくいあげ、およそ900年前を生きた多様な階層の人々の暮らしをあざやかによみがえらせる、不朽の院政期社会史。

    院政期の第一級史料である『中右記』は実にさまざまなことを語ってくれる。従一位、右大臣にまで昇りつめた宗忠の日々の苦労や悲喜こもごもはもちろん、熊野詣や伊勢への具体的な旅程と旅先ならではの交流、当時の警察・裁判機構の長官である検非違使別当として記した京の犯罪とその取り締まりの実態、それをめぐる人間模様、強訴を繰り返す悪僧たちの躍動、京の民衆が熱狂した田楽、そして警備などを通じて静かに存在感を増していく武士たちの姿……。
    宗忠が生きた時代は、白河院による院政が始まり、「武者の世」の足音が聞こえはじめた、激動の予感に満ちた時代である。摂関家を中心とする藤原一門の栄華には翳りがさし、宗忠の日記には王朝貴族の秩序が崩れていくことへの悲憤や嘆きもにじむ。同時に武門の随兵・郎等のあり方からは、院政時代特有の武士像もうかがえる。
    膨大な日記のなかから宝物のような手がかりをすくいあげ、同時代の日記や史料をも駆使して、900年前を生きた人々の体温や息遣いまで感じられるほどに、当時の世界が描き出される。(原本:そしえて、1979年)

    【本書の内容】
    はしがき 
    一 立身の道
    二 熊野・伊勢への旅
    三 検非違使の記録
    四 院政期諸階層の生態
    五 宮廷貴族の晩年
    藤原宗忠関係年譜
    解 説 髙橋昌明
  • 1,210(税込)
    著:
    高田修
    レーベル: 講談社学術文庫
    出版社: 講談社

    古代初期から紀元後2世紀前半まで、決して創られなかった「仏の像」。形象化タブーの時代から何を転機に、いつ、どこで、どのように「仏像」が生まれたのか? 考古学、美術史、仏教思想、仏教史上、重要なテーマでありながら長らく明かされなかった疑問に、圧倒的多数の仏像図版を掲げて、仏教学の泰斗が正面から対峙する!

    見どころ)
    70点を超える仏像図版。
    構図、テーマ、表情、髪型や衣のひだまでに至る
    細やかな考察から、仏像誕生の系図を眺める、はるかなる宗教の旅――。

    やっぱ人型を模した偶像にグッときてしまうのは人間の性。
                         ――みうらじゅん

    本書の原本は、1987年10月に岩波新書より刊行されました。


    目次

    序 ガンダーラかマトゥラーか
    一 伝承のなかの仏像
    二 仏像の起源を求めて

    第1章 仏像のない時代
    一 仏教美術のはじまり
    二 仏陀なき仏伝図
    三 仏教徒は何を拝んでいたか
    四 なぜ仏像がなかったのか

    第2章 ガンダーラ美術と仏像
    一 ギリシア・ローマからガンダーラへ
    二 仏像のガンダーラ起源説

    第3章 ガンダーラ仏の誕生
    一 ガンダーラの仏教文化
    二 仏伝図と仏像
    三 単独仏像の出現
    四 西北インドの仏教情勢

    第4章 マトゥラー美術と仏像
    一 古いまちマトゥラー
    二 マトゥラー起源説

    第5章 マトゥラー仏の成立
    一 初期のマトゥラー仏
    二 マトゥラー仏の出現
    三 初期仏のインド的成立
    四 「菩薩」という名の仏像

    クロノロジー
    参考文献
    あとがき
    解題 「仏像ファンとして」 ーーみうらじゅん
    索引
  • 本書は、古代ローマの建築家マルクス・ウィトルーウィウス・ポッリオーによる著作であり、現存する最古の建築書として知られる。
    ローマ初代皇帝アウグストゥス(在位前27-後14年)の時代に活動したウィトルーウィウスは、『建築書(De architectura libri decem)』(『建築について』または『建築十書』とも)の著者であること以外、その出自や生涯は何も知られていない。本書は、建築に関する包括的な著作であると同時に、当時の技術を幅広く記録した百科事典的なものでもある。その内容は、以下のようになっている。

    第一書 建築の原理
    第二書 建築の歴史と材料
    第三書 イオーニア式神殿
    第四書 コリント式神殿とドーリア式神殿
    第五書 劇場とその音響、および浴場
    第六書 町の家屋と田園の家屋
    第七書 内部装飾
    第八書 給水
    第九書 時計
    第一〇書 機械技術と軍事技術

    このように、本書は古代ギリシア・ローマの建築(建築家の教育、材料、構法、建築の計画法など)のみならず、当時の都市計画、天文学、気象学、土木、軍事技術、絵画、音楽、演劇の実態を後世に伝える、きわめて貴重な史料にほかならない。ローマ時代にも引用されたが、中世になると修道院を中心に研究され、カール大帝の時代にはローマ帝国再建のための技術的な手引きとされたことが知られる。続くルネサンス期には、人文主義の重要な文献として研究され、アルベルティをはじめ多くの注釈書や訳書が出現したほか、レオナルド・ダ・ヴィンチは第三書で示される、神殿建築は人体と同様に調和したものであるべき、という記述に依拠して1485-90年頃に《ウィトルーウィウス的人体図》を描いた。
    西洋建築に関する古典中の古典として流通してきた本書の唯一の日本語訳を、初めて文庫版としてお届けする。

    [本書の内容]
    第一書
    第二書
    第三書
    第四書
    第五書
    第六書
    第七書
    第八書
    第九書
    第一〇書

    文献一覧
    訳者あとがき

    解 説(田路貴浩)

    建築用語索引
  • 幽閉・排除すべき狂気から治療・ケアすべき精神疾患へ――近代の精神医学はここからはじまった。

    近代精神医学の祖とされるフィリップ・ピネル(1745-1826年)。自由・平等・博愛といった啓蒙精神と人類愛が高まる革命期のフランスで、精神疾患に罹患した友人の治療に関わったことを機に精神医学に関心を覚えたピネルは、ビセートル病院とサルペトリエール病院の医長を歴任し、監護人ピュサンとともに「狂人」と呼ばれ鎖に繋がれていた精神病者を解放し、人道的な治療を始めた人物として知られる。その狂気の分類・治療実践と狂人の解放神話はヘーゲルやミシェル・フーコーにも取り上げられ、医学のみならず哲学分野にも大きな影響を与えた。
    ピネルの思索と実践を記録した本書は、精神医療の改革と近代化をうたった最初期の重要文献のひとつである。同じタイトルながら内容がかなり異なる第二版が存在することが知られている本書。さまざまな「精神病」の疾病分類を体系的に行おうとする第二版とは異なり、初版である本書では、マニー(躁病、気分障害、統合失調症、妄想、パーソナリティ障害などを含む概念)の疾病分類がなされ、それまでの瀉血や薬物、水療法など身体を対象とした療法ではなく、「心」にアプローチする「心的療法(モラル・トリートメント)」が提唱される。この療法は食事や労働などの生活習慣、社交、そして感情への配慮をもとにしたもので、「ケア実践」の源泉といえる。ピネルが臨床経験を重視し実践家に学びながら、新しい治療法を確立しようとした苦難の軌跡である。
    巻末には、ピネルの略伝、著書刊行年の謎、鎖からの解放神話の真相、ピネル研究史などを丁寧に論じた訳者による「あとがきに代えて」「講談社学術文庫版あとがき」、さらにフーコーを軸に本書の意義を明らかにする精神医学研究の気鋭・上尾真道による詳細な「解説」を付した。
    ピネル没後200年にあたる2026年、近代精神医学の誕生を告げる記念碑的著作を文庫として刊行する。

    *本書の原本は、1990年に中央洋書出版部から刊行されました。

    (主な内容・目次)
    マニー論 本書の全体的構成
    第一章 周期性もしくは間歇性マニー
    第二章 精神病者の心的療法
    第三章 精神病者の頭蓋の形態的欠陥についての解剖学的研究
    第四章 精神病の明確な種類の分類
    第五章 精神病者の救済院で確立されるべき院内規律と監護
    第六章 精神病者の医学的療法の諸原則
    あとがきに代えて
    講談社学術文庫版あとがき
    解説 精神医療とモラル フーコーと読むピネル『精神病に関する医学=哲学論』(上尾真道)
     (上尾真道)
  • 「A級戦犯」被告28人はいかにして選ばれたのか? 昭和天皇「不訴追」の背景は? 無視された証言と証拠、近衛の自殺、木戸の大弁明――アメリカに眠る膨大な尋問調書から明かされる真実。極東国際軍事裁判をめぐる歴史ドラマが、ここに開幕する!


    第一人者による東京裁判研究の金字塔!
    「A級戦犯」被告28人はいかにして選ばれたか

    「天皇不訴追」決定の真実、無視された証言と証拠、近衛の自殺、木戸の大弁明──アメリカに眠る膨大な尋問調書から明かされる真実。極東国際軍事裁判をめぐる歴史ドラマが、ここに開幕する!

    「A級戦犯」28人はいかにして選ばれたのか。天皇不訴追の決定プロセスの真実とは。釈放されていく「大物」たち、免責された毒ガス・細菌戦。冷戦が本格化してゆく中で、無視された証言・証拠……アメリカに残されていた膨大な尋問調書を丹念に読み解き、語られざる歴史の実相と当事者達の人間ドラマを描き出す。東京裁判はこうして始められた!
  • 1,760(税込)
    著:
    森田慶一
    レーベル: 講談社学術文庫
    出版社: 講談社

    本書は、建築家・建築研究者である森田慶一(1895-1983年)が、自身の建築理論を包括的に論じたものです。
    東京帝国大学工学部で建築を学んだ著者は、京都帝国大学で教鞭を執るようになり、1934年から36年にはフランス、ギリシアに留学して、古典建築を学びました。教育活動に加え、建築家としては、京都帝国大学楽友会館(1924年)、京都大学基礎物理学研究所湯川記念館(1952年)などの設計で知られる著者は、博士論文の主題でもあった古代ローマの建築家ウィトルーウィウスの『建築書』の研究を続け、唯一となる日本語訳を刊行しています(講談社学術文庫より近刊予定)。
    京都大学退官後に東海大学教授を務めた著者は、古典建築の研究に裏打ちされた思想を理論化し、多くの学者を育てた日本の建築学・建築理論の創始者にほかなりません。
    本書は、東海大学での講義を基にした「建築論概説」、「建築論の特殊問題」、「西洋建築思潮史」の三編に、ポール・ヴァレリーの建築論的な対話篇である『エウパリノス』(1923年)の日本語訳を加えて構成されています。物体性、効用性、芸術性、超越性を軸にした総論である「概説」から始まり、様式、法則、造形をめぐる各論である「特殊問題」を扱った上で、古代ギリシアからロマン主義に至る歴史を一望する「建築思潮史」に至る構成は、講義ならではの明快さも相俟って、類を見ない建築論概説となっています。末尾に配置されたヴァレリーの『エウパリノス』は、他の訳書も知られている作品ですが、建築家であるからこそ可能な妙味をもつ貴重な訳業だと言えるでしょう。
    著者が生涯を賭して研究したウィトルーウィウスの訳書とともに、その主著をも合わせて学術文庫に収録されることで、この大家の仕事が長きにわたって受け継がれることを願っています。

    [本書の内容]
    建築論概説
     序 章
     一 物体性の問題
     二 効用性の問題
     三 芸術性の問題
     四 超越性の問題
     五 建築の各存在様態相互間の相関
     むすび
    建築論の特殊問題
     一 様式の問題
     二 法則と自由
     三 建築造形における表現の諸相
    西洋建築思潮史
     一 古代ギリシアの建築思想
     二 ウィトルーウィウスの建築論
     三 中世の建築観
     四 ルネサンスの建築思想
     五 近世フランスの建築思想
     六 古典主義とロマン主義
    ポール・ヴァレリー「エウパリノスまたは建築家」
    解 説(田路貴浩)
  • 香りで読みとく『源氏物語』──薫物から源氏香まで、平安王朝の雅びへと誘う一冊

    平安の宮廷に漂う、ほのかな香の余韻。仏教の隆盛とともに渡来した薫香は、平安初期には宮廷や貴族の邸宅へと浸透し、王朝文化の一端として定着していきました。『源氏物語』が生まれたのは、まさにその文化がもっとも成熟した平安中期。文字、絵画、音楽、建築、造園といった芸術が形式美の極みに達し、「雅び」という美意識が時代を彩っていた頃です。
    香りは、そうした「雅び」を構成する、もっともとらえ難く、それゆえもっとも重要な要素のひとつでした。衣にたきしめる「衣香」、紙にうつす香り、室内にただよわせる「空薫物」、仏前にそなえる「名香」など、香りは日常の中に息づき、身分や教養、個性を表現する手段でもありました。後年、こうした香りの文化は、香道において「源氏香」に結実していきます。

    『源氏物語』において、香りは登場人物の心の揺らぎや人間関係の機微を伝える鍵として巧みに用いられています――
    ふと漂う香りから光源氏の訪れを察し、動揺する藤壺。
    落ちぶれてもなお、稀有な香木の香りをまとう末摘花の高貴さ。
    薫君の移り香を中君がまとっていることに気づき、ふたりの関係を疑う匂宮。
    護摩の芥子の香りから、自らが生霊となっていたことを悟る六条御息所。
    「光る君」の二つの面をそれぞれ継承した「匂宮」と「薫君」のまとう香りの違い。

    本書は、香りの描写から『源氏物語』の奥深い世界を繙いていきます。『源氏の恋文』『新訳源氏物語』全四巻など源氏関連の著作を多数執筆し、香道研究に従事して『香道蘭之園』の校訂・解題も手がけた著者による、珠玉の一冊。(解題:毬矢まりえ、森山恵)

    [本書の内容]
    序にかえて――源氏物語と薫香

    源氏の世界と香り
    薫香への道程
    六種の薫物
    たきもの拾遺
    匂宮と薫君
    「源氏香」について

    朝日選書版あとがき
    『薫集類抄』(群書類従版)より
    参考文献一覧
    解題 毬矢まりえ、森山恵

    本書の初版は、1986年に求龍堂から出版されました。文庫化にあたっては、1992年に朝日選書として朝日新聞出版より刊行されたものを底本としました。
  • 幕末の志士・高杉晋作は、上海への旅でその見聞を世界に広げ、改革の意志に覚醒した。24歳の感性でつづられた貴重な渡航日記、初めての文庫版。高杉晋作研究の第一人者、一坂太郎氏による現代語訳と訳注・解説に加えて、晋作の略伝も収録。
    文久2年(1862)、長州藩士・高杉晋作は、幕府の上海使節団に加わるよう藩主から命じられ、およそ2カ月間、上海に滞在する。そこで晋作が見たものは、西洋列強に侵食された清国の惨状と、欧米の露骨なアジア戦略だった。清国人はことごとく外国人にこき使われ、イギリス人やフランス人が街を歩けば、みな道を譲る。孔子廟は折からの太平天国の乱を鎮圧するイギリス軍の陣営として外国兵に蹂躙されていた。晋作は、気脈を通じた上海城の衛兵・陳汝欽との筆談などを通して、外国に内政干渉の隙を与える内乱の恐ろしさとともに、洋式軍隊の威力を痛感。このままでは日本も中国の轍を踏むとの危機感を抱く。この思いが帰国後の晋作を突き動かし、奇兵隊結成など尊攘運動の原動力になっていく。
    「航海日録」「上海淹留日録」「内情探索録」「外情探索録」「長崎淹留雑録」などからなる「遊清五録」のほか、桂小五郎らに長州産物の海外輸出を提案する「長崎互市の策」、上海渡航の簡潔な報告「形勢略記」などを併録。『高杉晋作の「革命日記」』(朝日新聞出版、2010年)所収の「遊清五録」をもとに、大幅に改訂・加筆して文庫化。

    目次

    〈解説〉『遊清五録』について

    遊清五録
    遊清五録序/航海日録/上海淹留日録/続航海日録/内情探索録/外情探索録/外情探索録・巻の二/長崎淹留雑録

    長崎互市の策
    測量記
    独断にて蒸気船オランダ国へ注文つかまつり候一条
    形勢略記

    〈付録〉
    『遊清五録』を追って
    高杉晋作の生涯
    あとがき――『遊清五録』と私
  • この生は生きるに値するか。
    世界は人間にとって意味ある生を保証するか。

    美と崇高、あるいは世界の目的論的理解をめぐる『判断力批判』の考察は、生の目的、および世界の存在の意味をめぐる真率なる思考に貫かれている。テクストの隠されたモチーフをも跡づけつつ碩学がよみがえらせる、鮮烈なる「カント」!

    [目次]
    まえがき
    第1章 美とは目的なき合目的性である――自然は惜しみなく美を与える
    第2章 美しいものは倫理の象徴である――美への賛嘆は宗教性をふくんでいる
    第3章 哲学の領域とその区分について――自然と自由あるいは道徳法則
    第4章 反省的判断力と第三批判の課題――美と自然と目的とをつなぐもの
    第5章 崇高とは無限のあらわれである――隠れた神は自然のなかで顕現する
    第6章 演繹の問題と経験を超えるもの――趣味判断の演繹と趣味のアンチノミー
    第7章 芸術とは「天才」の技術である――芸術と自然をつなぐものはなにか
    第8章 音楽とは一箇の「災厄」である――芸術の区分と、第三批判の人間学的側面
    第9章 「自然の目的」と「自然目的」――自然の外的合目的性と内的合目的性
    第10章 目的論的判断力のアンチノミー――反省的判断力の機能と限界について
    第11章 「究極的目的」と倫理的世界像――世界はなぜこのように存在するのか
    第12章 美と目的と、倫理とのはざまで――自然神学の断念と反復をめぐって
    あとがきにかえて――文献案内をかねつつ

    (*本書の原本は2017年に講談社より刊行されたものです。)

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