『社会、青弓社、その他(レーベルなし)(実用、文芸・小説)』の電子書籍一覧
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社会の風景を一変させた、東日本大震災と東京電力福島第一原発事故から15年。この15年という年月に、福島に暮らす人々はどのような思いを抱き、どのように過ごしてきたのか。一方で、福島の「外」にいる人々や当時の記憶があまりない若い世代は、「いま」の福島をどれくらい知っているのだろうか。
現在でも原発周辺には広大な帰還困難区域が存在し、多くの住民が戻ることができないこと。避難指示解除後に、震災前のふるさとの風景を取り戻そうとする人がいること。移り住んだ土地で新たな取り組みを始める人がいること。震災前の建物が壊され、真新しい建物へと造り変えられていること。終わりのみえない廃炉作業に懸命に取り組んでいる人がいること。
いまだに続く原発事故の影響と推し進められる復興とのはざまで、「地元」である福島大学が取り組んでいるのが、若い世代による「記憶の継承」である。授業を通して、学生が原発事故被災地を繰り返し訪れ、避難を経験した住民に対するインタビューを実施し、アーカイブ化することで、県内外を問わず深刻化している「記憶の風化」に抗おうとしている。
人類史の失敗とも位置づけられる原発事故の記憶を、そして、震災前から息づいてきた福島の日常を、学生たちが書き起こす住民たちの「生活史(語り)」として記録する。次世代へ十分な継承がなされないままに進められる「教訓なき復興」と「社会の忘却」「無関心」を乗り越え、日本社会全体が福島と向き合う未来を目指して。 -
ロックとは何か。反抗のシンボルか、非日常か、ただの娯楽か――。錯綜したロックイメージを徹底した社会学的パースペクティブで分析した初版本の理論枠組みと時代分析はそのままに、全編を大幅に加筆して精緻な論述で組み立てたリマスターにして決定版。
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執筆者:荻上チキ/飯田 健/菅原 琢/秦 正樹/三牧聖子/能條桃子/辻 愛沙子/中村知世/安田菜津紀/永井玲衣(掲載順)
2024年衆院選と2025年参院選、「あの選挙」は一体なんだったのか?
民主党政権を挟みながらも、自公政権が長く続いてきた日本政治。2024年の衆院選では、与党が過半数を割るという大きな変化が起こった。この変化は、期待されていたような「政権交代への作用」を実際に生み出したのだろうか。驚きや戸惑い、さらには予想外の熱気など、様々な反応がみられるなかで、「あの選挙」の結果と過程から何を学び、どのように理解すべきなのか。その全体像はいまだにみえていない。
国民民主党の躍進、立憲民主党の伸び悩み、日本維新の会の凋落、参政党の急速な伸長、多様化する少数政党、そして自民党と公明党の連立与党の衆参両院での過半数割れによって生まれた新たな政権の枠組み。いまの政治状況は、本当に国民が望んだものであり、「民意」が反映された結果なのだろうか。
・「あの選挙」で起こったこと/起こらなかったこと
・「あの選挙」で変わってしまったこと/変わらなかったこと
・「あの選挙」で届いた声/届かなかった声……
選挙のたびに入れ替わる、注目政党や選挙手法のトレンド。目まぐるしく変わる状況を前に一度立ち止まり、考え、対話するための土台となる知見を、政治学、データ分析、アメリカ政治、ジェンダー平等、SNSマーケティング、ジャーナリズム、哲学対話の専門家たちがそれぞれの視点から解説。そして、そこからみえる「民意」の本当の姿とは。
「あの選挙」から「次の選挙」へ進んでいくために。
いまだからこそ知っておきたい、すべての世代に向けた選挙の新しい入門書の第2弾。 -
執筆者:金井 聡/杉野衣代/大澤優真/志村敬親/岡部 茜/植野ルナ/永井悠大/龔軼群
都市部でのマンション価格や家賃の高騰が報じられる一方、部屋を借りることが難しい人たちの存在が可視化され、住まいをめぐる格差の問題は近年ますます注目を集めている。2020年に新型コロナウイルス感染症が感染拡大した際には、ホームレスやネットカフェ難民の問題など、住まいの格差が顕在化した。
現在の日本では、住む権利/住まいの権利が全員に保障されているとはいいがたい。入居を断られる、シェルターに入れない、入ったとしても環境が悪く落ち着いて暮らせない。「住宅弱者」「住宅確保要配慮者」などの言葉が広まり、住宅を確保するための法整備が進んできているが、安定した住まいから排除され不安定な生活を余儀なくされる人たちも存在している。
本書は、DV被害者や外国籍者ほかマイノリティに焦点を当て、住まいをめぐる現況と課題を詳述する。さらに、ホームレス支援に取り組むNPOと、住まい探しの状況改善に取り組む企業が、それぞれの視点から改善策を提示する。最も身近な「住まい」の問題を多角的に捉え、住まいの権利をマイノリティの視点から照射する。 -
2人に1人ががんになり、終末期であっても告知を受ける現代では、病と主体的に関わることを求められる。では、「病とともに主体的に生きる」とはどのような経験なのか。「自らの病の経験を書く」ことにどのような意味があるのか。
本書は、1920年代に闘病という言葉を生み出した小酒井不木の著作をはじめ、小林麻央など現代の著名人、さらには現役の医師が書いた闘病記まで、100冊を超える闘病記を丹念に読み解く。海外で書かれた病気体験記の事例やジェンダーの視点を組み込みながら、「闘う」から「ともに生きる」へと変化してきた闘病記の歴史をたどり、そこに刻まれた医療や社会、死生観の変化を追う。
結核やがんが「不治の病」と呼ばれた時代から病と共存する現在への移り変わりのなかで、患者が現実を受け入れて自己の経験をつづり、患者同士をつなげる闘病記という「生の声」に光を当てて、私たちの生き方や望ましい医療のあり方を根本から問い直す。 -
K-POPの世界的な人気獲得に刺激を受けて、グローバルな展開を志向する日本のアイドルも増えている。アイドルが文化として日常に根づき、「推し活」が活況を呈するいまを読み解くために、オーディション番組の変遷をたどり、日本独自のアイドルシーンの本質に迫るのが本書である。
まず、『スター誕生!』から『夕やけニャンニャン』『ASAYAN』までの代表的なオーディション番組をたどり、K-POPのサバイバル・オーディションとファン実践を取り上げて、オーディションの歴史の基礎知識をレクチャーする。
そのうえで、『イカ天』や旧ジャニーズのオーディション番組、アメリカ・イギリス・中国のオーディションのケーススタディーを通じて、各時代・各地域を彩ってきたアイドルとオーディションの関係性を整理し、理解を深めていく。
アイドル・オーディションに潜む選別の暴力性、ジェンダーをめぐる不均衡、ファンによる消費の実態を明らかにしてアイドル文化のありように迫り、「集団から個へ」という日本社会の変化も浮き彫りにする初の「オーディション・スタディーズ」。 -
21世紀に入って間もなく、東日本大震災と新型コロナウイルス感染症拡大(コロナ禍)という甚大な災禍に私たちは見舞われた。しかし、時代を画するほどの重要な転換点であるこれらの出来事のなかで人々が何を経験し、その後に何が変わり/変わらなかったかについて、私たちはいまだ十分に理解できていないのではないか。
こうした問題意識のもと本書では、大衆的な娯楽でありながらも社会問題を取り上げるジャーナリズム的な側面をもち、当事者たちの経験や心情を具体的に伝達する力に長けたテレビドラマに注目し、震災やコロナ禍の表象を分析する。
故郷や家族の喪失、当事者/非当事者の分断、非常時の生活での孤独、他者との共感と結び付き……。『おかえりモネ』から『#リモラブ』『団地のふたり』『孤独のグルメ』『新宿野戦病院』まで、様々な「災後テレビドラマ」を取り上げて、日本全国を混乱に陥れた災禍にテレビドラマがどう向き合い、それによって私たちに何を伝えようとしたのかを明らかにする。
放送各局で制作された多彩な「震災ドラマ」と「コロナ禍ドラマ」を取り上げながら、「災後」である日本社会のありようを考究する。 -
全国の児童相談所(児相)に勤務し、子どもが安全・安心な生活を送れるようにするべくさまざまな社会的支援につなげる援助職=児童福祉司。児童相談所に寄せられる相談は保護者の子育ての悩みから子どもの非行問題、心身の障がい、不登校やいじめ、特別養子縁組の申し込み、そして親から子への虐待の問題まで多岐にわたる。
30年間で約200倍に急増し社会問題になっている虐待相談に対応するため、そして児童相談所の深刻な人手不足を解消するために、近年は国として児童福祉司を増やす方策がとられている。それでも、全国的に児童福祉司の人数はまだまだ足りていない。
センセーショナルな事件が起こるたびに、「児相は何をやっていたのか」と批判が向けられることも少なくないが、児童福祉司は一人ひとりの子どもの幸福な暮らしのために最適な支援策を摸索し、日々奔走している。困難を抱えて、先が見通せないトンネルのなかを手探りで歩いている子どもや家族が、その先に光があると信じられるように伴走するのが児童福祉司の使命だからだ。
長年児童相談所に勤務してきた著者が、これから児童福祉司を目指す人に向けて、仕事の内容や児童相談所の社会的な役割、寄せられる相談の種類、就職までのルートと求められる資質、児童相談所が抱える課題などを、やさしく、詳細に解説する。虐待のニュースからだけでは見えてこない現場の実情を知り、児童福祉司を目指す人の第一歩を応援する入門書。 -
私たちは、多くの疾病が医学の発展によって撲滅された「歴史」、あるいは高度経済成長期の公害が多くの人々を苦しめ、それを是正するために様々なアクターが力を尽くした「歴史」を知っている。だが、紋切り型の歴史理解によって、それぞれの疾病や公害が固有に抱える問題を見逃してきてしまったのではないか。
本書では、ハンセン病、結核、精神疾患、健康被害、公害を主題として取り上げる。そして、患者や医師、医療機関、企業、行政、そして家族、支援者など、病をめぐる問題に関わった人々が実際に何を考え、どのように行動し、いかなる役割を果たしたのかを、コアな一次資料を徹底的に調査することで明らかにする。
「戦後社会と病」をめぐる紋切り型の歴史認識=「神話」を解体し、経験的・実証的分析を通じて病と社会のありようを問い直して、忘却に向き合い、社会認識をアップデートする社会学の成果。 -
教育での「問う力」、ビジネスでの「質問力」や「聞き方」など、問いは様々なシーンで重要視されています。私たちは会話や文章、プレゼンなどで日常的に多くの問いを立てて質問し、問いにうまく答えようとすることでコミュニケーションを成り立たせています。
「いつ東京に来たの?」「食後にコーヒーを飲むのはなぜ?」という日常会話、「あのプロジェクトはうまくいったの?」「売り上げが落ちたのはなぜ?」という仕事のやりとり、「国会はこの法律を成立させるか否か」という社会的な問い――。
本書では、実体験から問いの立て方を紹介するのではなく、「問いの理論」に基づいて「そもそも問いとは何か」をひもとき、多様な問いの分類整理からそれぞれの技術の説明、そして人工知能と問いというアクチュアルな問題までを射程に収めて解説します。
高校生や大学生が「いい問い」を立てるヒントが詰まっているのはもちろん、社会人のリスキリング(学び直し)としても役立つユニークな問いの教科書です。 -
1979年に導入された一人っ子政策のもとで生まれ育った女性たちは、中国社会にとってどのような存在なのか。彼女たちは、家族とどのような関係を築き、自分の人生をどう切り開いているのか。
40人の一人娘へのインタビューから、就職から恋愛、結婚、育児、家族との関係の現実までを丁寧に描き出す。そして、男性を優位に置く中国の家父長制規範や市場経済での差別に直面しているため、一人娘とその親たちが「家族」という単位でその厳しい社会を生き抜こうとしていることを明らかにする。
いまでも「皆婚社会」で結婚規範が強く、一方で高齢者や子どもへの公的な支援が少ない中国で、女性たちがジェンダーの不平等やケアの個人負担などの様々なプレッシャーに向き合い、家族と連携して自身のライフコースを築く姿を浮き彫りにする。 -
ひきこもりの長期化や高年齢化が指摘され、親が高齢になり介護が必要になった段階で親と同居している無職や未婚の成人子の存在、特に子のひきこもりの問題が浮上した。8050問題である。
社会問題化してすでに20年以上たったひきこもりとは何か。それは大きくは社会的孤立に含まれる状態であり、年齢に固有の孤立(就職先とのミスマッチを経験する時期の若者や、退職後の高齢者など)、病気や障害による孤立、心理的な背景をもつ孤立(不安感や疎外感など)などがいくつも重なって表れることだ。
本書では、ひきこもり研究の第一人者が、「ひきこもりとは多様な社会的孤立の一側面である」として、生涯にわたる社会的孤立の解消をめざす施策を提起する。
民生委員の役割、生活困窮者窓口の支援、地域包括支援センターの対応、支援論の変遷、さらには政府の政策や法律を検証することを通して、孤立の多元的な理解と支援を提言する。表80点以上、図30点と、この20年の推移がわかるビジュアルな資料も充実。 -
[著者]
稲垣健志/本康宏史/小笠原博毅/星野 太/高原太一/板倉史明/井上法子
内灘基地反対運動は、1952年から53年にかけて、在日アメリカ軍が朝鮮戦争を背景に日本での砲弾試射場の提供を要求したことに端を発した闘争である。石川県の人々はもちろん、全国の政党、労働団体、学生、そして大宅壮一、石川達三、清水幾太郎たち文化人がつながりを作りながら反対運動を展開し、「戦後初の全国的な基地反対闘争」として、社会運動史に名を刻んでいる。
沖縄の基地反対運動が常に注目されているが、沖縄とはまた異なる内灘闘争の記憶とインパクトを、私たちは「いまの問題」としてどのように引き受けられるだろうか。「基地問題」と私たちの日常を接続させる文化的な回路を、どうしたら作り出せるだろうか。
アート/展示、音/ノイズ、ルポルタージュ、写真、映画、短歌という文化の視点から内灘闘争を捉え直し、敗戦後80年のいま、基地反対闘争の記憶に新たな輪郭と可能性を読み解くカルチュラル・スタディーズの実践的な成果。 -
ごみとは何か――。SDGsというワードが浸透し、プラスチックごみ問題がクローズアップされ、フードロス問題が叫ばれる今日、ごみは「解決すべき問題」として取り上げられることが多い。だが、私たちとごみの関係を、そのポジティブな面も含めて正面から考えることが見過ごされてきた。
私たちの日常生活に密接した「生活文化としてのごみ」に着目して、ごみとモノの境界がどこにあるのか、時代によってその境界がどう揺れ動いてきたのか、ごみとモノの価値の違いとは何なのかを、多くの雑誌や資料、フィールドワークから多角的に検証する。
「祖父の形見の壊れた時計はごみなのか」から説き起こし、高度経済成長期の家電やプラスチックの普及によって新たなごみが「発見」され、日常から「排除」されるようになったプロセスを浮き彫りにする。そして、ごみ屋敷の当事者への1年半以上の調査から、ごみとモノの境界と価値の関係性を明らかにする。
ごみとモノの境界を丹念にたどり歩き、「ごみか、モノか」という二極化した捉え方に異議を唱え、所有者の痕跡などから私たちとごみとモノの緩やかな関係性の再構築を宣言する。フリマアプリの浸透など、今日のリユースの流れにもつながる視点や論点を提示する、ごみをめぐる知的冒険の書。 -
検索エンジン・グーグルというメディアはどのように日常化し、その介在が意識されないインフラへと変容したのか。現代のデジタル・プラットフォームの権力構造を再考する書。
検索結果のランキング、すなわちキーワードに対するウェブページの並び順は、「アルゴリズム」によって決められている。このアルゴリズムは「ブラックボックス」だと表象され批判の対象にされてきた。しかしこの「ブラックボックス」とは一体何を指し示しているのか、そしてその批判に通底する「プラットフォーム悪者説」ははたして妥当なのか。
本書では、グーグルのランキング・アルゴリズムがどのように変容してきたのか、ウェブの「送り手」の語りと、それに対するグーグルの反応に着目してその過程を明らかにする。具体的には、1990年代から2020年までのSEO(検索エンジン最適化)を中心とした送り手の活動における言説の歴史を分析することで、アルゴリズムを構築する様々なアクターとその権力構造を検証する。
デジタル・プラットフォームの設計・運営に実務家として携わった著者が、インフラ化した検索エンジンの歴史的・社会的な構築のプロセスを、メディア論の視座から学際的に捉えなおす刺激的な試み。 -
高度に専門化し分断した人文・社会諸科学のなかで、社会的世界に関する研究は、哲学・心理学・言語学・歴史学・社会学などの領域で個別に議論されている。社会的世界の全体像を描くことはいかにして可能だろうか――。
ポスト・ブルデューとしていま注目を集めるライールは、この問題関心に基づいて、諸個人がなぜ行為し、考え、感じるのかという根源的な問いに応答することを試みようとする。そして、身体化された過去の経験=性向と、現在の行為の文脈とが交差するところで行為者の実践とその論理を把握するという理論的・方法論的視座を打ち出したのが本書である。
ハワード・ベッカーのアート・ワールド論を参照しながらピエール・ブルデューの「場」の概念を批判的に検証し、社会的分化論の系譜やアーヴィング・ゴフマンの相互行為論などを整理したうえで、細分化した社会(科)学の統一性を回復する可能性を析出する厚みある理論的成果。 -
少年愛の時代から呼称を変えながら50年以上受け継がれてきた「男性キャラクター同士の恋愛やセックスを軸にする物語」は、巨大なメディア産業の一翼を担うBLへとどのように至ったのか。ポピュラー文化の一つのジャンルとして確立する過程で、表現の型やお約束はどう変遷してきたのか。そもそも、BLをBLたらしめるものとは何なのか。
1970年から2000年に商業ベースで刊行された2,873作品を幅広く数量的に分析して、時期ごとの特徴を浮き彫りにする。とりわけ、ストーリーやキャラクター、カップル、セックスシーンの特徴を比較して、ジャンル総体の傾向を分析する。そのうえで、その背後にある女性を抑圧する社会規範との関連を捉える。
「悲劇から恋の成就というハッピーエンドへ」「女性的な美しさから男性のかわいさへ」などのジャンルの変化を実証的に明らかにして、女性たちが時代ごとの厳しい現実を生き延びるために紡ぎ出してきた表現のダイナミックな歴史をたどる。 -
時代の激流にもまれながらも地域に根づいた産業の遺物である産業遺産。日本では、世界遺産に認定された長崎県の軍艦島(端島)や島根県の石見銀山、群馬県の富岡製糸場が知られ、観光地としてにぎわいをみせ、ドラマ作品の舞台としても取り上げられている。
神社仏閣や教会建築などの文化遺産とは異なる性格をもつ産業遺産は、何を基準に保存に値するものと判断され、地域でどう位置づき活用されるのか。そこでどのような問題が発生するのか。
本書では、自国の産業の保存に30年以上前から着目している日本とフランスの産業遺産――絹織物産業、炭鉱、鉄道、地域の景観などの具体例を紹介して、遺産に選定されるプロセス、歴史的な背景、文化的な意義、観光開発との関係性などを多角的に検証する。
日本とフランスの比較から、保存のあり方や活用のポイント、産業遺産を維持する費用や企業の責任をめぐる問題点を抽出して、地方自治体や地域住民が産業遺産について考える視点を提示する。 -
2000年代以降、日本のマンガ作品は海外でMANGAという言葉を生み出すほど大きな影響力をもち、各国・各地域で受容されて、独自の文化として読者に親しまれている。
一方で、日本の特に少女マンガは女性をエンパワーメントしながら性や暴力への問題提起を表現に織り込んできたため、規制の不十分さが批判されもしてきた。マンガは、自由に主体性を表現するグローバルな文化として、このまま定着し発展していけるのだろうか。
本書では、萩尾望都への25,000字超のインタビューを筆頭に、自由と規制という切り口を軸にして、SNSのエッセイマンガ、有害図書論争、成人向けマンガなどを検証する。また、香港・マレーシア・シンガポール・フィリピンなどのマンガ家との対話を積み重ね、BLマンガや規制の実態も浮き彫りにする。さらに、アメリカの図書館員やアーティストの貴重な聞き書きも収める。
グローバルな展開をみせるマンガと女性をめぐる主体的な表現の可能性や葛藤を、表現者へのインタビューと研究者の論考から立体的に描き出す。 -
ジェンダー平等の実現を目指すべきといわれる一方で、ジェンダーやフェミニズムは社会の頑迷な抵抗に遭いもする。その背景にどのような規範があり、権力作用がはたらいているのか。ジェンダーに関する差別や抑圧は、日常にどのように埋め込まれているのか。
本書では、規範や権力作用という視点を軸にして、ジェンダー/セックスや構築主義/本質主義などの基礎概念から、ジェンダー論の核心、ポジショナリティといった新たな概念、それらを個別の問題に当てはめて考えるのに必要な視点までを、豊富な具体例を用いて平易に説く。
また、「差別ではなく区別だ」「女性もほかの女性を差別することがある」「男も「男らしさの鎧」の重圧に耐えていて大変なのだ」などの、男性側が批判を封殺するのに用いるレトリックの欺瞞性や問題点も明らかにする。
女性に無力感を植え付ける男性の執拗な妨害などを「ジェンダーの権力作用」として捉えることで、ジェンダーの考え方に対する理解を促し、ジェンダー論を学ぶ「はじめの一歩」にとどまらず、二歩目、三歩目を力強く後押しする画期的な入門書。 -
日本で近代家族が普及した1950年代から70年代、それが成熟した80年代、そして大きな変革があった90年代以降――戦後日本の家族関係はどのように形成され維持されてきたのか。現在の日本で、家族生活はどのように営まれているのか。
本書では、日本家族社会学会が実施した大規模なインタビュー調査(NFRJ18質的調査)から得られた家族にまつわる豊富な語りやデータに基づき、日本の家族のすがたを多角的に浮かび上がらせる。
幅広い世代の語りを「結婚と離婚」「子育てと家事」「中高年期のライフステージ」という視点から丁寧に分析して、夫婦間の葛藤、離婚後の実際、子育ての関わり方、親やきょうだいとの距離感など、いまの家族生活のリアルを照らし出す。 -
東京二〇二〇オリンピック・パラリンピック競技大会は一年の延期を経て、2021年7月から開催された。東京にコロナ禍による緊急事態宣言が発令されたさなか、無観客で実施され多くの賛否を巻き起こしたが、東京大会の正負両面のレガシー(遺産)はいまだ正面から検証されたとはいいがたい。
招致から準備、開催に至るまで私たちは東京大会というメガイベントとどのように向き合ったのか。オリパラの現代的な構造や役割、それへの賛否という基本的な知識や情報を押さえたうえで、大会の理念、政治やインフラ、都市、競技場、ボランティア、ホストタウン、新しい競技の採用などの個別具体的な事例を丁寧に検証する。
そのうえで、ジェンダーやLGBTQ+、教育などの社会的な価値観の変容にも注目して、東京大会がスポーツ界や日本社会に与えた影響を真正面から多角的に分析する。 -
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エンディングノートや終活への着目は、生前に自身の葬儀などに関心を持つ人々の増加を示しているが、ライフスタイルの変化から「葬儀は不要/シンプルに」という志向も支持を集めている。葬儀は、いつの間にか人々の志向に応じて変えられると見なされるようになった。
いまでこそ葬祭業はサービス業だと思われているが、戦後の葬祭業界は「人の不幸でお金をとる」と長らく批判され、また遺体を扱う事業として蔑視されてきた。葬祭業者たちは、批判に対応して自身の仕事をどう意味づけ、葬儀をサービス業として成立させたのか。
行政との綱引き、消費者・顧客としての遺族との関係、宗教者や地域住民との連携・軋轢――葬儀を商品化した葬祭業者の葛藤の歩みを追い、フィールドワークから葬祭業者自身の職業観も聞き取って、葬祭業の戦後史と私たちの死生観の変容を描き出す。 -
テレビドラマについてレポートや卒論を書きたいけれど、どこから始めればいいかわからない。そもそも、テレビドラマってどうやって研究するの?
そうした疑問に答えるテレビドラマ研究の入門書。ドラマの選び方、時間軸やキャラクターの考え方などの基本的な要素を押さえたうえで、「ジェンダー」「LGBTQ」「都市」「権力」など、人文学・社会学の視点からテレビドラマを研究する方法を案内する。
取り上げるドラマは『男女7人夏物語』のような有名作から、『逃げるは恥だが役に立つ』や『きのう何食べた?』、『silent』をはじめとする話題作まで。13の研究テーマで、台詞や登場人物の関係性の描き方から浮かび上がる若者や家族、都市像をひもといていく。
当たり前に描いてあるように見える家族や恋愛、仕事に時代性や社会の変化が映し出されていることを指摘し、さまざまな「テレビドラマの見方」を提示する。テレビドラマ研究の第一歩に最適の入門書。 -
「あなたにとって選挙とは?」
「政治参加の手段?」「民主主義の根幹?」、
それとも「行っても/行かなくても変わらないもの……?」
近年、国内外を問わず、選挙のあり方そのものが問われる事態が相次いで起こっている。こうした状況のなかで、選挙に関して「科学的に」わかっていることはなんなのか。またそれを知ることは、私たちの生活にどのように関係してくるのだろうか。
2009年以降、自民党の勝利が続く日本の国政選挙について、政治学やデータ分析の専門家たちはどのように見ているのか。国際的にみて女性の社会進出が遅れているといわれている日本の現状は? またそれを取り巻くメディアの状況は? そして、若い世代が感じている日本の選挙のリアルとは?
科学的な分析に加え、杉並区長へのインタビューやお互いの話を聴き合いながら思索を深める哲学対話から、選挙を、そして政治をより身近にたぐり寄せるためのさまざまなヒントをちりばめた、すべての世代に向けた選挙の新しい入門書。 -
1980年代に拡大したビデオというメディアは、オタク文化の代表とも見なされるアニメの視聴経験をどのように変えていったのか。アニメオタクはビデオを利用することを通じて、どのような映像文化を形成し、そこにはいかなる社会的な意味があったのか。
1970年代後半から80年代のアニメブームと呼ばれる時期に焦点を当て、「ビデオジャーナル」「アニメージュ」「Animec」「アニメV」などの雑誌を読み込んで、アニメファンのビデオ利用によってアニメが個人の趣味として立ち現れるようになったプロセスを描き出す。
ビデオがアニメの保存や操作を可能にしたことでファンの交流を促して、「趣味としてのアニメ」の新たな流通経路を作り出し、それが個人の収集(コレクション)やレンタル市場の形成につながっていった。ファン・産業・技術が絡み合いながらアニメ独自の市場を形成した1980年代のうねりを照らし出し、ビデオが切り開いた映像経験の文化的なポテンシャルを明らかにする。 -
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自衛隊退職者は自衛隊にどういう意識をもっているのか。平和・安全保障問題に関する今後の議論の基礎になる客観的・学術的なデータを得ることを目的に、自衛隊退職者を対象に実施した「安全保障・防衛問題に関する意識調査」の結果を図表にまとめて報告する。
現代日本の平和・安全保障問題をめぐる状況は、大きな変革の時期を迎えている。従来からの懸念だった東アジア地域での脅威の増大や米中対立の先鋭化に加え、2022年のロシアによるウクライナ侵攻は全世界に衝撃を与えた。これを受け、日本政府は防衛力強化に向けて安保関連3文書を改定、防衛費の大幅増額や反撃能力保有の是非が政治的議題として浮上している。ところが、現在の市民社会のなかで「戦争」や「軍事」の十分な理解に基づく議論の機運が醸成されているとは言いがたい。
研究会が調査した自衛隊退職者は、かつては軍事を専門とする職に就き、いまは一般市民として生活している。平和・安全保障問題については、元自衛隊員としての経験や実感に根差した独自の認識や見解をもっているはずだ。前著『日本社会は自衛隊をどうみているか』で取り上げた一般市民の意識との差異を明らかにし、両者を比較・検討・総合することで、現代日本の平和・安全保障問題に関するより立体的・客観的な知見が得られるにちがいない。
内憂外患の日本にとって、安全保障とは何か、そして平和とは何か。この国の行く末を探るための導きの糸を世に問う。 -
台湾炭鉱をひもとけば、石炭産業の機械化以前の原初形態を知ることができ、さらに台湾の歴史や社会を学ぶことができる。
本書では、台湾最大だった瑞三炭鉱を中心に戦後の石炭産業を概観して、基本的な知識や情報を提示する。そのうえで、瑞三炭鉱の中心的な人物とその一族の人生を聞き書きで再現して、台湾炭鉱で働いた労働者や家族の仕事と暮らしを描き出す。さらに、炭鉱遺構をめぐる記憶保存と地域再生の現在の動きにも目配りする。
台湾炭鉱の労働者とその職場の歴史から、厳しい環境のなかで日々の生活のために協働してきた「誇り」の軌跡をたどり、観光地ではない「もう一つの台湾」を掘り起こす。 -
年々その数が増え続け、ますます活躍の場を広げている社会福祉士(ソーシャルワーカー)。医療・福祉分野では、介護福祉士と看護師、医師、薬剤師に次いで従事者が多い。今日では、映画やドラマでもよく目にするほどに、社会に根づいている。
しかし、こうした現状は社会のなかで生きづらさを抱えている人々のニーズの高まりを意味する。制度の狭間で身動きができなくなってしまうときに問題を解決して、対象者(クライエント)が人生の主役として生きられるように黒子として関わるのが社会福祉士の役目なのだ。
そこで本書は、社会福祉士が目の前で困っている人への寄り添い方だけでなく、マクロな制度にアプローチするために必要な「情報を俯瞰・言語化・構造化するスキル」もガイドする。さらには、資格試験を突破するコツや実務に役立つ視点、多様な分野で活躍する5人のフロントランナーへのインタビューも所収する。
ソーシャルワーカーを「生き方」として捉えて、自由なアプローチで社会を変えていけることの魅力を平易な言葉で語り尽くした入門書。 -
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戦後日本のミリタリー・カルチャーは、戦前・戦中への徹底的な批判や否定から出発した。このことが、海外諸国とは異なる日本独自のミリタリー・カルチャーを作り出した。
1960年代に隆盛した少年週刊誌の戦記マンガ、プラモデルなどの少年文化は、敗戦後に抑制されていたミリタリー・カルチャーの復活をもたらした。その後、2010年頃を転換点として、メディアやポピュラー・カルチャーから戦争や軍事組織をイメージする世代が多数派となり、これが市民の戦争観や平和観にも反作用を及ぼして、ミリタリー・カルチャーの構造的な地殻変動をもたらしている。
現代日本のミリタリー・カルチャーを、市民の戦争観・平和観を中核とし、それと構造的に相関する文化的要素で構成する諸文化の総体として、社会学・歴史学の立場から解明する。
「読む事典」でどこからでも入っていけるミリタリー・カルチャー研究の決定版! -
京都精華大学マンガ学部で人気の授業から生まれた、言葉と表現の仕組みを読み解くユニークなメディア論講義の書籍化。
「時代や場所によって、人々の感性や知覚は変わる」「メディアの変化や歴史が、いまの私たちのモノの考え方に大きく影響している」――この見方を身につけるために、本書では近世から近代へ、近代から現代へと変容するメディアが私たちに及ぼした影響を、絵と声と文字という「言葉の三角形」の視点から解き明かします。
第1部の理論篇では、言葉という大きなテーマを扱うための視角と方法を提示します。続く第2部の歴史篇では、江戸時代の浮絵や眼鏡絵、明治の小説や錦絵新聞などの具体例を多く示しながら、風景画と文学、言葉と国民国家形成との関係性を解説します。第3部の実践篇では、紙芝居やマンガを事例にして、絵と声と文字の関わりから現代のメディア表現がよって立つ基盤についてレクチャーします。
マンガの描き方を学ぶために大学に入り、はじめて座学で表現とメディアの関係にふれる学生を対象にする人気講義をブラッシュアップ。私たちのモノの考え方とメディアの関係を見据え、メディアの変化が社会に及ぼす影響を追求する視点が学べる一冊です。 -
1969年に評論家・中村とうようたちが創刊した音楽批評誌「ニューミュージック・マガジン」は、「ロッキング・オン」などとともに戦後のポピュラー音楽やサブカルチャーをめぐる議論を牽引した。そのなかで〈他者〉、とりわけアメリカはどのような存在だったのか。
戦後の音楽産業、音楽雑誌や出版をめぐる事情などの基礎知識を押さえたうえで、「ニューミュージック・マガジン」の編集者を務めた北中正和へのインタビューや日本語ロック論争から、当時のポピュラー音楽と社会状況との関わりを明らかにする。加えて、吉本隆明たちが立ち上げた「試行」が日本の文化状況に与えたインパクトや、サブカルチャーへの影響などについても検証する。
1970年前後のオルタナティブなリトルマガジンで展開されたポピュラー音楽批評から、音楽が情況や運動とどう対峙したのかを描き、それをとおして戦後日本が抱える内なる他者や〈アメリカ〉の変容をあぶり出す。 -
トランスジェンダーの人たちは生活上の困難を抱え、様々な不合理や社会からの排除に直面しています。また、SNSを中心にトランス差別・ヘイトが急速に拡大して、トランスジェンダーの人たちの生存を脅かしています。
様々な「議論」をする前に、トランスジェンダーの人たちの「生きる現実」を知ることがなにより必要です。
「なぜ性別が社会で重視されるのか?」「トランスジェンダーとは?」「性別を変えるために何が必要?」「トランスジェンダーの人たちが直面している困難は?」「トランス差別・ヘイトがなぜ跋扈しているのか?」――。
本書は、性別を重視するいまの社会のありようを押さえたうえで、トランスジェンダーをめぐる大きなクエスチョンを21個、そこから派生するクエスチョンを64個設けています。それらの基礎的な質問から性別分けスペースにまつわる疑問、「トランス差別はいけないけれど気になる」疑問まで、語りかける文体でわかりやすく答えています。
いまの社会がどうなっていて、そこでトランスジェンダーの人たちがどんな困りごとを経験していて、それを解決するには何が必要なのか――Q&A形式でそれらを具体的に知ることができる一冊です。 -
野球ファンの多くは、テレビや配信、テキスト速報、SNSでプレーを共有しながら楽しみ、勝敗に一喜一憂する。実際にプレーする人や現地観戦する人もいるが、ほとんどのファンはメディアを通して野球を見ている。では、メディアはどのようにして野球を捉え、描き、野球そのものに迫ってきたのか。
写真やイラストを多用して野球を見る視点を生み出した雑誌、カメラアングルや実況で野球の見せ方に大きく影響したテレビ中継、選手を操作するゲーム、実在の選手をも物語に登場させる漫画……。
選手のキャラクター化、スローモーションなどの技術による「動き」への着目、メディア間の相互関係などの論点を整理しながら、メディアを通してしか見られない野球の魅力や豊かさを描き出す。スポーツを捉えようとするメディアの試行錯誤や多様性、ダイナミズムに迫る野球視覚文化論。 -
※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。
フランスの5月革命が象徴する1968年。世界的に学生の異議申し立てが吹き荒れ、ベトナム反戦闘争が激しさを増し、日本でも東大・日大をはじめとする全共闘の大学闘争、アメリカ軍の後方基地である全国各地の反基地・ベトナム反戦運動が高揚したのが68年だ。
2015年夏に国会議事堂前で展開された安保法制反対デモとも比較されたように、政治の激変、社会運動の高揚の転換点として語られる68年だが、ほかにも多様な価値観や文化・芸術などに大きなインパクトを残したにもかかわらず、これまでの議論が見落としてきたものは多い。
本書では、「性と身体」という視点から68年の多様な文化実践を掘り起こし、現代にも続く影響力とそのダイナミズムを明らかにする。具体的には、これまでの68年論が素通りした文芸作品や芸術表現、解放をめざした運動の陰で抑圧されていた女性問題、などを取り上げて、変革のなかで「性と身体」がどのように語られてきたのかを6章に分けて検証する。60年代論の新機軸を提示する論集。 -
在米コリアンのミン・ジン・リーの小説『パチンコ』とそれを原作にした「Apple TV+」のオリジナルドラマシリーズ『PACHINKO パチンコ』は、海外で大きな反響を巻き起こし、ドラマは第2シーズンが2024年に公開を予定している。
本書は、『パチンコ』が描く1910年代から80年代までの在日コリアン家族の波乱に満ちた人生を読み解くことで、戦前から戦後までの日本の風景、在日コリアンの苦難や差別、物語に通底する植民地主義の暴力性や記憶を掘り起こす。
また、『パチンコ』の歴史表象や在日表象から、日韓の歴史認識問題、歴史修正主義の台頭、グローバルなメディア市場で歴史が物語として流通するポリティクスを検証する。
表象にとどまらず、生産・消費・規制・アイデンティティという5つの文化の回路からドラマ『パチンコ』を精緻に分析して、東アジアでの歴史対話とコミュニケーションの新たな可能性を指し示す。 -
中国では1979年に一人っ子政策が導入され、2015年に撤廃されたが、一人っ子世代の女性たちは、結婚や出産とどう向き合ってきたのか。
両家からの結納金や住宅の贈与と後継者獲得の力学、夫側との婚前協定、結婚と父系をめぐる規範、子どもにつける姓の選択、第一子・第二子の出産と親世代との交渉――。中国の一人っ子政策の概要や家族観を押さえたうえで、40人の「一人娘」へのインタビューから中国の女性たちの結婚や出産のリアルを描き出す。
一人娘家庭が多くなったことで、女性に「嫁」と「跡取り」の両方の役割が求められるようになり、また両家から第二子の出産を要請されることも踏まえて、女性たちが抱く葛藤や子どもをめぐる戦略を照らし出す。世代間交渉の実態を浮き彫りにして、現代中国の家族観にも迫る。 -
アイドル・アーティスト・MC・俳優など、各分野の第一線で活躍して人気絶頂の中居正広。テレビでも見ない日はない、と言っても過言ではない。ファンは、そして私たちは彼の何に/どこに引かれるのだろうか。
意外にも思える読書家としての顔やメモすることへのこだわり、愛すべきヤンキー性、MCでのトークスキルや笑いの技術、いまも持ち続ける野球少年の心、マイケル・ジャクソンへの敬愛とダンス・パフォーマンス、アイドルとしての恋愛観や結婚観、SMAPメンバーやジャニー喜多川との固い信頼関係、そしてエンターテインメントという仕事への強い思い……。
「一流の素人でありたい」という中居正広の多彩な魅力に迫り、その真摯な生き方を描き出す。当社ウェブ連載で好評を得た各章に加筆・修正をほどこし、書き下ろし2章分を追加した決定版。 -
自己責任や競争を推し進める新自由主義の時代にあって、在日コリアンはどのように自身の人生を選択し、この社会に「適応」しようとしているのか。また、在日コリアン内部での格差は、どのように生起しているのだろうか。
在日コリアン社会へのフィールドワークを通じて得たライフコースに関する語りの分析から、現代の在日コリアンがエリート層、あるいはアンダークラスへと分極化していくプロセスを丹念に描き出す。それと同時に、拡大した格差が在日コリアンのコミュニティ内部に葛藤を生じさせる事態にも迫る。
新自由主義の原理で満たされた現代を生きる在日コリアンの経験を、人種やエスニシティ、ジェンダー、階級などの複数の要因の絡み合いを想定する「交差性」の視角から読み解き、移民としての背景をもつエスニック集団が直面する複雑化し細分化した社会的不平等の実相を浮き彫りにする。 -
非婚/未婚/既婚、正規労働/非正規労働、性差別的な売春か/セックスワークか、女性の保護か/男女平等か――。フェミニズムは分断と連帯にどう向き合えばいいのか。
フェミニズムの議論を骨格に、現場の声にふれた経験に基づき、女性たちが簡単にはつながれない現実を見据えたうえで、シスターフッドとは何かを問いかける。
女性たちが差別に抗い、不満に共感しあいながらも、ともに声を上げられない現実を、ジェンダーに基づく権力構造による分断だけではなく、考え方や生き方、事情や立場が異なる個人の関係性などの視点から読み解く。
「分断」を乗り越えることを模索し、「ほどほどに、誰かとつながり、生き延びる」ための女性のこれからを提案して、長年のフェミニズムの場での活動と思索に基づいて女性のつながりのあり方の再考を求める評論。 -
19世紀末から20世紀初頭にかけて、生理学や神経学、病理学などの生命科学は、キモグラフやミオグラフなどの装置を使って「生命」を視覚化しようとしてきた。では、医学は「生命」をモニタリングするために、何を、どのように記録しようと試みたのか。医学を支えたそれら視覚技術は、映画などの映像文化とどのように結び付いていったのか。
ゾウに6,000ボルトの電流を流す瞬間やイヌの拍動する心臓を記録する映画、てんかん発作のような不随意的な身体の動きを追う映像、ウサギの血液循環を顕微鏡で撮影した科学映画、そして、未知の光線で骸骨にされた人体内に再び生命活動を捉えようとするX線映画――。
映像技術によって「生命」を明視しようとする科学的観察の欲望を、多様な事例と豊富な図版から明らかにする。それら医学の欲望が「生命」を把持し統制しようと格闘した歴史をたどり、現代のCTやMRIなどの画像技術へつながる医学的な映像実践と映画との関係を検証する映画研究・視覚文化論の成果。 -
現在、地球規模で最も深刻な感染症の一つHIV/エイズ。医療の進展とともに服薬を続ければ死に至らず、ほかの人と同じ生活ができるようになった。だがジェンダーやセクシュアリティ、病いや障がいなど交差的な差別や偏見はいまだに根強い。日本で「HIVとともに生きる」ことはいったいどのようなことなのだろうか。
ゲイ男性を中心にHIV陽性者百余人と交流し、22人のライフヒストリーを聴き、かれらが書いた手記などの史資料も読み込み、生活史に深く迫る。当事者と支援者がおこなってきた協働的な実践を掘り起こし、周囲に創造的に関わりながら包摂する力を発見していく。
傷つきとレジリエンス、病いの語り、クィア理論や批判理論など社会学理論から、一人ひとりが苦しみのなかで培ってきた生きる力が、社会とどのように接合し社会を構想できるかを浮き彫りにする。傷ついた生の意味を協働で探り、親密性や共同性を育む「生きるための理論」を探求するラディカルな生活史研究。 -
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1974年の超能力ブームに始まり、ユリ・ゲラー、ネッシーや雪男、80年代から90年代にかけてのノストラダムス、矢追純一のUFO、心霊写真、霊能力者・宜保愛子、そして2000年代のスピリチュアル・ブーム……。
1958年の「テレビ放送基準」以来、「迷信は肯定的に取り扱わない」と定めているにもかかわらず、なぜオカルト番組は熱狂的な支持とバッシングの渦のなか続いていたのか。
「謎」や「ロマン」を打ち出し、視聴者が半信半疑で楽しむエンターテインメントとしてオカルト番組が隆盛を極めたことを掘り起こす。そして、スピリチュアル番組へと移行して「感動」や「奇跡」の物語へと回収されることで、オカルトの内実(真偽)が問われ、終焉へと至った歴史的なプロセスを明らかにする。 -
高度経済成長期に形成された東京都市圏の郊外社会――。当初は批判的に語られた郊外地域は、半世紀がたとうとする現在ではどのように成熟し、これからはどう変化していこうとしているのだろうか。
そして、郊外に暮らしてきた住民はまちづくりとどう関わり、高齢者はどのような生活を送り、これから迎えるポストコロナ期にライフスタイルはどう変貌するのか……。
東京都市圏の多摩丘陵に位置する川崎市麻生区をモデルに、住民へのインタビューやウェブ調査などをとおして、まちづくりのあり方や隠れた魅力、近隣の大学とコラボした文化活動、コロナ禍の影響などの郊外の実態を描き出す。
また、多摩ニュータウンなどの計画的に建設された郊外住宅地と異なり、麻生地域は個別開発の集合体として住民主導の草の根で建設されてきた。その歩みをたどることで、地域の人々の手によるまちづくりの格好の参考事例と今後のあり方を提示する。
川崎新都心街づくり財団と地元の複数の大学が協力して、多様な調査を元に郊外の持続型モデルを提言する貴重な成果。各自治体の関係部署、まちづくりを実践している市民やNPO、開発をサポートする企業などは必携の一冊。 -
文学作品の作者とは何者であり、読者とは、また何者なのか。
〈作者〉と〈読者〉の相互作用としての〈書く〉ことと〈読む〉ことを捉え返すことを通じて、エクリチュール(文字表現)の文字の連なりのなかに埋もれた意味やイメージをたどる。近代文学研究の泰斗のデビュー作を増補して復刊。
宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を呼び水にして、近代小説を築き上げた二葉亭四迷の『浮雲』や坪内逍遥『小説神髄』、森鴎外『舞姫』、夏目漱石『坊っちゃん』、さらには横光利一『蝿』、にいたるまでのさまざまな作品を、クリステヴァやボードリヤール、バルトらの文学論も援用しながら多元的で重層的に読み込み、近代日本文学の〈語りの構造〉を解明する記念碑的な論文集。 -
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虐待と貧困の連鎖の渦にいながら、助けを求める声を上げられない母親たち=サイレントマザー。
育児放棄や暴力などの子どもへの虐待、父親の娘への性暴力を見て見ぬふりをする、ついには子どもを殺してしまう……。社会問題にもなった虐待事件のルポルタージュや資料を丹念に読み込み、不登校と向き合う母親、子を愛せない母親、破壊衝動をもつ母親、子を病気に仕立てる母親などの調査事例も多角的に検証する。
サイレントマザーは夫の暴力や経済的な貧困に苦しみ、自身の子ども時代の暴力経験から心身を害している場合も多いことを明らかにして、「助けて!」を言えずに沈黙・貧困・虐待のスパイラルから抜け出せないと指摘する。児童虐待防止の関係者が「沈黙しないで! 助けを求めて! 自分と子どもの命を輝かせて!」と訴えて、すべての機関・関係者に対抗策・防止策を提示する。 -
1957年からNHKで放送されたテレビドキュメンタリー・シリーズ『日本の素顔』は、戦後社会で映画とは異なる新たな表現を切り開いた。初期テレビ制作現場に集った人々はどのようにテレビドキュメンタリーを創造し、どのように『日本の素顔』を作り上げていたのか。
本書では、放送アーカイブを活用して現存する『日本の素顔』を視聴し、当時の資料を渉猟し、関係者へのインタビューを積み重ね、当時の制作現場での試行錯誤や模索、様々な実践に光を当てて、テレビドキュメンタリーという表現形式の独自性を明らかにする。
具体的には、大阪中央放送局の番組制作の実態、制作現場で立ち上がる規範や葛藤、『日本の素顔』唯一の女性プロデューサーの実践などから、東京中心の初期テレビドキュメンタリー史に東京/大阪、男性/女性、エリート/アシスタントという視点を挿入して、『日本の素顔』の複数性と重層性を浮き彫りにする。
これまでの初期テレビドキュメンタリー史では十分に記されてこなかった番組制作の営みや、ドキュメンタリーという表現が内包するグラデーションを可視化する労作。 -
近年、児童虐待が社会問題化している一方で、社会的養護のもとで暮らす子どもへの支援も注目を集めている。これまで援助の「あるべき姿」などを中心に議論されてきたが、現場ではどのような困難が経験され、施設のありようをめぐって何が問題とされているのか。
本書では、児童養護施設や母子生活支援施設、里親などを対象に、各施設のフィールドワークを積み重ね、関連する政策文書や史料を丹念に読み込む。それらをとおして、児童養護施設で求められる「家庭」のあり方、施設で過ごす子どもや職員が抱える葛藤、愛着概念の変容、発達障害と施設の関係性、母親という規範などを浮き彫りにする。
医療、教育、ジェンダーなどの多角的な視点から、子どもを養護する現場や制度が抱える規範や規律を照射して、「家族・家庭」と「施設の専門性」の間に生じるジレンマを明らかにする。 -
2022年7月8日に発生した安倍晋三元首相の銃撃事件。
これを受けて企画・配信された『ポリタスTV』の「宗教右派と自民党の関係――ジェンダーと宗教」(前篇・後篇)は、5日間限定の無料公開で10万回以上再生され、大きな反響を巻き起こした。
この配信コンテンツをもとに、全編書き下ろしでジェンダーやセクシュアリティ、家族をめぐる政治、それと宗教右派との関わりをまとめるのが本書である。
1990年代から2000年代初頭のバックラッシュから、安倍政権以後の家族や女性やLGBTをめぐる政策と右派・宗教との関係までを、具体的な政策や運動、テーマにフォーカスして解説し、フェミニズムの立場・視点から問題点を検証する。
知られざる宗教右派の実像と1990年代から現在まで続く苛烈なバックラッシュの実態を明らかにする問題提起の書。 -
2020年オリンピック・パラリンピック東京大会の際、海外のアスリートや関係者と地域住民が国際交流を図ったホストタウン事業。1998年の長野オリンピックの際の一校一国運動や、2002年のサッカーワールドカップの際の各国代表チームの事前キャンプ時の住民との交流事業などに着想を得たこのホストタウン・イニシアティヴという計画は、世界に類を見ない日本独自の取り組みとして、全国で展開された。
スポーツを通したまちづくりにも直結するホストタウン事業の基本知識、ホストタウン事業に取り組んだ自治体の活動状況、コロナ禍がホストタウン事業に与えた影響、オリ・パラ後の活動状況、そして、ホストタウン事業の成果の全体像を多様なデータから明らかにする。
スポーツ振興、スポーツ合宿、多文化共生、経済交流などの特徴をもつホストタウン事業のほか、行政が主導したタイプ、民間と協同したタイプなどの事例をレポートして、ホストタウン事業に登録した全自治体の取り組みを一覧表にもまとめた、国際交流の全記録。 -
労働人口の減少などを背景に、職務を軸にした雇用が広まりつつある現在、派遣労働者はジョブ型雇用の代表格である。「自由な働き方」というイメージもある彼/彼女たちは、どのような思いで働き、自身のキャリアと向き合い、ライフコースを歩んでいるのか。派遣労働を取り巻く困難や課題はどこにあるのか。
大きな転換点になった2015年の労働者派遣法の改正で掲げられた派遣期間の制限見直しやキャリアアップ措置、待遇の改善などの実態を、派遣労働者40人や派遣元事業主などへのインタビュー、1,650人へのウェブ調査を組み合わせて明らかにする。
そして、雇用の安定やキャリアの向上が必ずしも実現しておらず、給与や雇用形態で不安を抱えながら働くことを余儀なくされている現状をあぶり出す。同時に、男女間の格差やハラスメントの実態、コロナ禍での「被害」も浮き彫りにする。
5年に及ぶ調査から派遣労働の実情を照らし出し、それを通して正社員の労働実態や多様な働き方の可能性も検証する。 -
ブックオフから考える。
社会と都市と文化の「つながり」を。
日本全国に約800店舗を構えるブックオフは、多くの人にとって日常生活に溶け込んだ存在になっている。しかしこのような「当たり前」の存在になるまでは、ブックオフをめぐりさまざまな議論が繰り広げられてきた。あるときは出版業界の革命家として、またあるときは破壊者として、そしてまたあるときは新たなサブカル文化の創造者として……。
本書は、ブックオフが誕生した1990年代からのさまざまな「ブックオフ論」を整理し、実際に多くの店舗を観察して、「なんとなく性」という切り口から、なぜ人はブックオフに引き寄せられるのか、そして現代社会でどのような役割を果たしているのかを縦横無尽に考え尽くす。
ブックオフはどう語られてきたのか。またその語りに潜むノスタルジーとは。
チェーン店であるブックオフが都市にもたらしたある種の「豊かさ」とは。
ブックオフで「偶然」出合う本の面白さとは。
ブックオフから生まれた音楽、カルチャーとは。なぜアーティストはブックオフからの影響を語るのか。
ブックオフが生み出す公共性とは。「文化のインフラ」の内実とは何か。
チェーンストア論やテーマパーク論で注目を集める新進気鋭の著者が、出版史、都市論、建築論、社会学、政治学、路上観察学など多様な分野の知見を駆使して書き上げたいままでにないブックオフ文化論。 -
「世界に輝く 日本の偉さはこゝだ」「日本精神に還れ」……これらは2016年現在の書籍ではなく、80年前に出版されたもの。アジア・太平洋戦争に向けた国民総動員体制をあおる書籍が次から次に出版された。中山忠直『日本人の偉さの研究』、三浦葦彦『神国日本の啓明』、服部教一『日本の大使命』、池崎忠孝『天才帝国日本の飛騰』……こんな勇ましい書名だけではない。平野増吉『日本精神とお墓』、笠原正江『働く婦人の生活設計』、上野摠一『み国のために働く小産業戦士の道しるべ』などの「決戦生活心得トンデモ本」も聖戦を支えた。
「我が軍」「八紘一宇」などと総理や政治家が平気で公言する現在、ルーツである80年前の「日本スゴイ!」キャンペーンを発掘して、思わず噴き出す陳腐な内容を白日の下にさらす。 -
女子体操着であるブルマーは、ブルセラブームを契機に批判を受け、1990年代半ば以降に学校現場から急速に姿を消した。消滅の社会的背景はこれまでも断片的には語られてきたが、では、腰に密着して身体の線があらわになる服装が、なぜ60年代に一気に広がり、その後30年間も定着・継続したのだろうか。
地道な資料探索や学校体育団体、企業への聞き取り調査を通して浮かび上がってきたのは、中学校体育連盟の存在だった。そこから、中体連の資金難、企業との提携などのブルマー普及の背景を解き明かす。また、受容の文化的素地として、東京オリンピックの女子体操が与えたインパクト、戦前から続くスカートの下の2枚ばきの伝統などとの関連も検証する。
ブルマーは導入当初から性的なまなざしにさらされてきた。にもかかわらず、学校現場でブルマーが存続してきたのは、ブルマーをはく女子の身体に女子修身教育の幻を見る戦前回帰派と、美と健康を見る戦後民主主義派とが思わぬかたちで共謀していたためではないかと指摘する問題提起の一書。 -
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モダニズムと左翼思想が隆盛する一方、恐慌や戦争によって不安定な時代に突入した1930年前後。男性の知識人や表現者の活動がこれまで注目されてきたが、同時代の女性たちもまた、多様な闘いの声を上げていた。
1928年から32年まで発行された雑誌「女人芸術」に集結した女性知識人やプロ・アマを問わない表現者に光を当て、彼女たちの自己表現、階級闘争、フェミニズムとの複雑な関係を浮き彫りにする。
東アジアにおける展開も視野に入れ、文学・批評・論争などの文化実践、また政治運動における表現活動をとおして、女性の闘争主体/文化生産者としての一面を明らかにする。
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