『映画、思想、哲学、文化(実用、新書)』の電子書籍一覧
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水洗トイレ・冷蔵庫からジェトコースター、スケート、虹、オーロラ、飛行機、人工衛星・GPSまで身の回りにある物や現象のしくみが面白いほどよくわかる!文系の人でも理解できるよう、とにかくわかりやすく、またとにかく図を使ってうまく説明しました! 本書で扱ったテーマは、身の回りにそれとなくある物や現象です。それらの仕組みを知らなくても生きてはいけますが、知っていればなかなか楽しく暮らしていける、そんなものばかりです。物理の醍醐味は、いろいろな現象を少数の法則や定理そして少しの仮定で取り扱うことができるところにあると思います。 -
認知症もガンも、いい〈香り〉で治療する
時代がやってきた!
視覚、味覚、聴覚などと並び、非常に身近な感覚でありながら、科学的にまだ謎が多く残る分野――それが「嗅覚」である。重度の認知症患者の症状を改善したり、がんの終末期の疼痛を和らげる〈香り〉。これまでの西洋医学では太刀打ちできなかった病状の治療方法として、いま注目されているメディカルアロマセラピーを、嗅覚のメカニズムや最先端の臨床例からわかりやすく解き明かす。
■目次
第一章 嗅覚のメカニズム~ヒトはどのようにして<香り>を感じるのか
第二章 <香り>が人体におよぼす作用~アロマセラピーのサイエンス
第三章 治りにくい・予防しにくい疾患に効く<香り>~メディカルアロマセラピーの最新研究
第四章 <香り>の効能を楽しむ~精油の使い方 -
映画はどのように障害を描いてきたのか──
歴史、物語のパターン、再現による同一化、当事者性⋯⋯様々な角度から映画と障害のつながりを解きほぐす
「映画について」ではなく「映画とともに」、
私たちのいまを考え続けるために、この本はある。
――三宅唱(映画監督)
普通に存在することすらままならない。本書が照らし出すように、
障害の表象の歪さは、社会とそのままつながっている。
――田中みゆき(キュレーター/プロデューサー)
ろう者の子どもを主人公にした『コーダ あいのうた』がアカデミー賞で作品賞含む3部門に輝くほか、『ドライブ・マイ・カー』『ケイコ 目を澄ませて』『LOVE LIFE』と日本の気鋭の若手監督たちが次々と障害者が登場する作品を手がけている現在。「感動ポルノ」や「共生」といった言葉で単純化することなく、障害の描かれ方、何よりも見つめ方を考え直すべきなのではないか?
「スクリーンのなかで障害がいかに描かれてきたのか、また、より今日的な映画作品のなかで障害がいかに描かれるようになったのか」を論じる本書では、サイレント時代から現代まで「映画における障害者イメージの変遷」をたどり、「スクリーンのなかの障害」の歴史が通時的につづられる。そして、その「障害者イメージの変遷」の土台となる「社会における障害観の変化」がどのように起こったのかを「障害学」の基礎とともに提示していく。
また、歴史をつづるだけでなく、コミュニケーション、障害の再現、当事者性という切り口のもと映画と障害のつながりを捉え直していく。障害を扱う多くの映画がコミュニケーション、「不全」から「達成」へと進行する物語を描いているのはどうしてか? 視覚的・聴覚的な描写によって再現された障害に同一化する際、何かが隠蔽されていないか? 障害者の役は障害当事者しか演じてはいけないのか?といったアクチュアルなテーマが、近年の障害を描いた作品をもとに論じられる。
『レインマン』『フォレスト・ガンプ/一期一会』『アイ・アム・サム』といった名作として語られる作品から、『ワンダー 君は太陽』『最強のふたり』『コーダ あいのうた』などの近年話題となった作品まで、多くの観客を得てきた作品を新しい視点で読み直すきっかけにもなる本書は、われわれ観客はどのように障害を見つめていくべきか、思考と議論のための新しい出発点となるだろう。 -
クィア・シネマという「可能性の地平」に向かって−−−−−−
ジェンダーやセクシュアリティ、人種に対する規範や制度を問い直し、家族主義や都会主義に抗い、直線的な時間に逆らって歴史を書き直す、気鋭の研究者が照らし出すクィア・シネマの重層性
アルフレッド・ヒッチコック、オードリー・ヘプバーン、ジュディ・ガーランド、グザヴィエ・ドラン、セリーヌ・シアマ、田中絹代、三池崇史、美輪明宏、原節子、高倉健……作家、スター、作品のみならず観客やコミュニティを縦横に論じる「雑種」で「不純」な映画論
ジェンダーやセクシュアリティ、人種、コミュニティの規範や理想を強化し、教え込む教育的な役割も担ってきたシネマ(映画)。そこで生まれた「常識」や「当然」を疑うことによって、慣れ親しんできたアイデンティティやカテゴリーを問い直し、「異なる」欲望や「非規範」的な関係の可能性へと導くものこそがクィア・シネマである。直線的な時間に抗い歴史を書き直すその試みは、現在や現状を肯定することなく、可能性として存在し続ける「地平」だと言える。
4部構成による本書は、常識や当然に抗うクィア・シネマの「雑種」で「不純」なあり方を体現する。クィア・シネマの歴史や横断性、クィアの理論と歴史を俯瞰する第1部。ジュディ・ガーランドといった黄金期ハリウッドのスターから、グザヴィエ・ドランやセリーヌ・シアマといった近年の注目監督まで、アメリカおよびフランスのスターや映画作家、映画作品のわたしたちが知っているあり方とは「別」のあり方を提示する第2部。美輪明宏や原節子、高倉健といった映画スターたちと、そのファンやファンたちのコミュニティを取り上げ、雑種性が強く表れた日本映画を扱う第3部。そして、1970年代のフェミニスト映画運動や日本で開催されるクィア・LGTB映画祭を深く掘り下げ、映画とコミュニティの関係を地域性を絡めつつ論じる第4部が最後を飾る。作家論やスター論、作品論のみならず、観客論やコミュニティ論も入り混じり、クィア・シネマの射影の広さが感じられる構成になっている。
編著や共著、雑誌などでクィア・シネマの可能性を日本に紹介してきた気鋭の映画研究者による待望の単著デビュー作。 -
早稲田大学や改新党を創立した大隈重信が、停滞する日本の政界と教育界を一喝する。
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