『◉(mandala2025)、地球文明転換(文芸・小説)』の電子書籍一覧
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地球は、もはや「背景条件」ではない近代地球科学は、長らく地球を人類活動の舞台(boundary condition)として扱ってきた。大気は環境条件であり、海洋は資源の貯蔵庫であり、生態系は人間活動の影響を受ける「対象」であった。この前提のもとで、人類は文明を築いてきた。産業革命以降の科学・経済・政治は、いずれも「人類が活動し、その結果が地球に現れる」という一方向の因果モデルに基づいて設計されてきたのである。しかし、21世紀に入り、この構図は静かに、しかし決定的に崩れた。(序章本文より)
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本書は、仏教を否定しない。教義を批判するための書でも、思想史的に乗り越えるための書でもない。むしろ本書は、きわめて率直な問いから出発する。仏陀が語った縁起と無我は、本当に最後まで生き切られただろうか。仏教は二千五百年にわたり、「固定した自己は存在しないこと」「すべては関係の網の目として生起していること」を繰り返し語ってきた。縁起、空、無我、涅槃――これらは思想史上、きわめてラディカルな洞察である。世界を実体から解き放ち、存在を関係と運動として捉え直す視座は、いまなお人類の到達点のひとつと言ってよい。しかし同時に、この洞察は長い時間の中で、理解される対象へと変質していった。縁起は説明される理論となり、無我は信じる教義となり、空は概念として把握され、涅槃は到達すべき境地として固定された。(本文序章より)
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本書は、キリスト教神学を否定しない。むしろ、キリスト教が二千年にわたり誠実に思考し続けてきた問いを、最後まで引き受けることから出発する。――創造とは何だったのか。――ロゴスは、どこに在ったのか。――受肉は、一度きりの出来事だったのか。――終末とは、世界の終わりなのか、それとも成就なのか。キリスト教神学は、これらの問いを・神の超越性・被造物との断絶・歴史の直線性という枠組みの中で、極限まで思考してきた。その営み自体は、疑いなく人類思想の中枢である。しかし同時に、いま一つの問いが立ち上がる。それらは、すでにどこまで“生き切られて”いるのだろうか。(本文序章より)
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