『中村彰彦、雑誌を除く(文芸・小説、実用)』の電子書籍一覧
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激動の幕末維新期を題材に数多くの歴史小説、史論を発表してきた著者のライフワーク。
全三巻のうち上巻では、
大村益次郎の登場から、第二次長州追討戦、大政奉還、鳥羽伏見の戦いを経て、箱根戦争の終結までを描く。 -
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この浮世絵、よく見るとちょっとヘン!?
幕末の人気浮世絵師・豊原国周[とよはら・くにちか]。
彼が密かに仕組んだ「秘密」[コンフィデンシャル]とは。
浮世絵「善悪鬼人鏡」44セット・フルカラーにて掲載!
戊辰戦争の真っ最中に、江戸の人気浮世絵師・豊原国周によって密かに描かれた風刺画
シリーズ。そこに込められた「暗号」の解読(=コードブレイク)を通し、現代人がほ
とんど知らない江戸時代の庶民の情報力と両軍への評価を浮き彫りにする。
丹念かつアイディアに溢れた探究により明らかになる、新たなる「幕末の常識」とは。
監修・解説、中村彰彦氏
「歴史はよく「勝者の歴史でしかない」といわれ、ある時代の
庶民たちの感覚を書き留めた史料は非常に少ない。本書は「善
悪鬼人鏡」を読み解くことによって当時の江戸っ子たちの感覚
をあきらかにした労作である」(「解説」より) -
幕末のテロリストが、愛される経営者に!
横浜焼き打ちを決行しようとした青年は、パリ万博で幕府の瓦解を知る。「一万円札の顔」になった日本最強の経営者、その数奇な運命。
色好みだけど、ケチではなかった。「史上最強の経営者」「日本資本主義の父」など、多くの異名を持つ渋沢栄一の生涯。幕末にテロを決行しようとした青年が、パリ万博で幕府の瓦解を知り、激動の明治には日本一愛される経営になるまで。「一万円札の顔」の数奇な運命を歴史小説の第一人者が描いたエネルギーあふれる人生録決定版!
単行本 2021年1月 文藝春秋刊 『むさぼらなかった男 渋沢栄一「士魂洋才」の人生秘録』
文庫版 2024年12月 文春文庫刊 文庫化にあたり増補・改題
この電子書籍は文春文庫版を底本としています。 -
徳川将軍、異色の大名、江戸を騒がせた盗賊、新選組、そして戊辰戦争を潜り抜けた明治・大正期の軍人たち――。奇譚とエピソード満載。歴史を読み解く愉しみを堪能させる最新エッセイを収録。
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中公新書『ある幕臣の戊辰戦争』を改題し、電子書籍として配信するものです。
名門・伊庭道場の嫡男に生まれた八郎は、卓越した剣の腕を買われ、将軍家茂の親衛隊に加わる。だが戦乱は間近に迫っていた。
八郎は新設された遊撃隊に属し、鳥羽・伏見の戦いを皮切りに各地を転戦。東下する新政府軍を迎え撃った箱根の戦闘では左手首を失う不運に見舞われる。のち蝦夷地で旧幕府軍に合流し、死の間際まで抗戦を続けた。
天才剣士を戦いへ駆り立てた思いとは何だったのか。
二十六年の短くも鮮烈な生涯を描く。 -
慶応2年12月25日に崩御した孝明天皇については、その直後から「毒殺説」がささやかれていた。疱瘡(天然痘)に罹患したものの、快方に向かいつつあった天皇の容態が急変し、死に至ったからである。
戦後になると、ねずまさし、石井孝、田中彰氏らの近代史研究者によって「毒殺説」が主張されたものの、平成元年に原口清氏の論文が発表されるに及んで「病死説」が俄然有力になった。
著者は原口清氏の論文を批判して「毒殺説」を支持してきたが、近年(2020年12月)になって橋本博雄氏(医学博士)が論文「孝明天皇と痘瘡」を発表し、そこでは孝明天皇の症状の記録を検証する限り、痘瘡による病死とは考えられないという結論が導き出されていた。
これに示唆を受けた著者は関連史料を再読し、孝明天皇の死因は急性砒素中毒であることを論じたうえで、さらにその背後で画策した黒幕と、置毒した実行犯の女官の名前を割り出した。
本書は幕末維新史の再考を迫る内容を提示した表題作を中心とする史論集である。 -
戊辰戦争でもしも東軍が勝ったなら――幕末・明治を中心に、気鋭の歴史作家が通説にとらわれない「歴史の読み筋」を説き明かした好著。
歴史は、勝者によって書かれるものだという。敗者の歴史は、やがてその陰に埋もれて消えてしまう。正義の軍隊(官軍)が賊軍を討ち、近代国家・明治を成立させた戦い――長くこうした“順逆史観”で語られてきた幕末維新の動乱期は、まさに「埋もれた歴史」の宝庫である。『鬼官兵衛列風録』『遊撃隊始末』などの小説で、佐幕側の英傑たちを主人公に多くの作品を世に出した著者。本書は、そんな著者が現地取材や史料を読み込む過程で出会った「史実」をもとに、江戸から明治という時代の転換期の新しい「読み筋」を提示した歴史エッセイ集である。「純粋に佐幕を貫いた勇者 佐川官兵衛」「戊辰戦争でもしも東軍が勝ったなら」といった幕末史の読み直しを迫るエッセイを中心に、41編のエッセイと「会津史と私の小説作法」と題された講演録1編を収録。教科書的な歴史では味わえない、知的好奇心を刺激する話題が満載の好著である。『名君と暗君と』を改題。 -
NHK大河&新しい一万円札の顔!
「幕末の志士」から「日本資本主義の父」へ。誰も知らなかった渋沢栄一の素顔を直木賞作家の中村彰彦が解明する。歴史秘録の決定版! -
織田信長が演出した「安土宗論」をへて本能寺の変が勃発した当時、京都の法華宗寺院はどのような状態になっていたのか。主家再興に奔走し非業の死をとげた山中鹿介と毛利本家の血統を守った小早川隆景の運命を分けたものはなにか。渋沢栄一から見た大久保利通と西郷隆盛に対する人物評価の違いとは――。戦国・幕末の激動期を中心に、埋もれていたエピソードを発掘し、歴史の面白さを満喫させてくれるエッセイ54篇を収録。
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戊辰150年、その裏側を抉る。
「日本の夜明け」に隠れた悲劇の連鎖とは。
直木賞作家が亡国の時代に生きた無骨な人々の息遣いを丹念に描く、書き下ろし幕末入門。
「明治維新」という言葉に美しさを感じるのは主に西日本の人々で、関東以北の人々にとってそれは「戊辰戦争」の追憶を呼び起こすものであった。
一見華やかに見える幕末維新の水面下の状況に焦点を合わせ、そこに秘められた影を明らかにする。
西郷を討った男はその後どうなったのか。龍馬を切った男の野望とは。
無責任な理想主義を通した薩軍。
イメージとは違い、腐敗不正がまかり通り、門閥・身分による差別が歴然としていた長州の奇兵隊。
そして山川浩・健次郎兄弟により会津藩松平家が名誉を回復するまで。
史料から読み解かれる、もう一つの幕末維新史。 -
徳川三百年の恩顧に報いて藩主の座を捨て幕末に忠義を尽くした「最後の大名」林忠崇の生涯。
NHK「歴史秘話ヒストリア」に著者が出演!
林忠崇はわずか一万石の大名とはいえ、れっきとした譜代藩の当主であった。その脱藩は、単身いずこともなく姿を消す、といった忍びやかなものではまったくなかった。家老以下おもだった家来たちと連れ立ち、領民たちに見送られて陣屋を立ち去る、という威風堂々たるものであった。
一体なぜ林忠崇は、藩主みずから脱藩するという破天荒な行動に出たのか。忠崇はその後なにをし、どのような人生を歩んだのか。その藩は、藩主がいなくなってしまったあとどうなったのか。(「はじめに」より)
本書は、二〇〇〇年に中央公論新社から刊行された『脱藩大名の戊辰戦争』を改題したものです。 -
日本人の「美しい精神」は、江戸時代の藩校教育にこそ源流がある。会津藩校、長州藩校はじめ、今に残る藩学の精神を訪ねる歴史紀行。
長く続いた徳川幕府の時代には様々な文化が爛熟したが、とくに教育では全国300藩といわれる各藩が、家風や地域風土に根差した独自の子弟教育を行なってきた。その中心が藩校であり、今でも往時の教えを大切に守り伝える土地も多い。幕末に武士道の精華を見せた会津藩の日新館、水戸学が勃興し尊皇攘夷の中心となる水戸藩の弘道館、吉田松陰ら維新回天の重要人物が学んだ長州藩の明倫館……。本書は、各藩の俊英が集った江戸の昌平坂学問所を皮切りに、直木賞受賞の歴史作家が、自らの足で13カ所の藩校文化を訪ね歩く。巻末には、山内昌之東大名誉教授との特別対談「藩校に学ぶ日本人の『道』」を収録。現代教育を思うとき、「学問とは人としての道を知るためのもの」とする対談での著者の言葉が重い。藩校を訪ねる旅は、歩きながら日本人の「美しさ」の本質に出会う旅でもある。東北から九州まで、深くて楽しい歴史紀行。『捜魂記』を改題。 -
近藤、土方の故郷・多摩から、勇名を馳せた京都・会津、終焉の地・北海道へ――すべてのゆかりの地を踏破しつつ解説する新選組の興亡。
数多くの映画や小説になり、幕末激動の時代を彩った「新選組」。とくに京都での「池田屋事件」「禁門の変」に代表される活躍は、近藤勇、土方歳三をはじめ多くの隊士の名を歴史に刻んだ。しかし新選組の戦いは、時代の流れに逆行し、敗れ去っていく歩みでもある。剣の腕だけで徳川幕府を守るには、西南雄藩を中心とする新政府軍はあまりに近代化していた。本書は、その結成から活躍、崩壊への歩みを、幕末を描いて当代屈指の作家が、ゆかりの地を徹底踏査して執筆した歴史紀行。「浪士組」として江戸で結成、京都へ上ってからの局長近藤を頂点とする活躍、そして鳥羽伏見の戦いでの敗北からの解体と土方たちの奥州転戦、五稜郭の最後……。現地に足を運びながら、新選組の歩みを丹念に追い、紀行文ながら「新選組小史」の趣がある。近藤勇の最後の夢の跡を追った「甲陽鎮撫隊紀行」を増補し、再編集した決定版。新選組を長年追いかける神長文夫氏の写真満載。 -
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(目次より)対談・「佐幕」「勤王」の対決史観はもうやめよう(三谷博×苅部直)/対談・鎖国日本が知った競争と技術革新の意味(森口千晶×中林真幸)/鼎談・アジアの異端児ニッポンの不思議な“革命”(岡本隆司×君塚直隆×飯田洋介)/エッセイ・この志士に学べ1前田正名(池内紀)2西郷隆盛(北康利)3西郷隆盛(先崎彰容)4立見尚文(中村彰彦)5甲賀源吾(森まゆみ)/藤村『夜明け前』にみる近代人の理性と情念(猪木武徳) -
彼なしに幕末会津の栄光はありえなかった。上杉鷹山や松平定信の手本となる産業振興、教育改革で藩を見事に再生させた名家老の真実。
藩窮乏の危機から一大飛躍! 上杉鷹山を凌駕する改革者がいた。幕末維新期、なぜ会津藩はあれほどの光芒を放つことができたのか? それを可能にしたものこそ、名家老・田中玄宰の藩政改革であった。寛政期(江戸時代中期)、相つぐ飢饉で、日本全国が危機に陥った。上杉鷹山率いる米沢藩、松平定信が率いる白河藩をはじめ各藩は必死に改革に取り組んだが、そのなかで、もっとも成功した藩こそ、田中玄宰のいた会津藩だったのである。松平定信が白河藩の家老たちを訓戒した言葉が今に伝わる。いわく、「その方ら、会津の田中三郎兵衛(玄宰)に笑われぬようにせよ」。田中玄宰は、会津松平家初代の名君・保科正之の政治手法を深く学び、荒廃する農村を社会保障策で救い、57万両にも及んだ借金を産業振興と倹約によってほぼ完済し、藩校日新館を建てて会津武士道を確立し、軍制改革で有事即応力を劇的に高め、さらにはロシア撃退のために樺太にまで出兵している。しかも、藩の公費をすべて元本の返済に充てるとしても完済に20年以上かかる莫大な借金を抱えながら、農民たちを収奪することなく、暮らしやすい政治を行なって人口を増やし、共存共栄の社会をつくったのである。緻密な分析で驚きの手腕を解き明かす、感動の評伝。 -
その手際の見事さから、「福島家浪人あまたあれど、長く流浪せる者ひとりもあらず」と世に謳われた知る人ぞ知る名家老・福島丹波守治重をはじめ、傾きゆく主家を一身で支えた名将・立花道雪、困窮する斗南藩の立て直しに尽力した会津藩家老・山川浩など……新たな視座で六人の家老を描く傑作歴史小説短編集。
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加賀百万石前田家の繁栄をきずいた風雲児の一生前田利家と洗濯女の間に生まれながら三代目藩主となり、加賀百万石の基礎を築いた利常。前田家三代の華麗なる歴史絵巻の第一巻
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将軍家光の異母弟として悲運の生をうけながら、忠勤と民への慈愛身をつくした、この稀有なる会津藩主の歩んだ清洌な生涯を辿る
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バルチック艦隊は、必ず対馬海峡に来る東郷平八郎を名参謀として支え、日清・日露の海戦に偉大な足跡を残すも、けっして功を語らなかった不世出の海の名将の清廉な生涯
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「東洋一の用兵家」と呼ばれた知られざる名将の肖像桑名藩雷神隊から陸軍大将へ。戊辰、西南の役、日清・日露の四戦場を稲妻のごとく疾駆した名将の颯爽たる生涯を描いた傑作歴史長篇
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この一冊で新選組のすべてがわかる!歴史小説の旗手が新選組をめぐる膨大な資料を精査し、異能の戦闘集団の真実の姿を描く。人名索引を新たに収録した完全保存版!
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そして新選組は“歴史”となった近藤勇と土方歳三。歴史の大きな転換点に直面し、新選組の象徴たる二人の運命は分かたれた。隊士たちの壮絶な最期の姿を克明に綴る。
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戊辰戦争にあって、少年武士が集団自決する悲劇を生んだ白虎隊。伝説化したこの話を史料を踏まえ、俯瞰的かつ詳細に解説した力作。
白虎隊士は、飯盛山で短き命を終えた士中二番隊の十九士だけではなかった――。本書は、白虎隊と総称された会津藩の五つの少年部隊の成立から、越後口、戸ノ口原、会津城下、籠城戦での戦いと、その激戦を生き延びて、苦難の明治時代を生きた者たちの生と死の軌跡をたどる一冊。永岡清治著の『旧夢会津白虎隊』をはじめとする数多くの史料をもとに、幕末から明治維新の時代背景、さらには会津に何度も足を運び現地を歩いた経験を交えながら、会津藩のおかれた厳しい状況を臨場感あふれる筆致で描く。時代の奔流を押し止めることができず、明治新政府軍から朝敵にまつり上げられた会津藩の悲劇。そしてその大きな渦に巻き込まれた少年隊士たち一人一人の人生を丁寧に紡いだ力作。会津藩に取材した多くの作品を発表してきた著者が、新たに〈日向内記の真実〉〈郡長正の自刃前後〉という2つの研究成果を増補して加筆。白虎隊の実像と全体像に迫った決定版。 -
戦国、江戸、幕末、明治。知られざる名将、名臣たちの遺したエピソードの数々。誰もが知るあの人物の真実の姿。充実の歴史読み物!
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幕末維新の混乱期、変革の世の荒波に揺れる加賀前田藩にさらなる激震が。武士の本懐を貫き散った義士たちの敵討劇
幕末維新の混乱期、変革の世の荒波に揺れる加賀前田藩を、さらなる激震が襲った。藩主・前田慶寧の懐刀であり、藩政改革を推進してきた若き執政・本多政均が、改革に反対する藩士一派の凶刃に倒れたのである。代々家老職にあった本多家、その遺臣たちは主君政均の無念を晴らすべく、敵討を決意する。そして明治4年11月23日、義士たちは立つ。奇しくもそれは、敵討禁止令発布のわずか1年あまり前の出来事であった――。武士の本懐を貫き散った義士たちの敵討劇を描く歴史長編。 -
幸隆、昌幸、幸村、いざ出陣!
幸隆、昌幸、幸村の熱き戦いを見よ!! 川中島、三方ケ原、長篠…戦場を六連銭の旗が駆け巡る! 発祥の地・信濃を追われ流浪の身となった真田幸隆は、軍師・山本勘介との出会いを機に甲斐の武田信玄に仕える。たちまち頭角を現した幸隆は「武田二十四将」のひとりに数えられるが、信玄の死後、武田家は崩壊の道へ――。幸隆、昌幸、幸村の三代が武勇と知略で信長、秀吉、家康ら覇者に挑む。戦国の世に最も輝きを放った一族の興亡を描く巨編! 2016年大河ドラマは「真田丸」! -
軍艦「甲鉄」の有為転変の一生を通して、維新史に新しい光を当てた雄渾の大作。
幕府が買い付け、戊辰戦争の最中に横浜に到着した洋式軍艦「甲鉄」。その数奇な軌跡を通して、明治維新の意味を問う本格史伝小説。 -
近江屋の二階で暗殺された坂本竜馬。京都見廻り組説、薩摩藩黒幕説、両説の間に浮かび上がった新説とは。薩長を取り持ち「船中八策」を打ち出す竜馬に秘かに敵意を燃やした意外な人物とは誰? 会津の悲劇へとつながった藩主松平容保の京都守護職就任。火中の栗を拾う決断を促したのは輝かしい藩史にあった! 攘夷を望み公武合体を進めた孝明天皇の病死。囁かれる毒殺説の真偽とその目的を徹底検証! 幕末史を覆す史論三編。
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江戸中期に深刻な財政難と人倫の乱れに直面した会津藩を、数々の施策によって再建した中興の名家老・田中玄宰の一生を描く歴史長編。
2013年、会津は大河ドラマ「八重の桜」の影響で、大いに観光客で賑わった。藩祖・保科正之以来の「家訓」を遵守し、壮絶な鶴ヶ城籠城戦に散る悲劇の藩。だが、その精神的・経済的基盤の背景には、江戸中期に「中興の名家老」といわれた改革者の存在があった。田中三郎兵衛玄宰(げんざい)である。おりしも天明の大飢饉も重なり、借金が膨らんで人心が荒廃した会津藩を、五代藩主・松平容頌(かたのぶ)の厚い信頼のもと、殖産興業・藩風刷新の妙手を次々に断行していく。殖産興業においては徹底した実態調査をふまえ、焼物産業、漆器産業、清酒の開発、朝鮮人参栽培などを、会津の土地柄に合った形で導入する。藩風刷新においては、藩校・日新館を創設し、「日新館童子訓」を藩士全戸に配布するなど、あくまで藩祖の訓えへの原点回帰を徹底した。危機に立つ改革者のあるべき姿を渾身の筆で描ききった長編歴史小説。 -
戊辰戦争後、会津の復興に奔走した町野主水の激しい生涯を描く力作歴史長編
慶応四年の戊辰の戦役に際し、会津藩の町野主水は、同藩士の佐川官兵衛、長岡藩の河井継之助らとともに北越戦線で壮絶な戦いを重ねるが、図らずも死すべき命を生き長らえる。会津開城後、民政局取締として若松に残った主水は、心ない新政府の施策に対し、会津の名誉回復へ向けて静かに心を燃やしつづけた。そして、貧窮する旧藩士の救済、無念の死を遂げた多くの戦死者の埋葬、慰霊をはじめ、戦後、荒廃した会津の復興に奔走する。“武士”の心を保ち、時に強引ともいえる剛直な言動から「最後の会津武士」と称された、稀代の人物の激しい生きざまを描く力作歴史長編。 -
圧倒的不利の中、槍弾正こと保科正俊のとった奇策とは。傑作歴史小説集。
天正年間、戦乱の続くなか、出陣中の嫡男の留守を狙い、老将保科正俊の守る高遠城に、小笠原・上杉軍が攻め寄せる。かつて武田信玄の下で槍弾正の異名をとった正俊も、すでに齢七十五の隠居の身。だが、圧倒的に不利な状況下、城を棄てる意見を一喝し、正俊は奇策を練る―表題作「槍弾正の逆襲」をはじめ、関ケ原合戦における小早川秀秋の“楯裏の裏切り”に抗した武将を描いた「松野主馬は動かず」など、独自の気概をもって生きた人間像を、あざやかに描く傑作歴史小説集。 -
日本人の美意識に深く根ざす「武士道」。その精華たる会津武士道の成立・発展、優れた具現者たる会津人を解説した士魂の教科書。
近隣諸国との島の領有問題や大震災以降の国の対応をめぐり、日本は揺れ動いている。なぜ毅然とした対応ができないのか、危機において必要なリーダーシップとは何か?幕末の会津藩は、兵力・装備にまさる新政府軍を相手に徹底抗戦し、過酷な籠城戦の末、降伏開城を余儀なくされた。徳川恩顧の諸藩が次々と寝返るなか、最後まで戦った会津藩を支えた“真の武士道”とは。幕府草創期、徳川家光の異母弟だった会津藩祖・保科正之は、四代将軍家綱の治世には副将軍格として幕政を輔佐した。23年にわたって会津に帰らず、徳川幕藩体制の基礎を築いた正之は、優れた家老・田中正玄を得て、物心の両面から藩政を固めていった。その純然たる志が、軽輩の藩士にまで浸透しきっていたのだ。日本史に精華を刻んだ「会津武士道」の成立と展開をわかりやすく解説した本書は、日本の「武士道」について改めて考え直し、行動指針なき時代に大切な心構えを教えてくれる。 -
恋君の悲恋を描く表題作のほか、維新期の時代の波に翻弄された無名の人々を描いた四篇を収める、佳品短篇集
上総飯野の保科家から、会津松平家に養女として入った照姫は、世子・容保との結婚は叶わず、いったん他家へ輿入れする。しかし、幕末の動乱に容保の身を案じる照姫は、自ら離縁を願い出て再び松平家に戻った。京都守護役として尽力したにもかかわらず、容保はやがて、賊軍として追討される身となり……。恋君の悲恋を描く表題作のほか、「間諜許すまじ」「眉山は哭く」「明治四年黒谷の私闘」など、維新期の時代の波に翻弄された無名の人々を描いた四篇を収める、佳品短篇集。 -
埋もれた男たちの〈志〉に光を当てる6篇。傑作小説集
明治5年初冬、浅草蔵前の裏長屋の一室に、男が居を定めた。箱館五陵郭で降伏し、新島に終身刑で送られていたものの、思わぬ赦免状で江戸に移った相馬主計(かずえ)。相馬は常陸笠間藩を脱藩して新選組隊士になり、鳥羽伏見戦争後、各地を転戦。土方歳三の戦死後は新選組隊長を名のっていた。先に逝った者たちを想いつつ日々を過ごそうとした主計には、数奇なめぐりあわせが待っていた――。第10回日本エンタテインメント小説大賞を受賞した表題作のほか「近江屋に来た男」「後鳥羽院の密使」「斬馬剣新六郎」「一つ岩柳陰の太刀」「尾張忍び駕籠」を収録。歴史の闇に埋もれた志ある男たちの姿を描き出す気鋭の傑作歴史小説集。
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新選組が好きだ。その興亡の真実を通観する決定版
動乱の世に生まれ落ち、激しいまでの光芒を放った幕末最強の剣客集団・新選組。しかし、その実像はこれまで、真実と俗説が交錯しつつ語られてきた。人斬りが飯よりも好きだった乱暴者というイメージで語られがちな近藤勇は、実は文武両道を心がけた武人であった。土方歳三は、人一倍負けん気が強く、薬売りからその身を起こした。薄幸の美青年と語られる沖田総司は実は気性の荒い無骨な男だった。膨大な史料から掘り起こされたさまざまなエピソードをもとに通説の可否を詳しく検討し、著者独自の推理を加えて綴った新選組興亡史の決定版! -
戦国の名花・豪姫の数奇な生涯を描く、傑作歴史長編
信長の天下統一目前の頃、前田利家の四女・豪姫は秀吉の養女となり、やがて宇喜多秀家に嫁いだ。秀吉の養子にして中納言、備前・美作の太守となった秀家の愛情に恵まれ、豪姫は、戦陣の夫を気づかいながらも満ち足りた日々を送っていた。しかし、秀吉亡きあと、徳川家康に対する石田三成をはじめとする秀吉側近との対立は激化、ついに関ヶ原の戦いの幕が開く。そして、西軍が敗れた時、豪姫の運命は一転する――。戦国という荒波に翻弄された数奇な生涯を活写する歴史長編。 -
日本に必要な理想のリーダー像!
会津初代藩主にして、幕府を支えた宰相の名裁き! 保科正之(肥後守)は、会津初代藩主として藩の経営にめざましい手腕を発揮したのみならず、事実上の副将軍として徳川幕府を支えた。異母兄の三代将軍徳川家光との邂逅から、明暦の大火の収束と江戸復興計画のユニークな発想、温情にあふれた名裁き……国の危機に最も必要とされるリーダー像とされる、不世出の名君の人となりを興味深い逸話で描き出す傑作小説集。 -
名脇役たちの人物譚で触れる江戸。滋味溢れる作品集
名将・加藤清正に始まる有力外様大名、肥後熊本54万石の加藤家は、清正の子・忠広の代に改易となった。名門の大藩を破滅に導いた三代目・光正の度し難い悪戯とは何だったのか?表題作のほか、関ケ原に敗れ、流罪となった宇喜多秀家を支えた人々を描く「母恋常珍坊」、赤穂浪士の討ち入りから70余年後、その思い出を語る尼僧の正体に迫る「堀部安兵衛の許婚」など、7篇を収録。ほかに「二度目の敵討」「おりん昭吉すかしの敵討」「おとよ善左衛門」「紺屋町の女房」。江戸初期から後期まで、江戸情緒を切り取った作品集。 -
日本人の美しいこころとは何か。その典型は会津に継承された――庶民や女性にスポットをあて、古きよき日本精神の源流をたどる好著。
混迷を深める幕末の京都守護職をあえて引き受け、戊辰の戦いで刀折れ矢尽きるまで、徳川への忠誠と尊王に殉じた会津藩。鳥羽・伏見の戦いで幕府軍が瓦解し、江戸城は無血開城……。諸藩が日和見の末に雪崩をうって新政府側へと恭順するなか、理不尽なものに決して屈さず、滅びてまで「正しくあること」にこだわった、その強く清らかな心根はどこから生まれたのか?本書は、「会津藩家訓」に凝縮された藩祖・保科正之の精神から、会津盆地で洗練された文化と宗教、「ならぬことはならぬもの」で締め括られる独自の子弟教育“什の誓い”、貧しくも明るくたくましい会津の下級武士「弥太」の暮らしぶり、鶴ヶ城の籠城戦で活躍した山本八重の覚悟まで、現代に受け継がれる“会津のこころ”を繙いていく。日本人が誇りにすべき精神の“粋”がここにある。長年にわたり会津に取材して作品を生み出してきた作家による、『保科正之』『会津武士道』に連なる好著。 -
徳川秀忠の子でありながら、庶子ゆえに嫉妬深い正室於江与の方を怖れて不遇を託っていた正之は、異腹の兄家光に見出されるや、その全幅の信頼を得て、徳川将軍輔弼役として幕府経営を真摯に精励、武断政治から文治主義政治への切換えの立役をつとめた。一方、自藩の支配は優れた人材を登用して領民の生活安定に意を尽くし、藩士にはのちに会津士魂と称される精神教育に力を注ぐ。明治以降、闇に隠された名君の事績を掘り起こす。
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『日新館童子訓』は、5代藩主自らが藩校の子弟のために具体的人物の言行から道徳を説いた書。“会津論語”といわれるその神髄を読む。
幕末の会津藩が、滅びてまで守ろうとした精神とは何か? じつは「会津藩家訓」のほかに、会津藩士の内面に深く浸透していた書物がある。『日新館童子訓』――“会津論語”ともよばれ、「人間のあるべき姿」を具体的な逸話によってやさしく説いた本書は、中興の5代藩主・松平容頌自らが筆をとったもの。ときの名家老・田中玄宰は、その内容に感銘し、若き子弟の「教科書」として藩校教育に採用したのだった。会津研究の第一人者たる作家が、達意の筆で『日新館童子訓』を口語訳し、注と解説を施した一冊。儒教を深く修めた容頌らしく、楠木正成の言動や領内庶民の善行までを顕彰し、「忠・孝」の大切さを繰り返し説く。それは、かつての日本人が持ち、現代日本人が喪った「心の美徳」に他ならない。昭和初期の最晩年、取材に応じて本書の一節を平然と諳んじた会津女性がいた。新島八重その人である。知られざる名著の神髄が蘇る。 -
信長にあって謙信に欠けていた覇者の条件とは? 龍馬暗殺の黒幕は誰だ? 世に名将、名参謀と謳われた人物たちをめぐって、多彩なエピソードを掘り起こしつつ、その器量とコンビの妙を深く論じ合う、再発見の知的刺激に満ちた歴史対談。
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兄家光の遺命を受けた正之は、四代将軍家綱の輔弼役を忠実に果たして徳川幕政を文治主義体制に導いていった。その行動は誠実無私、家臣や領民に対しては寛容と仁心をもってことにあたり、彼の清廉な精神は会津士魂として後世まで多大な影響をもたらす。晩年、盲い、血を吐きながらも惑乱することなく最後まで使命をつとめた不世出の名君は、堂々たる死への準備を整える。保科正之。彼こそ幕政時代の理想の政治家であった。
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勝海舟に学び、維新後、初代連合艦隊指令長官となった伊東祐亨。海に生きた侍たちの姿を追う
幕末、薩摩藩士として薩英戦争を体験し、勝海舟の海軍操練所に学んだ伊東祐亨は、維新後、「薩の海軍」を代表して草創期日本海軍で頭角を現す。同郷人との戦いであった西南戦争を経て、日清戦争では初代連合艦隊指令長官として指揮を執った。清国最強艦隊「北洋水師」を撃破しながら、敵将・丁汝昌に示した武士道精神は称賛を浴びる。日本海軍の礎を築いた“侍”、伊東祐亨の波瀾に満ちた生涯は、凝縮された幕末維新史でもある。 -
徳川三代、秀忠、家光、家綱に仕え、抜群の危機管理能力で徳川長期政権の礎を築いた男、松平伊豆守信綱。天草・島原の乱、明暦の大火、由井正雪の乱など戦国の気風の残る徳川黎明期は平穏にはほど遠く、文治政治への大転換期だった。野火止用水開削にも名を残す“知恵伊豆”と呼ばれた名政治家の謎を解き明かす。
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