この物語の主人公は、「ふむ、ふむ」といつも何かを考えている「フムの木」。
とある山の中に、フムの木の森がひろがっています。きこりの手によって伐り出され、森に別れを告げたフムの木たちは、さまざまな場所で、さまざまな「モノ」に生まれ変わります。
そして、「ふむ、ふむ」と何かを考えながら、人間たちの人生を眺めているのです……。
どこか懐かしく、すこし不思議な、九つの物語。連作短編集
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ざぶん、ざぶん、ざっぷん、ざぶん。
ざっぷん、ざぶん、ざぶーん、ざっぷん。
ざぶん、ざぶーん、ざっぷん、ざぶん。
「ふむ、ふむ。今日も、あいかわらず、あの声が聞えてくるな。いったい、何が言いたいのだろう」
とある町の海べりの公園にそなえつけられたフムの木のベンチは、少し離れたところから聞えてくる、何ものかの声を、ずっと気にかけていました。
その声というのは、海岸にうちよせる波の音だったのですが、フムの木のベンチがそなえつけられた場所からは、海岸をかいま見ることはできませんでした。そして、山育ちのフムの木のベンチには、この世に「海」というものがあるということを、想像することもできなかったのです。
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フムの木のベンチは、かたときも休むことなく聞えてくるその声が、何かをしきりに伝えたがっているような気がして、なりませんでした。考えをどうめぐらせてみても、何を言いたいのかは、さっぱりわかりません。けれどもそれは、とても「大切なこと」のように思えたのです。
(5「ベンチの日々」より)
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