『アステイオン(CEメディアハウス)、2022年9月16日以前(実用)』の電子書籍一覧
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【特集】経済学の常識、世間の常識
経済学は、人々の経済活動を研究する学問である。そのため、その研究結果と生活実感は、かなり合致するはずである。しかし、経済学者の多くが同意している定説や命題が世間では正反対の見解が支持を得たり、信じられていることがある。その一方で経済学者の間で意見が対立している学説ほど、世間では話題となって多くの人々に知られているという悩ましい現象もある。本特集を通じて、経済学が直面するこうしたギャップを少しでも解消し、経済学的視点の面白さが読者に少しでも伝われば幸甚である。 -
【特集】アカデミック・ジャーナリズム
かつて自在に相互乗り入れができたアカデミズムとジャーナリズムは、それぞれの発展とともに分化し、分断を深めてきた。両者を仲立ちしつつ刷新する「アカデミック・ジャーナリズム」を、激変する情報社会環境の中でいかに維持・発展させてゆくか。
<特集>東 浩紀/大治朋子 /下山 進 /渡辺一史 /小川さやか/武田 徹 /芹沢一也/山本昭宏/大内悟史/小林佑基/鈴木英生/田所昌幸/開沼 博
<論考>手塚宏之/大塚 淳 /佐藤卓己
<写真で読む研究レポート>榎本泰子 /伊藤亜紗
<連載>張 競/五百旗頭 真 -
特集:再び「今、何が問題か」
2012年5月発行の『アステイオン』76号では、
「今、何が問題か」を特集テーマに、新たに発足した
編集委員会のメンバー全員が論考を寄せた。
「今」とはいつなのか、「問題」とは何を意味するのかに
ついての了解も共有せずに、各自がそれぞれの問題意識を
のびのびと語ることで、アステイオンの新体制を担う
委員を読者に紹介する意味もあった。
ほぼ10年たった今。編集委員会を再編成したのを
機会に、再び「今、何が問題か」を新旧の編集委員の
全員が語ることにした。これによって新委員を読者に
紹介するとともに、改めて「今」を問いたい。 -
特集 第一次大戦100年
ちょうど100年たったから何だというのか。
99年や101年とどこが違うのか。
それでも、あの大戦による破壊と影響の巨大さを考えれば、
改めてその意味をかみしめるのに
100年の歳月が必要だったのかもしれない。
それはかみしめることのできる過去、
つまり「歴史」となったことを
100年の区切りは象徴しているのかもしれない。
進歩の最先端にあると自負していたヨーロッパは、
これによって空前の人的・物的破壊を経験した。
四つの伝統ある帝国、ロシア、ハプスブルク、ドイツ
そしてトルコが、地球上から消滅した。
文明としてのヨーロッパそのものが、深い懐疑に沈んだ。
そしてヨーロッパで始まったあの大戦だが、
世界の人々の運命を大きく変えた。
もちろん日本人も例外ではない。
その後100年、人類は教訓を学ぼうとし、
多くの試みを繰り返してきた。
改めて100年前の大惨禍を想い、
断罪も正当化も超えた何かを探ってみよう。
あの大戦は意外にまだ我々の身近にあるのかもしれないのだから。 -
特集「なぜ幸福か」鷲田清一/ニール・ネヴィット/森本あんり/髙山裕二/ニック・ポータヴィー/大竹文雄+黒川博文/古市憲寿 [論考] 酒井隆史/広田照幸/川野健 [写真で読む]武藤夕佳里 [連載]「リズムの哲学ノート」山崎正和ほか
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特集「科学を試す」 中島秀人/城山英明/横山広美/岡本浩一/金森 修/野澤 聡/小林傳司 /上山隆大 対談 山崎正和×三浦雅士「丸谷才一を偲ぶ」 [論考] 「アマチュアリズムの政治と科学─日本野鳥の会の戦中・戦後史」 牧原 出/「支え合う日本人と震災復興―政治経済学の視点から」 田中愛治 [写真で読む研究レポート]「科学アカデミーの誕生」 隠岐さや香など、最新の議論と豪華執筆陣。
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特集 それでも民主主義
アリストテレスが民主主義(デモクラティア)を語った時、
それはプロの政治家を選挙で選ぶ現代の常識とは異なって、
市民がくじ引きによって交代で公職を担当する政治制度を意味していた。
しかもそれは、多数者(デモス)が自らの利益のために
国家(ポリス)を支配する政治のことで、
公益のために市民が協力する国制(ポリティア)の逸脱型とされた。
つまり良き政治体制を意味していたわけではない。
今日、民主主義はほとんど唯一の正しい政治のやり方を意味し、
それに疑問を呈することはとりわけアメリカでは異端である。
だが現実の民主政治に選挙民が不満を募らせているのは、
政権交代後の期待が幻滅に変わった日本だけではない。
民主主義の総本山を自認するアメリカでもワシントンへの不信は強いし、
ヨーロッパでは高邁な欧州統合の理想は、
草の根の民衆の反発に晒されている。
他方で非民主的な中国は世界で存在感が急速に増している。
もし権威主義体制がうまくいくのなら、
なぜ民主主義でないといけないのか。
民主主義とはいったい何で、その可能性と限界は何なのだろうか。
改めて民主主義を正面から考えてみようではないか。 -
特集 今、何が問題か
われわれは絶え間なく「問題」について語っている。
少し考えてみても東日本大震災からの復興、原子力とエネルギー、
雇用や財政、TPP参加の是非といった具合に、
およそ「問題」には事欠くことがない。
だが、一〇年、二〇年はもちろん
一年もするとすっかり忘れ去られてしまった「問題」も数多い。
「今」という時の重みは小さくなり、
「問題」も大量に生産され大量に消費されている。
『アステイオン』は創刊以来の四半世紀、本質的な「問題」を正面から語り、
時代の大きな流れの中で「今」を問う試みを続けてきた。
この基本的な姿勢にはいささかの変更もないが、
新しい編集体制で臨んだ本号の特集では、
各編集委員が「今、何が問題か」について自問することで、
われわれの知的姿勢を改めて明らかにしておきたい。
あえて時間的にも地域的にも限定を設けず、
それぞれ専門を異にする編集委員が「今」と「問題」を自由に語った論考から、
何が見えてくるだろうか。
現代の諸問題を「鋭く感じ、柔らかく考える」本誌の挑戦に対する
読者諸氏のかわらぬご支援を期待しつつ、
リニューアル後の最初の特集をお届けしたい。 -
特集 新しい「アメリカの世紀」?
「アメリカの世紀」とは、単にアメリカが超大国としての地位を占める状態が続くことを指すのではなく、アメリカの社会文化的な魅力に世界の人々が惹きつけられる状態が続くことも指していた。自由で開放的な社会、個人の多様性や努力を重んじその成果を率直に評価する文化、ときにお節介と嫌われつつ正しいと信じることを国内でも世界でも実現させようとする情熱は、アメリカの経済力や軍事力と並んで、あるいはそれ以上に「アメリカの世紀」を支えてきた。
現代の日本を生きる私たちもまた「アメリカの世紀」に育ち、生きてきた。しかし近年、激しく深刻な党派対立、格差とその固定化、内向きな自国第一主義の台頭など「アメリカの世紀」を支えてきた諸要因は、急激に変化しつつある。「アメリカの世紀」がどのような要素から成り立ち、今後どうなっていくのか。
責任編集:待鳥聡史(京都大学大学院法学研究科教授) -
特集:世界を覆う「まだら状の秩序」
現在の世界秩序を何と呼べばいいのだろうか? 自由主義とイスラーム主義といったイデオロギーによる断裂の線は、地理的な境界を持たず、中東でもアフリカでも、欧米の国々でも、社会の内側に走っている。個々人も、慣れ親しんだ自由を享受せずにはいられないにもかかわらず、他方で強い指導者に難問を委ね、即断即決の強権発動で解決してもらおうという心性に、知らずのうちに侵食されている。ここに「まだら」な状態が生じてくる。グローバルな条件が可能にする、グローバルな危機の震源は、「まだら」な世界地図のひとつひとつの斑点のように、世界各地に、究極的にはわれわれ一人ひとりの内側に点在している。「まだら状の秩序」を凝視する作業によって変化の片鱗を見出そうとしていたわれわれの営為は、今後どのように見えてくるのか。
責任編集:池内恵(東京大学先端科学技術研究センター教授) -
特集「可能性としての未来――100年後の日本」
100年前の1920年(大正9年)、ジャーナリスト三宅雪嶺は主宰する雑誌『日本及日本人』で「百年後の日本」を特集した。島崎藤村、宮崎滔天、菊池寛、室生犀星、山川菊栄ほか、学者、教育者、政治家、文学者、ジャーナリスト、官僚、軍人、労働運動家、宗教関係者など300人を超す人々が原稿を寄せ、100年後の日本について論じた。
『日本及日本人』から100年後の今、本特集で改めて100年後を予測することで、現在を生きる我々が未来を創る活力の糧としたい。 -
特集:国家の再定義――立憲制一三〇年
今年は1889(明治22)年に大日本帝国憲法が発布されて130周年にあたる。非西洋地域で初めて、長続きする立憲政治の体制を創りあげたのは、日本の歴史を二分する大事件である。憲法の内容の評価はともあれ、そこで築かれた国家制度の上に、いまの日本の政治も経済も成り立っている。
できあがった近代国家の秩序は、政党、地方、軍事や宗教など、まもなくその外とのあいだの力関係にさらされることになる。前近代の「国家」「天下」のあり方から、いかにして変わったか。その過程の検証は、現代でもたとえば紛争地域での秩序の再構築に重要な示唆をもたらすはずである。130年の全体を見わたしながら再検討することは、政治秩序のいまを考える営みへつながってゆく。
責任編集:苅部 直 -
特集:国籍選択の逆説
人は親や出生地を自分では決められない。よってこの地球上の圧倒的大多数の人々には国籍選択の機会はない。国籍とは自分の身体のように受け入れざるを得ないのが現実だ。だが、国際結婚、移住、国境変更など様々な理由で、国籍選択を迫られる人々が増えているのは、見逃されがちな事実だ。それらの人々の内実は多様で、国境を軽々と越えて活動する人々が実利的理由で国籍を選ぼうとする場合もある。他方で命からがら祖国を逃れた難民が、別の国で自分と家族の運命を切り開こうとして、新たな国籍を得ようとする場合もある。
多くの日本人にとって、国籍を意識するのは、海外の空港で出入国検査を受けるときくらいだろう。だが国籍選択を迫られた人々の経験は、特権的エリートや不幸な少数派の例外的な物語と決まっているわけではない。またそれが問いかけているのは、移動する人々と、移動できない人々の葛藤だけでもない。
国籍選択に直面した人々が、それぞれ問わざるをえなかったのは、国家や国家に帰属することが自分の人生にどのような意味があるのか、という大問題だった。あらためて国家と国民、そしてその先にある国際秩序の意味を読者に問うてみたい。
田所昌幸(巻頭言)
その他、連載など。 -
特集 リベラルな国際秩序の終わり?
いま、世界の色々な場所で、リベラルな国際秩序の終わりが語られている。その最大の理由は、トランプ米大統領がリベラルな国際秩序の中核となる重要な規範を軽視して、侮蔑しているからである。とはいえ、トランプ大統領がホワイトハウスから去った後も、リベラルな国際秩序の衰退は続くであろう。同時に、オバマ大統領の時代からすでにその終わりが語られてきている。この問題を、長い歴史の中に位置づけて考えることが重要だ。(略)
リベラルな国際秩序が現実には存在していないと考えるにせよ、あるいはすでに過去の遺物であると考えるにせよ、これからは権力政治、地政学、軍拡競争、貿易戦争によって彩られる、より不安定で、より危険に満ちた世界となるであろう。はたしてわれわれは、リベラルな国際秩序を擁護し、修復し、強化させるべきか。あるいは新しい地政学と権力政治の時代に備えて、軍備を増強すべきか。本特集に寄せられた論文の数々を読み、それらを理解する契機となれば、大きな歓びである。 -
科学論の分野も狭隘な専門主義の影響を免れてはいない。福島の事態への科学論者の対応の鈍さが、それを象徴する。このように現実社会から切り離された「科学論」も危機にあるのではないか。科学と社会との関わりや社会における科学の位置付けについて俯瞰的に検討し、科学論の現状に一石を投じたい。
特集「科学論の挑戦」 中島秀人/ 埴岡健一/宮野公樹/野澤 聡/平川秀幸
<論考>ポリーヌ・シュナペール/池本大輔/五百旗頭 薫/佐藤卓己/周東美材/神門善久
<連載 >山崎正和
<往復書簡 correspondence>ビル・エモット+田所昌幸 -
<特集>「帝国の崩壊と呪縛」池内 恵/池田明史/小泉悠/廣瀬陽子/岡本隆司/齊藤茂雄/森井裕一[論考]五百旗頭薫/マリー・ラル/宮武実知子/砂原庸介[アステイオン30周年インタビュー]山崎正和+ 苅部 直[アステイオン30周年特別企画]田所昌幸/苅部 直/張 競/細谷雄一/待鳥聡史[写真で読む研究レポート]通崎睦美[連載]「リズムの哲学ノート」山崎正和
<特集>帝国の崩壊と呪縛
二〇一六年は、一九一六年に合意されたサイクス=ピコ協定から一〇〇年の節目にあたる。おりしもサイクス=ピコ協定を基礎にして引かれた中東の国境線と国家の溶解が進み、中東の地域秩序が揺らいでいる。揺らぎは一時的・過渡期的なものなのだろうか。あるいはあってはならない異常事態なのだろうか。むしろ、われわれは近代の歴史を帝国の崩壊、それも繰り返し起こる崩壊として見てみることで、視界が開けるのではないか。 -
特集「世界言語としての英語」 トマーシュ・ユルコヴィッチ/苅谷剛彦/船川淳志/辛酸なめ子/阿部公彦/上村圭介/木部暢子 [論考]三浦伸夫/マーク・リラ/ピエール・グロセール/王 柯 [連載]「リズムの哲学ノート」山崎正和ほか
【特集:世界言語としての英語】長年、国際競争力強化のための早期の英語教育の導入などについて議論され、その流れは進んでいる。2014年から話題になっている「スーパーグローバル大学」も大学の授業を英語で行うことを目指したプログラムである。 昔から英語本、英会話教室など英語学習市場は大きい。では、なぜ英語なのか? そもそも英語を話せることは本当に必要なのか? チェコ語など少数言語から見た英語、英語を話せるという意味など、英語やその他外国語を学ぶということを再考する。 -
【特集】共有される日本文化
「日本文化」は存在するのだろうか。
存在するのはそれぞれの作品であり一人一人のクリエーターであり、「日本」と呼ばれる領域的空間で区切られる場で長期にわたって展開してきた無数の「文化」について語ることに、どれほどのリアリティがあるのかが問われるべきだろう。
もちろんそれは「日本文化」に限ったことではない。
イギリス文化、フランス文化、イタリア文化、中国文化についても同様に問うことができよう。
困難を承知で我々はやはり「日本文化」を語ってみよう。
ただ「日本文化」も他のいかなる文化と同様、固定したものではなく、流動と凝結を繰り返してきたこと、そして「日本」の内と外の間で、そして様々な「日本」の間で、相互作用と相互浸透を繰り返してきたことを心にとどめながら。
「日本文化」は「日本」の専有物ではない。
それは非「日本」によって消費されるだけではなく、再生産され発展させられ、そして創造されてきたことに思いをいたそうではないか。「日本」に住む我々自身が、気づいていない「日本文化」を再発見し、新たな文化の試みに乗り出すために。
與那覇 潤/四方田犬彦/井上章一/大塚英志/徳丸吉彦/太田省一/岡本浩一 [論考]下斗米伸夫/アンドリー・ポルトノフ/宇野重規 [追悼]粕谷一希 [連載]「リズムの哲学ノート」山崎正和ほか
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