『宗教、哲学、講談社(実用、新書)』の電子書籍一覧
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問「仏とは何ぞや」
答「三斤の麻」
一見ちんぷんかんぷんなこの問答。禅問答とはこのように不可解で、それを考え抜くことこそが修行だと思われてきた。しかし、問答が生まれた唐代の文脈に戻すと、思いがけないほど明晰で合理的なやりとりが立ち上がってくる。「ありのままで仏であり、仏性とともに躍動し、己れの外に何ら求める必要のない自己」を説いた臨済の生きたことばが、今あざやかによみがえる!
唐代の禅僧、臨済義玄(?―866 / 867年)のことばを集めた『臨済録』は、我が国の臨済宗では「録中の王(語録の王)」とも称されてきた。しかし「聖典」となる以前、『臨済録』が本来伝えようとしたものは何だったのか。有名な「仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺す」は、何を意味しているのか。
夏目漱石や西田幾多郎、鈴木大拙など明治以降の知識人にも愛好され、欧米社会に輸出されて今やZENとして広く愛好されている禅理解は、いかなる解釈も受けつけぬ問答を旨とする宋代禅を起点としている。活気ある唐代禅から深淵な宋代禅へのダイナミックな転換、さらに日本の近代禅に続く禅問答の思想史を踏まえたうえで原典に向き合ったとき、『臨済録』の世界が了解可能な経験として、その豊かな姿を現し始める――。唐代禅の重要な特徴は「激烈な聖性否定の精神が、平凡な日常性の肯定と表裏一体になっている」ところにあると著者は言う。
いきいきとした現代語訳で、臨済のやりとりが目の前で繰り広げられているかのように、あざやかに描き出される。清新な語録の世界!(原本:『『臨済録』――禅の語録のことばと思想』岩波書店、2008年)
【本書の内容】
プロローグ――古典としての禅語録
第1部 「柏樹子」の思想史――書物の旅路
第一章 唐代の禅
第二章 宋代の禅――圜悟と大慧
第三章 『無門関』から日本近代の禅理解へ
第2部 『臨済録』導読――作品世界を読む
第一章 臨済の説法
第二章 事(じ)已(や)むを得ず――臨済院の説法
第三章 傍家波波地(ぼうけははじ)――自らを信じきれぬ者たち
第四章 未だ見処(けんじょ)有らざりし時――若き日の臨済
第五章 仏法無多子(むたす)――黄檗との因縁
第六章 ふたたび「祖師西来意」――祖仏と別ならず
第七章 無事(ぶじ)是れ貴人(きにん)――修行の否定と平常無事
第八章 無位の真人(しんにん)
第九章 空中の鈴の響き――臨済と普化
エピローグ――鈴木大拙と二〇世紀の禅 -
海外でもっともよく知られる日本の思想家は、いかに生き、何をどのように考えたか。
対立と混迷が深まる時代だから、
いまこそ世界には「大拙」が必要だ!
世界にもっとも知られた日本人思想家は、いかに生き何をどのように考えたか。
青年期からの西田幾多郎との濃密な交流をひとつの軸として、その霊性に満ちた生涯をたどりながら、東西を統合する新たな文明創造を期した思想の核心を読み解く。
大拙の孫弟子でもある著者が、もっとも重要なポイントにしぼって平易に語る、現代人のための決定的解説書。
[本書より]
禅体験に基づく「超個の個」の宗教哲学は、キリスト教の伝統的な神を失った欧米の思想界に、今後ますます大きな影響を与えていくであろうと思っております。
実際、大拙は、禅ないし仏教等に現われた「東洋的な見方」を、主客二元分裂以後しか見ていない西洋の人々に、何とかして伝えようとしたのでした。その伝道活動が欧米の世界に大きな影響を与えたことは、まぎれもない事実です。その意義は、人類の地球規模の思想史の中の画期的な出来事として、正当に評価されるべきでしょう。
[本書の内容]
第1章 大拙の生涯と西田幾多郎との出会い
第2章 自由への気概──禅に基づく自由論
第3章 釈宗演老師への参禅──アメリカ渡航まで
第4章 衆生無辺誓願度の覚り──大拙と西田 日米間の交流
第5章 浄土教への接近──学習院から大谷大学へ
第6章 戦争への悲嘆──大拙と西田の憂国の思い
第7章 日本的霊性について──絶対無条件の大悲に包まれて
第8章 日本禅宗史への視点──盤珪禅への敬慕
第9章 大拙の禅思想 I ──「即非の論理」と「超個の個」
第10章 大拙の禅思想 II ─ただはたらいてやまない境涯
第11章 東洋と西洋──二元分裂以後と以前
第12章 日本の復興を願って──華厳思想に基づく民主的社会の提言
*本書は、2023年にNHK出版より刊行された、NHKラジオ「宗教の時間」通年講座ガイドブック『鈴木大拙 願行に生きる その生涯と西田幾多郎との交遊(上・下)』を合本し、増補改訂したものです。 -
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不自由な身体と盲目の修道女が、口述筆記で遺した神秘体験の記録。神との合一を女性神秘家の豊かな感受性が内的メッセージとして伝える。
【目次】
凡例
序
第一巻
一 愛とお妃との会話
二 三つのペルソナと三つの賜物について
三 魂の乙女たちと愛の仕打ちについて
四 魂は参殿し、神が姿を現すこと
五 地獄の苦しみと恵みについて
〔略〕
第二巻
一 愛は魂に高みを造り、それはわがままを押し通して超人的な努力をしても及ばないこと
二 愛の中で見た人を歌う愛の二つの歌
三 神の舌。真理の光。九つの隊を射抜く神の四本の矢。三位一体。聖母マリアについて
四 哀れな賤女について。洗礼者ヨハネのミサについて。ホスチアの小羊への変容について。天使の美しさについて。四人の聖人について。金貨について
五 魂の神への五つの歌。神が魂の晴れ着であり、魂が神の晴れ着であること
〔略〕
第三巻
一 天の国について。天使の九つの隊について。空白を満たす者。使徒たちと聖母マリアとキリストの座る玉座について。ドミニコ会修道士と殉教者と乙女たちへの褒美について。未洗礼の子供たちについて
二 魂が神に捧げる七つの賛歌。膏薬。躊躇
三 魂が小間使いであるという嘆き。神の愛について
〔略〕
第四巻
一 五つのものを純粋な乙女はもつべきである
二 本書は神から下された。魂は多くのことで讃えられること。魂には二人の天使と二人の悪魔が与えられること。彼女と一二の徳が肉と戦うこと
三 罪ある者たちは神から抜け落ちる。知恵の三つの贈り物について。岩について。乙女たち、つまりキリスト教への賛美について
〔略〕
第五巻
一 三つの悔い改めについて。一〇の効用について。天使の道と悪魔の道について
二 二つの苦悩について。四つの効用について。罪の大集団について
三 神は罪なく得たすべての苦しみと三人の血を秤にかける
〔略〕
第六巻
一 修道院長や女子修道院長、またはそれ以外の長は弟子たちにどのように接するべきか
二 ある司教座教会参事会員への規則について。彼がどのように行動すべきか。これは神が定められたことである
三 神は権威を授ける。ヤギが羊に変容すること
〔略〕
第七巻
一 主イエス・キリストが最後の審判の後に受ける王冠と王位について
二 万霊節にすべての魂のために祈ること
三 謙虚な畏れで絶えず心を見つめることの効用について
〔略〕
訳註 解説 あとがき 文献目録 索引(人名/用語)
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中世哲学研究のみならず現代哲学や古代哲学研究にとっても第一級の原典を、正確な訳文にくわえ古代哲学とスコラ哲学、同時代の影響関係などを踏まえた詳細な註を付して、世界でも初めての完全な現代語訳として提供する。中世哲学の場から古代へ更には現代へと新たな光を放つ画期的訳業の冒頭を飾る本巻は、具象語と抽象語、概念、類と種、実体と質量など言葉・普遍・範疇について論じる第1部43章までを収める。
【目次】
語の区分(語の定義とその区分(総論)
語の区分。「語」という名前は、様々な仕方で解されうる(各論) ほか)
普遍は心の外のものではない―スコトゥスに対する反駁(互いに対立する、「普遍」と「個」という普通名辞について;普遍は心の外のものではない ほか)
五つの普遍―ポルピュリオス『イサゴゲー』の註解(五つの普遍。それらで充分であることについて;普遍のもとに含まれる個について ほか)
論理学者の用いる語(定義について。定義は、幾通りの仕方で言われるのか;「記述句」という名前について ほか)
範疇―アリストテレス『範疇論』の註解(「範疇」という語について;範疇の数 ほか)
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皇帝の側近にまで上り詰めたプルデンティウスは、晩年厳格な禁欲生活を入り、宗教詩、教訓詩、論争詩、賛美歌集、抒情詩を多く遺した。
初期キリスト教最大のラテン詩人プルデンティウスは、聖アウグスティヌスのように青年時代を放縦な生活を過ごしたが、50代になって神の御前に無益だった生活を後悔し、それによって、異教と戦い、信仰・道徳を擁護し、昼夜神を賛美し、偶像の祭壇を粉砕し、殉教者・使徒を讃えた。この詩作品を粗末な土器にたとえ、このような土器でも神の家の片隅に置いてくださるようにといってささげた。
(古代・中世教父の伝記・書館を集めた「ミーニュ教父全集」より編集した。)
【目次】
カテメリノン「日々の賛歌」
序論
内容
意義
本文
序(プルデンティウスの詩全体の)
第一歌 鶏鳴時の賛歌
第二歌 早朝の賛歌
第三歌 食前の賛歌
第四歌 食後の賛歌
第五歌 点燈の賛歌
第六歌 就寝前の賛歌
第七歌 断食の賛歌
第八歌 断食後の賛歌
第九歌 毎時の賛歌
第十歌 死者埋葬の賛歌
第十一歌 ご降誕の賛歌
第十二歌 ご公現の賛歌
注
プシコマキア「霊魂をめぐる戦い」
序論
内容
序
本文梗概
本文
序
一 信仰と偶像崇拝の戦い
二 純潔と情欲の戦い
三 忍耐と憤怒の戦い
四 謙遜と傲慢の戦い
五 節制と快楽の戦い
六 慈善と貧欲の戦い
七 和合と不和との戦い
注(本文中*印を附したものに行数を示して注をつけてある)
解説
プルデンティウスの生涯
プルデンティウスの著作
プルデンティウスの著作年代
プルデンティウスのテキスト
むすび
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「トマスの『スンマ(神学大全)』を読み進んでゆくうちに、私は、いわゆる「がある存在」といわれる「存在」(エクシステンチア)は、トマスが神の本質と同じであるという「存在」(エッセ)とは、別のものではないだろうかという疑問をいだくようになってきた。そのような疑問が心に浮かんだのは、『スンマ』の神の存在論証の箇所を読んだときである。そこでトマスは、神の存在、すなわち「神がある」ということは理性によって証明できるとはっきりいっている。他面トマスは、神において存在と本質は同一であるといっている。それゆえもしこの存在が、「神がある」と言われる場合の存在と同じものであるとしたならば、当然、存在と同意なる神の本質も理性によって認識される筈である。しかるにトマスは別の箇所においては、神の本質は絶対に認識できないといっているのである。これはあきらかな矛盾ではなかろうか。この矛盾を解決しようと思うのならば、神においてその本質と同一視される存在(エッセ)は、いわゆる「がある存在」としての存在(エクイスシテンチア)とは別のものであるとしなければならない。トマス自身、神の存在が理性によって証明されるか否かを論じた箇所において、神の存在(エッセ)が不可知であることを根拠として「神がある」ことを論証できないと主張する説を、一つの異論として提示している。それに対するトマスの解答をみると、たしかに「存在の現実態」としての神の存在は人間の理性認識を超越するが、「神がある」という命題が真であることは、結果の存在から原因の存在を推定するア・ポステオリな論証によって証明できるのであるという。・・・
しかしながら私はついに、この問題について単に「疑問をいだく」にとどまらず、断定を下さざるをえないところまで到達した。」
【目次】
まえがき
一 エッセの探究
二 存在とエッセ
三 神の存在とエッセ
四 神の内在と超越
五 存在と本質
あとがき
人名索引
文献表
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京都学派四天王の一人の著作集。ハイデガーに師事し、ドイツ哲学を学び、のちに禅に立脚した独自の宗教哲学を展開した著者の著作集。
【目次】
第一部 宗教と文化
ニイチェのツァラツストラとマイスター・エックハルト
一 ニイチェに於ける生の根源性
二 エックハルトに於ける生の根源性
三 宗教的生と實證的精神
宗教・歴史・文化
一 宗教と歴史と文化との聯關
二 宗教に於ける三つの立場
三 宗教的生の構造
四 近世に於ける人間自主性の立場
五 信仰主義の立場。理性と信仰の對立
六 絶對無の立場。理性と信仰の統一
七 宗教に於ける自然性。辯證法の辯證法。純一の行
八 辯證法に於ける生と論理。文化と宗教
近代意識と宗教
一 文化人と宗教
二 宗教と原自然性
三 近代の人間中心主義
四 宗教的人格性
五 絶對的否定即肯定の働き
近世歐羅巴文明と日本
一 現代歐羅巴のエトス的雰圍氣
二 近世初期の精神
三 近世中期の精神
四 近代精神
五 ヒットラー運動の精神
六 日本の精神
第二部 歴史と自然
道徳に於ける時代性と恆常性
一 道徳に於ける困難
二 行爲の質料性(技術的行爲)
三 カントに於ける「人間性」の理念
四 行爲に於ける質料と理念
五 理念の歴史的事實性。道徳と宗教
六 道徳に於ける時代性と恆常性
歴史的なるものと先天的なるもの
一 アプリオリに關する種々の立場
二 歴史主義。相存と現存
三 歴史的現實在の根源としての人間存在
四 根源の要求
五 原動性即形式としてのアプリオリ
六 實踐辯證法的「中」としての根源の要求
人間解釋の類型性とその意義 歴史認識論の一つの試み
一 人間解釋の類型性
二 類型的解釋の特質
三 解釋の立場の限界
四 實踐的認識。解釋的操作の意義
生に於ける個別と一般
一 生きものと生命
二 個別者そのものとしての一般
三 種としての一般
四 個別性と一般性の生命的不二とロゴス的不一
五 類的生命と有自體
六 無の隱蔽的現前としての自我性と意識界
七 概念、判斷、推論、知的直觀。「もの」即無
八 精神的生に於ける個別と一般(道徳、藝術、宗教)
後記
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宗教の「本質と根拠」を課題として一貫して研究した。実証的研究と哲学的研究の総合に取り組んだ宗教哲学者の著作集。また、著者は東北地方のオシラさま、巫女、行者の研究にも取り組み、機能人類学の知見も研究に取り入れた。
【目次】
編集によせて
目次
序
第一章 問題の所在と取扱い方
一 実相論所顕の端的
二 研究上の態度及び用意
第二章 諸法実相の所在と在りよう
一 主体化の究極 在るものの在りのままなる極処
二 心の問題 三法無差に就いて
三 実相の所在と妙
第三章 教法及び教相の問題
一 具成せられたる実相の境地とその説示とのひらき
二 方便の問題
三 教相論
第四章 諸法実相の開顕
一 実相と三諦
二 一即一切の極相 三千の法相
三 とくに十界互具に就いて
四 三世間論
第五章 諸法実相の唯心論的解釈とその吟味
一 宋朝天台における観境に関する論争とその吟味 とくに源清、宗■(日に立)、慶昭の所論を中心として
二 智円、仁岳の観境論
三 知礼の発揮
第六章 天台止観の特質
一 天台止観の種類と意義及び結構
二 止観の行儀
三 謂わゆる「頓々止観」の主張とその吟味
第七章 観法に関する論争の吟味
一 三種観法に就いて
二 事理二観の観法に就いて
第八章 不思議境観
一 約行正観の終始 とくに修観における二境及び境観の関係
二 不思議境観
横川法語 目次
はしがき
恵心僧都
本文
宗教的人間
人間に生れたるよろこび
本願にあう
現実の肯定
解説 (山折哲雄)
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古代のキリスト教が神学として体系化して行く過程を、 ギリシア哲学を摂取し、再解釈して行く過程としてとらえた書である。
本書は、 9つの章と1つの補論で構成されており、論文集で以下の内容を収録している。
1. フィロンの歴史的背景
2. ギリシア哲学へブル起源説
3. 創造と数
4. テロスと神
5. 創造と悪
6. 創造と必然性
7. 自愛と他愛
8. 初期クリスト教とギリシア哲学
9. 「輪廻転生」と「復活」
補論『テイマイオス (28B 7 ) 解釈史ノート。
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フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900年)は、1889年初頭に狂気の闇に沈み、健全な精神活動をなしえないまま生涯を送った。本書は、その直前にあたる1887年11月に出版された哲学者としての最晩年の著作である。
本書の主題は、表題にあるとおり「道徳(Moral)」である。これは日本語では「価値観」とも言い換えることができる。では、なぜニーチェは価値観を問題視したのか。言うまでもなく、それはその価値観が自明視できなくなっていたからであり、そのままでは通用しなくなっていたからである。
従来の価値観が通用しなくなっているにもかかわらず、それが依然としてニーチェ自身を含む人々の考え方や生き方を制約し、生きる意味を規定してしまっている、という矛盾した現実。それこそがニーチェを突き動かし続けた思想的動因にほかならなかった。それゆえ、新たな価値観を模索し、あらゆる基本的価値の転換を果たすことが最も重要な思想的課題である、というのがニーチェの時代診断である。
ニーチェにとって、従来の価値観とはヨーロッパを支配してきたキリスト教的道徳の伝統の中で普遍的なものとされてきたものだったが、それは歴史的現象として発生し、揺れ動いてきたものでしかない。それゆえ、この主題は「系譜学」という手法で取り組む必要がある。――本書は、初めてその認識に立った者による探究の開始を告げるものであり、だからこそニーチェは刊行2ヵ月後にあたる1888年1月、友人オーヴァーベックに宛てて次のように書いた。
「本書を構成する三論考は、それぞれ個別的な第一動因を表現しています。〔…〕多様きわまりない要因すべてを最終的に勘案し、とりまとめて、道徳をある種、清算することも同様です。そういうことをするには、われわれはまだわたしの哲学の「前奏」段階にいます」。
つまり、本書は、たとえ重要な成果をもたらしているとしても、まだほんの入り口にすぎず、この課題はここから続行される必要がある、とニーチェは考えていた。それゆえ、従来は『道徳の系譜』と訳されることが多かった本書の表題Zur Genealogie der Moralは、「道徳」という主題を「系譜学」という手法で扱う企てのマニフェスト、という意味で『道徳の系譜学に向けて』と訳さなければならない。
長年にわたってニーチェを主要な研究対象としてきた大家が満を持して送り出す決定版新訳、ついに完成。
[本書の内容]
序 論
第一論考 「善良と邪悪」、「優良と劣悪」
第二論考 「負い目」、「やましい良心」および関連事項
第三論考 禁欲主義的諸理想は何を意味するか
訳者解説 試行としての鳥瞰
訳者あとがき――タイトル頁裏の「付言」について -
魂の深奥にふれる学び──神秘学が導く、高次の自己への旅
神秘学は、哲学・芸術・科学・政治など、人類文化の根幹に深く関わってきた知の体系です。本書はその神秘学の基本的な考え方と歴史的展開を、古代ギリシア哲学から現代に至るまで、わかりやすく解説します。神秘学は、単なる知識の提供ではなく、思考と感情を喚起することで「目に見えない世界」への認識を深めます。それは別の世界への逃避ではなく、日常の中に眠る「高次の人間」を目覚めさせ、生き方が変わらざるをえないような学びです。
ゾロアスター教以来の西洋のグノーシス的二元論と、儒教・仏教・道教・シャマニズムなど東洋の一元論的世界観を対比し、影響関係をたどることで見えてくる、神秘学の普遍性と多様性。シュタイナー研究の第一人者が、シュタイナーの思想を縦糸として古今東西の神秘学をたどり、魂を探る旅への扉をひらきます。(解説:若松英輔)
[本書の内容]
I 神秘学とは
1 神秘学の原風景
2 古代の秘儀参入
3 古代東方
4 魂の遍歴者たち
5 アカシャ
6 一元論
7 後天開闢
8 ガイア
II 美学としての神秘学
9 美学者シュタイナー
10真・善・美
11アストラル・ヴィジョン
12フォルク
13恨の美
14南溟の果て
あとがき
解 説 若松英輔
*本書の原本は、2000年にちくまプリマーブックスとして筑摩書房から刊行されました。 -
「どうすれば現実の苦しみから解放されるのか」
「自己や宇宙の根底にある真理とは何か」
──こうした根源的な問いに向き合い、仏教徒たちの深い思索と実践の積み重ねから生まれた深遠な理論体系、唯識思想。
唯識は、紀元前3世紀ごろのインドで始まり、後に玄奘三蔵によって中国へと伝えられた、大乗仏教の根幹をなす思想のひとつです。この教えでは、五感(見る・聞く・嗅ぐ・味わう・触れる)と意識に加え、深層心理にあたる末那識・阿頼耶識を含めた「八識」によって世界が生み出されていると考えます。唯識では、私たちが認識するあらゆる現象は、心=識が生み出した観念にすぎません。心の外に実体としての存在はないにもかかわらず、心はそれをあるかのように思い込む。そして、そこから苦しみが生まれるのです。哲学であると同時に宗教でもある唯識思想は、実践的な修行(ヨーガ)を通じて自己を変革し、身体的にも精神的にも煩悩から解き放たれた自由の境地、すなわち真理へと至る道筋を示すものです。
本書は、「唯識無境」「阿頼耶識」「末那識」「転依」といった主要概念を軸にして、大乗仏教随一の理論である唯識思想の本質を丁寧に解き明かした著者渾身の書です。唯識の第一人者・高橋晃一氏の解説付き。
[本書の内容]
はじめに
第一章 識一元論――唯識無鏡
1 唯識の意味
2 唯識無鏡の論証
3 認識の構造
第二章 自己の根源体――阿頼耶識
1 阿頼耶識の発見
2 阿頼耶識の機能
第三章 自我意識の形成――末那識
1 末那識について
2 末那識の成立史
第四章 真理の完成――転依
1 自己変革
2 真理の論理的解明
解 説(高橋晃一) -
幼いころに父を亡くした著者は、あるとき、幾晩か続けて大きな蜘蛛が風呂場の天井にいることに気づいた。母にそれをいうと「お父さんかもしれないから、いたずらしてはいけない」と言われてびっくりした、という。かつては、死んだ血縁の者が、場合によっては他の動物になっている、ということを多くの人が信じていたのである。
こうした「業報輪廻」の考えは、仏教思想の中心というよりも、ジャイナ教やヒンドゥー教など東洋の宗教全体の大きな前提になっているという。そして、キリスト教などの一神教がダーウィニズムの挑戦を受けて思想的な見直しを迫られているように、輪廻思想と仏教も、進化論やバイオテクノロジーなどとの対決を迫られている。アレキサンダーの東征や、匈奴の強大化などがもたらした紀元前後の数百年間の仏教の危機の時代を、「阿弥陀仏」という新たな信仰によって乗り切ったように、新たな神話を創生していく必要があるというのだ。
さらに、スーパーマンとしての観世音菩薩、イエスとブッダの説話の類似性、親鸞の仏陀観の変化など、仏教社会の倫理と道徳を支えてきた「輪廻の思想」をめぐる講演と随筆を集成。〔原本:1989年、人文書院刊〕
目次
1
輪廻の思想――インド・中国・日本
2
仏塔信仰と大乗仏教
菩薩の平和思想
ブッダとイエス
3
本願力ということ
親鸞の仏陀観
親鸞における信心の深化
4
マングース物語
人と猿と神
仏教における非神話化
不老長寿
脳死・堕胎・中有
王舎城の温泉
チベットの牧象図
言語同断
蚕と蜘蛛――追悼 抱石庵 久松真一先生
お盆の思い出
海外の三人の師
無相さんと私
武生の雪
木村無相『念佛詩抄』
山頭火と私 -
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【博士論文要旨より】
本論文は、近代のプロテスタント神学における 「歴史」の自覚過程を追跡し、プロテスタンティズムの神学的思惟の近代性およびそれの性格と意味と限界とを明らかにしようとした大著であって、それによって、いわゆる自由主義神学と弁証法神学に対する適正な評価を行なおうとするとともに、現代神学の諸問題に対するみずか らの位置と態度とをたしかな らしめようとするものである。
本論文は、10章か ら成る。
第1章 「キリスト教の本質への問い」は、近代人における歴史意識の深化と 「本質」追求との葛藤と絡まり合いに因由する近代のキリスト教神学史の展開を省察しつつ、本論文全体にかかわる問題提起を行なっている。 その際、以下の章に述べ られる近代のキ リスト教神学における歴史性の 自覚の深まりを分析検討することが、キリスト教の本質の弁証を目ざすものであることが記 されている。
第2章から第5章にいたる諸論考は、シュライエルマッハー、F.C.バ ウル、 A.リッチュル、トレルチ等のいわゆる近代の自由主義神学について、特にそれらの人々の歴史観についての叙述であるが、単にそれぞれの学者たちの個別的な見解を詳述するというだけではなく、それらの相連関するところと相違する点とを明らかにし、さらに到る処で、著者自身の批評的見解をも併せ述べている。
第6章から第9章にいたる諸論考は、K.バルト『ローマ書』 (DerRomerbrief、1919) に出発するいわゆる弁証法神学とその特質、展開、分裂等について述べ られ、特にバルト及びブルトマンについて著者の詳密な研究 と批判的見解や疑問点が記されている。例えば、バルト的な救済史の神学は、神学者の閉ざされた自己内循環に陥 っているのではないかとか、ブルトマンの実存論的解釈学は、現代社会の人間問題に対して、具体的にどのように答えるのであろうか、等の疑問が提示 されている。 また、これらの章において、きわめて広範多岐にわたる現代神学の代表的思想家、例えば、ゴーガルテン、 E.ブルンナー、チィリッヒ、モルトマン、パ ンネンベルク等について、すぐれた解説が行なわれている点も注 目される。
結語をなす第10章は、著者の近代神学史におけるもろもろの歴史観についての総括的批判 と今後あるべき 「歴史」の神学について著者の若干の志向と展望とを述べている。そこで、著者は、19世紀神学 と弁証法神学との関係を単に非連続的とみなす見解をしりぞけ、究極的には、両者の相互的な否定的媒介が要求されると考えている。 そういった点を踏まえて、キリスト教の 近代的歴史性に関する諸問題は、 新たな「歴史」神学 として展開さるべきであり、そのために、本論文は、著者にとって、不可欠の準備作業をなすものであるとされる。
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フィロン(前20頃ー後40頃)は、ユダヤ人哲学者で、ギリシア哲学と旧約聖書の解釈を融合し、キリスト教思想の源流を作った。そのフィロンの哲学を読み解く本書は、テクストそのものに基礎をおく根本的研究である。
フィロンの二重ロゴス論についても、独自の成果を上げている。
「『人間のロゴス』の二重性が「ロゴス・ エンディアテトス(理性)」と『ロゴス・ プロフォリコス(言葉)』の象徴的相関関係を意味したように、『宇宙のロゴス』の二重性は神の世界創造の範型としての『神のロゴス(英知的世界)』とその模写として表出された『感覚的世界』の象徴的相関関係として成立するのである」そして「象徴的相関性 』こそれはむしろ『 宇宙のロゴス』に本性的に内属する根本原理である」。
いまなお、フィロン研究の重要著作である。
【目次】
第一部 フィロンのロゴス論
序論 課題と方法 付 資料について
第一章 フィロン哲学の中心問題としてのロゴス論
第二章 フィロンにおける「ロゴス」の用語法
第三章 フィロンにおける「ロゴス」の意義 「ロゴスの二重性(象徴的相関性)」
第四章 神と「ロゴス」 「範型」としての「神のロゴス」
第五章 世界と「ロゴス」 「世界法則」としての「神のロゴス」
第六章 人間と「ロゴス」 「人倫の原理」としての「神のロゴス」
省略記号 I 原典、II 参考文献
第二部 フィロンと初期キリスト教思想
I フィロンとキリスト教 とくにパウロとの対比を中心として
II 宗教と文化に関する一考察 アレクサンドリアのクレメンスの神観を中心として
III アレクサンドリアのクレメンスの倫理思想 とくに「覚知者」(完全なキリスト者)の理想像について
IV トマス・アクィナスの「Synteresis」論
付 「エウダイモニア」 アリストテレス倫理学の性格
あとがき
索引
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唯一なる神ヤハウェの民となる意味と精神、申命記の思想的枠組から発したヘブライズムの法思想を読み解くための基本図書。
モーセ的伝統から古代イスラエル社会における法と宗教の関係を読み解き、その後の展開を跡づける。
【目次】
〔正篇〕 序説
第一部 法源としての旧約聖書をめぐって
第一章 聖書理解の二面性
第一節 聖書の批判的理解
第二節 聖書の信仰的理解
第三節 二つの理解の相関性をめぐって
第二章 ユダヤ教の律法正典観
第一節 ユダヤ教の基本教理
第二節 ユダヤ教に於ける律法観
第三節 ユダヤ教に於ける「律法」の内容
第三章 モーセ五書の批判的理解
第一節 モーセ五書に対する批判研究史の概観
第二節 近東的世界観に基づくモーセ五書理解
第三節 モーセ五書を構成する主たる史料の概要
むすび
第二部 ヘブライ法に於ける法神授の思想をめぐって
序論
第一章 トーラーの語義をめぐって
第一節 旧約に於けるトーラーの意義
第二節 ユダヤ教に於けるトーラーの理解
第三節 類似術語をめぐって
第四節 トーラーの性格
むすび
第二章 立法者モーセと出エジプトとをめぐって
序説
第一節 出エジプトをめぐって
第二節 「出エジプト」に見るモーセ像
第三節 時間の観念をめぐって
第四節 補説 トーラーとホフマーとの関連をめぐって
むすび
第三章 契約の観念をめぐって
序説
第一節 用語をめぐって
第二節 対人間の契約をめぐって
第三節 神と人との間の契約
第四節 契約の本質をめぐって
おわりに
〔附篇〕 法思想史学とは何か 松尾助教授の見解に寄せて
著者略歴
著者主要論著
著者遺影(巻頭)
あとがき
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「仏教思想を単に過去に過ぎ去った昔の思想として対象的にとらえ、その文献的な考証とか歴史的な変遷とかを研究するものではなく、そのような客観的資料基盤を踏まえつつ、仏教思想の中から現在の我々自身の究極の拠り所(道)ともなり得る活きた宗教的真実を見出そうとするものである。およそ宗教とか道徳とか或いは哲学とかいうような、人間存在の根本にかかわる問題に関しては、その純客観的学術的な研究が今後ますます発達することはもちろん結構なことだが、しかし同時に主体的求道的な研究も学問として公然と本格的に推進されることが、今日のような思想的混迷の時代においては是非必要であると思う。・・・
そして仏教思想の求道的研究を通して、この「求道学」という立場を打ち出すことが本書発刊の素志のひとつでもある。・・・
著者が、はなはだ荒削りながら、ともかくも仏教思想の中から見出した最も根本的な宗教的真実は、般若の開顕ないし善の見性における実践的契機としての「透脱」の原理にほかならぬ。」
(「序」より)
【目次】
序
凡例
緒論 現代における宗教
一 宗教の領域
二 現代における人間の主体性喪失と宗教
第一部 般若空観の展開
三 仏教における「空」思想の検討(般若経・竜樹を中心として)
四 無我と主体性
五 中論における一疑問
六 般若経における否定辞の二様の意味
七 般若経における「如幻」の意味について
八 般若経における「方便」の意味について
九 空観と大悲
十 仏教を虚無思想とする批判の一考察(とくに儒教からの批判を中心として)
第二部 禅の実践と華厳の世界観
十一 在家仏教論(現代における大悲の実践)
十二 禅体験の一考察
十三 身体論と坐禅
十四 現代世界と仏教(華厳を中心として)
結語 求道学の理念
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プロテスタント神学者にして教会史・教理史学者の著作集。全5巻。古代キリスト教学から現代に至るまでの歴史と信仰の実践まで。
第一巻は、2~3世紀の最大のキリスト教学者オリゲネスとギリシア教父、アレクサンドリア学派についての研究を収録する。オリゲネスはキリスト教の教義学を確立し、西欧思想史の源流の一つとなっている。
【目次】
はしがき
序論
一 課題と方法
二 オリゲネス略伝
第一章 祈祷の問題
第二章 殉教者の道
第三章 文化の問題
一 学問の理念と方法
二 福音と哲学
第四章 神と摂理
一 神論
二 人間論
第五章 完全への進程
一 単信者と完全者
二 二つの福音
三 覚智の意義
結論 キリスト者としてのオリゲネス
補論 アレクサンドリア追放の事由について
一 オリゲネスとデメトリオスとの関係についての一考察
二 閹人の受按資格について
三 異端の問題
四 結論
資料
一 民数紀略第二七講(梗概)イスラエルの子等の宿営について
二 グレゴリオス・サウマツルゴスの謝辞
附録
一 年表
二 著書
三 オリゲネスの年代について
四 文献
五 略語解
解題 水垣渉
索引
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哲学者にしてヨーガの実践者でもあった著者が、インド古代思想の流れをわかりやすく説く。ヴェーダ思想、ブルシャ思想、ウパニシャッド思想、中期ウパニシャッド思想、ヨーガ思想、一神教的信仰と思想の流れを追跡し、解説する。
宗教的な思想と哲学的思考が融合したインドの古代にあって、その正統的なながれを一冊で紹介する入門書でもある。
【目次】
第一章 ヴェーダ思想展開の図式
第二章 ヴェーダに於ける密儀思想
第一節 ヴェーダ思想展開の内面過程
第二節 リグ・ヴェーダに於ける密儀的宗教思想
第三節 アタハルヴァ・ヴェーダに於ける咒法密儀的精神
第三章 プルシャ思想の展開
第一節 プルシャの語義について
第二節 リグ・ヴェーダに現われたプルシャ思想
第三節 後期ヴェーダ本集及び梵書に現われたプルシャ思想
第四節 ウパニシャッドに於けるプルシャ思想の諸相
(一) クシャトリヤのプルシャ思想
(二) プルシャと他の諸原理との関係
第四章 ウパニシャッド哲学の根本構造
第一節 ウパニシャッド哲学思想の起原
第二節 ウパニシャッド哲学と王族階級
第三節 ウダーラカの実在論哲学
第四節 ヤージナヴァルキアの観念論哲学
第五章 中期ウパニシャッドとバハガヴァッド・ギーターに於けるヨーガ思想
第一節 カタハ・ウパニシャッドに於けるヨーガ思想
第二節 カタハ以後の中期ウパニシャッドとギーターとに於けるヨーガ思想
第六章 古代インドの一神教的信仰
索引
英文概説
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ドストエフスキーはかつて、自分は現代の産物であり、したがって無信仰と懐疑の子だ、しかしそれゆえにまた信仰への渇望に苦しめられると告白した。
この書は転換期の激浪のなかで、この世的なるものに寄る辺を失いつつある魂に対しての最後の希望となる信仰を考えるために書かれた。
哲学者、神学者、文芸評論家が、「信仰」と「魂」について、さまざまな光をあてる。
【目次】
第一部 信仰への道
明治時代における信仰への遍歴
明治の青春としてのキリスト教
西洋文化の代表としてのキリスト教の受容
私の學生時代 齋藤勇氏
高山樗牛・徳富蘆花・綱島梁川
スピノザ「エテイカ」、トルストイ「懺悔」
植村正久
島崎藤村と有島武郎
日本文學とキリスト教
明治の文學者のキリスト教離脱への反省
芥川龍之介及び太宰治とキリスト教
椎名麟三の受洗
【略】
キリスト教的世界よりギリシャ的世界へ
聖書の世界への還帰
晩年の内村鑑三
信仰への巡禮 佐古純一郎氏
死の不安
「歎異抄」
一燈園
太宰治への傾倒
田邊元「歴史的現実」と応召
新約聖書
椎名麟三とドストイエフスキイの影響
小林秀雄のドストイエフスキイ研究
椎名麟三とキリスト教
第二部 信仰書の勧め
高倉徳太郎の著作
パスカルに関する書物
【略】
アンセルムスとエックハルト
ドストイエフスキイとキェルケゴール
バルト、カルヴィン、ルター、フォーアサイス
内村鑑三
【略】
説教集と辭典
戰後の諸作
イエス伝
イエス伝の歴史的変遷
第三部 聖書の読み方
聖書の読み方
一般的な読書と異る聖書の読み方/聖書を読むときの態度/青年のもつ宗教性/聖書による人生觀の変化/ヒューマニズムの高揚と破壊/聖書の読み方の常道/青年の読み方と老人の読み方【略】
興味を覚えた聖書の箇所 齋藤氏
聖書の飜訳について
私の聖書への接し方 佐古氏、小塩氏
詩人と教授/キェルケゴールの父の聖書の教え方
私の聖書への接し方 関根氏
どこから聖書を読むべきか/ルカ伝とロマ書/福音書の特色/使徒行伝の意義/使徒の書翰の意義/ペテロ書翰とパウロ書翰/默示録【略】
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現代ほど対話が必要なときはない。しかし今日ほどこの言葉が弄ばれているときもない。真の対話への道をはっきりと示したのが本書である。ブーバーの死の直前に訳者と交わした世界平和についての書簡を含む。
「本書は、人間精神の歴史において、宗教と哲学とがどのような関係にあったかを調べ、あわせて近代哲学が神のような絶対者を非現実化してしまう上にどれほど大きな力となったかを、あきらかにしようとするものである」(「序説」より)
【目次】
序説 現代における対話の欠如について 神の蝕
第一章 対話の倫理 宗教と倫理の関係
第二章 思索と対話 宗教と哲学の関係
第三章 現代における神の沈黙 実存主義と深層心理学について サルトル、ハイデッガー、ユングを批判する
第四章 C・G・ユングとの対話
ブーバーの批判に答える ユング
ふたたびユングに与たう ブーバー
付録I キリスト教とユダヤ教の対話 マルティン・ブーバーについて パウル・ティリッヒ
II ユングの深層心理学における特殊用語解説
あとがき
索引
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「トマス主義の憲法学」「トマス主義の法哲学」の先行著書での諸テーマを改めて吟味し直し、存在論的基礎の現代的有効性を検証すると共に、中南米世界の憲法学や国法学の周到な検討・評価を展開した水波朗の遺稿集。
法哲学研究における「自然法」「国家」「倫理」「実定法」を実例とその根源を解明する。
【目次】
第一篇 法哲学・社会倫理学
第一章 マリタンの文化哲学
第二章 オントロギーとメスナー倫理学
第三章 自然法における存在と当為 ヨハネス・メスナーの倫理学体系に即して
第四章 現代社会とキリスト教社会論 ヨハネス・メスナー理解のために
第五章 共同善の存在論的基礎づけ ヨハネス・メスナーによる
第六章 ペレルマンの哲学 新しい自然法論?
第七章 H・L・A・ハートと自然法
第二篇 憲法学・国法学
第八章 宗教的自然法・教会・国家
第九章 人間の尊厳と基本的人権
第十章 日本国憲法解釈論と二十世紀の哲学 新カント派観念論の奇異な残存
第三節 日本国憲法解釈論
第十一章 イグナシオ・ブルゴアの憲法理論
第十二章 所有権の存在論とエヒード制度 メキシコ合衆国憲法第二十七条をめぐって
水波朗 略歴と業績目録
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本書は、フランス東北部ピカルディーに生まれ、スイスで宗教改革を実践して改革派を指導したジャン・カルヴァン(1509-64年)の名を知らしめた主著の初版です。
パリに出たカルヴァンは、マルティン・ルター(1483-1546年)によって推進されていたドイツの教会改革の影響を受けながら人文主義を身につけたあと、オルレアン、次いでブルージュで法学を修め、パリに戻って聖書の言語の研鑽を積みました。転機が訪れたのは1534年。この年の10月にフランスで「檄文事件」が起き、パリの町中にミサに対する攻撃的な文書「教皇のミサの恐るべき、重大な、耐えがたい弊害について真正な諸箇条」が貼り出されました。これに激怒したフランソワ1世は宗教改革者8名を焚刑にし、カルヴァンはスイスのバーゼルへの亡命を決意するに至ります。この地でキリスト教信仰の内容を概説するためにカルヴァンがラテン語で書き上げ、1536年に初版が公刊されたのが、本書にほかなりません。
本書は、ルターの宗教改革が第一段階である「破壊」だったとすれば、第二段階にあたる「形成」の基礎となりました。その根底にあったのは若き日のカルヴァンが身につけた人文主義的な知識とセンスであり、それが本書を唯一無二のものにしています。そうして改革派の基盤をなすことになった本書は、「福音主義」や「予定説」の名とともに広く知られるようになりました。その代表が『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(1904-05年)でカルヴァンとカルヴィニズムを「禁欲的プロテスタンティズム」の諸類型の一つとして取り上げたマックス・ヴェーバー(1864-1920年)でしょう。
本書は出版されると増刷を繰り返し、カルヴァン自身はフランス語版を出版した上、改訂の作業に取りかかります。改訂は5回にわたり、初版では全6章だったものが、最終版(1559年)では全80章に及ぶ巨大な書と化しました。日本語訳で1600頁に及ぶ最終版は簡単に手を出せるものではありませんが、初版は分量の点のみならず、のちにさまざまな展開を見る思想の原型を見出せる点、そしてカルヴァンの聖書解釈の技巧を知ることができる点で、最良の入門となることでしょう。初の文庫版となる新訳を、ここにお届けいたします。
[本書の内容]
〔献 辞〕
第一章 律法について、十戒の説明を含む。
第二章 信仰について、使徒信条の解説を含む。
第三章 祈りについて、主の祈りの講解を含む。
第四章 サクラメントについて。
第五章 これまで世の人々によってサクラメントと考えられてきた残りの五つのサクラメントはサクラメントではないことを証明し、ならば何であるかを明らかにする。
第六章 キリスト者の自由、教会の権能、国政について。 -
真の信仰を希求する魂の記録!
死後42年たって新発見された幻の日記
『論考』から『探究』へ―大哲学者が書き残した、自らの思考の大転換、宗教的体験、そして苛烈な内面の劇!
“隠された意味”は何か!?
私の本『論理哲学論考』には素晴らしい真正の箇所と並んで、まがい物の箇所、つまり、言ってみれば私が自分特有のスタイルで空所を埋めた箇所も含まれている。1930.5.16
真の謙虚さとは、1つの宗教的問題である。1930.10.18
私はすべてを自分の虚栄心で汚してしまう。1931.5.6
人は職人の比喩に惑わされているのだ。誰かが靴を造るというのは1つの達成である。しかしいったん(手元にある材料から)造られたなら、靴はしばらくの間は何もしなくても存在し続ける。しかしながら、もし神を創造主と考えるのなら、宇宙の維持は宇宙の創造と同じくらい大きな奇跡であるはずではないのか、1937.2.24――<日記本文より>
『論考』がウィトゲンシュタインにとっての原罪であり、それを克服するためにこそ、この日記が書かれたのだという言葉に、おそらく多くの読者が驚き、いぶかしがられることと思う。――<訳者解説「隠された意味へ」より>
*本書の原本『ウィトゲンシュタイン哲学宗教日記 1930-1932/1936-1937』は、
2005年に小社より刊行されました。
【目次】
はじめに
編者序
編集ノート
謝辞
凡例
第一部 一九三〇ー一九三二
第二部 一九三六ー一九三七
コメンタール
コメンタールで使用された参考文献と略号
人名索引
隠された意味へ ウィトゲンシュタイン『哲学宗教日記』(MS183)訳者解説)
訳者あとがき
訳者あとがき補遺(学術文庫化にあたって) -
「キリスト教のライバルは存在するか」。『聖なるもの』(一九一七年)で知られるドイツの宗教学者ルードルフ・オットーは、ヒンドゥー教の一派、ヴィシュヌ派こそが値すると考えた。「救済」をめぐって驚くほど類似が見られる両者の徹底的な検討を通して、宗教の本質に迫る。比較宗教学の古典。
「ヌミノーゼ」と名付けられた、非合理的な神秘経験を宗教経験の本質として析出した『聖なるもの』。ルター派の敬虔なプロテスタント神学者ルードルフ・オットー(1869-1937年)による洞察は、その後ミルチャ・エリアーデやロジェ・カイヨワに引き継がれ、宗教を研究するうえで重要な柱となる「聖と俗」をめぐる研究の土台を築いた。
『聖なるもの』と同時期に研究が進められていたと考えられるのが、本書『インドの宗教とキリスト教』である。18世紀後半、英国による植民地化を通じてサンスクリット文献がもたらされたされたヨーロッパでは、『リグ・ヴェーダ』や『バガヴァッド・ギーター』など次々にそれらの翻訳がおこなわれ、ヨーロッパの起源のひとつとしてオリエントへの関心が急激に高まっていた。
そのような文脈のなかで、オットー自身も『ヴィシュヌ・ナーラーヤナ』などのサンスクリット文献の翻訳・注釈に取り組み、そしてヒンドゥー教、そのなかでも彼が「献信の宗教」と呼ぶヴィシュヌ派に、キリスト教に匹敵する救済論を見出す。ルター派とヴィシュヌ派の比較の末に見いだされる、真の救済とは―。
オットーが終生、一貫して求めたものは、「聖なるもの」の普遍的な弁証であった。ルター派という一つの神学に自らの立場を置きながら、他の神学にも心を開き、あまつさえ神学を有しない宗教体験に対しても視野を開いたオットーの独自性がいかんなく発揮されたインド宗教研究の古典にして比較宗教学の名著。(原本:『インドの神と人』人文書院、1988年)
【本書の内容】
序
第一章 キリスト教のライバル―ーインドの恩寵(恵み)の宗教
第二章 神をめぐる戦い――シャンカラとラーマーヌジャ
第三章 救済の問題ー―いかにして達成されるか
第四章 インドの恩寵の宗教とキリスト教――異なる精神、異なる救い主
結 び
補 説
一 隠れたる神と献信者の神
二 贖いと贖罪
三 本源的堕落の理念
四 同一性神秘主義の同一体験
五 神は個人的存在ではない
六 すべては恩寵から
訳者あとがき
学術文庫版あとがき -
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カトリック教会の司教、神学者・哲学者アウグスティヌス(354-430年)の思想は、後のカンタベリー大司教アンセルムス(1033-1109年)にどのような影響を与えたのだろうか? アンセルムスはアウグスティヌスから何を継承し、自らの思想として発展させたのか。知識をもって悟る、「知解」をめぐる神学思想史。
【目次】
まえがき
一 知解を求める信仰 序説として
二 アウグスティヌスの創造思想 無からの創造と言葉による創造
三 アウグスティヌスの三位一体論 『三位一体論』五―七巻
四 解釈学的トポスとしての〈神の像〉 『三位一体論』八―一五巻
五 神の遍在と永遠について 『モノロギオン』二〇―二四章
六 アンセルムスの三位一体論 『モノロギオン』三八章以下
七 『プロスロギオン』における神存在の論証について アンセルムス・カント・バルト
八 神のほまれ 『クール・デウス・ホモ』における贖罪論の根拠と目標
九 アンセルムスにおける‘Entplatonisierung’について
十 神と哲学 哲学史における神の問題
十一 ヘブライ・ギリシア・キリスト教思想
索引・文献表
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「主体性」の確立を、主として宗教(キリスト教)的見地から詳細に究明する。宗教改革以後のキリスト教史・キリスト教思想史の展開を詳細に検討し、多くの神学者・哲学者の思想を批判的に検証する。特に、力を傾注したのが、キルケゴールとカール・バルトの思想である。彼ら二人思想の展開の必然性を明らかにする。
【目次】
序章 主題について
一 主体と主体性 二 キルケゴールからバルトへ 副題について 三 超越の事実性
第一部 問題状況
第一章 主観主義と客観主義
一 原理としてのincarnatio 二 ex opere operantisとex opere operato など
第二章 近代主観主義の問題
一 近代主観主義の展開 二 理想主義における主観主義原理の形成 三 自由主義神学における二焦点楕円の図式 四 「新しい思考」の待望
第二部 主体と主体性 S・キルケゴールについて
第一章 キルケゴール解釈の問題
一 問題の所在 二 H・ディームの問題提起 三 歴史的研究の限界 四 実存弁証法的解釈の方法 五 主体的解釈の立場
第二章 実存の三段階の構造
一 実存的人間学の視点 二 段階構造の二重性 三 段階の相互関係 四 実存弁証法的構造
第三章 主体性における内在と超越 『哲学的断片へのあとがき』の構成と主題について
一 『あとがき』の問題 二 『あとがき』の構成 三 『あとがき』の成立過程 など
第四章 神の前における主体
一 関係としての自己 二 キリスト像の問題 三 実存弁証法の問題性
第三部 超越の事実性 K・バルトについて
第一章 バルト解釈の問題
一 問題の所在 二 転向論と発展論 三 抽象性と具体性
第二章 神の言と実存
一 課題 二 神学におけるキルケゴール・ルネッサンス 三 バルトとキルケゴールの出会い など
第三章 神学における近代主義の克服
一 若きバルトと社会主義 二 ニヒリズムとの出会い 三 提起された課題
第四章 神学方法論の確立 アンセルムスの神の存在の証明をめぐって
一 新しい神概念の形成二 神の存在の証明 三 信仰と知解の弁証法 など
第五章 聖書解釈の方法 R・ブルトマンの問題
一 ケーリュグマ理解の問題 二 実存論的解釈の問題性 三 ブルトマンの神学史的位置づけ 四 聖書理解の姿勢について
第四部 展望 結論にかえて
一 実存の主体性から啓示の事実性へ 二 今日の神学的状況 三 与えられた課題
参考文献
あとがき
索引
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四つの論文から構成される。
本書の第一章「実存論的神学の展開方向」ではキリスト論を中心に論じる。第二章「神の死と実存論的神学」は、聖霊論を媒介にして神観を記述することで、著者の立場が明らかにされる。
第三章「神学と倫理」は実存論的神学を基礎する宿命倫理の構築を試みる。その際、援用されるのが、アメリカの自由主義神学者ニーバー(1892~1971)の思想である。第四章「ラインホルド・ニーバーの政治思想」では、ニーバーの思想を肯定的に叙述する。
キリスト教的な新しい倫理を模索する著作である。
【目次】
第一章 実存論的神学の展開方向
一 実存論的神学と弁証法的神学
二 実存と体験
実存論的神学と存在論、及びエーベリングの言葉の出来事 啓示と実存 実存論的神学と実存主義 その両者の話合いの可能性
三 史的イエスと信仰のキリストの問題についてのバルトの理解
四 マイケルソンの歴史としての神学
五 実存論的神学と神秘
イエスの服従 愛
第二章 神の死と実存論的神学
一 ニーチェ
二 ヴァン・ビューレン
ウィトゲンシュタインの言語ゲーム
三 ヴァン・ビューレン批判
四 ティーリケのニヒリズム批判
信仰とニヒリズム 不条理 コックスの非聖の都会の容姿と次元的思考 西谷啓治 ヴァハニアン 倫理についての二つの推論
五 聖霊論
第三章 神学と倫理
一 ブルトマンの新約の倫理
二 シュヴァイツァーの生への畏敬と倫理
三 バルトの倫理
四 ポール・レーマンの倫理
レーマンとジョン・ベネット 良心 ジョセフ・フレッチャーの倫理 フレッチャーのR・ニーバー批判
五 歴史と自然
第四章 ラインホルド・ニーバーの政治思想
一 ニーバーの政治思想について
二 ニーバーのエーリッヒ・フロム批判
三 ニーバーの共産主義批判
四 ニーバーの社会集団論
五 アジア・アフリカ諸国とデモクラシー
ハミルトンのニーバー批判
六 宗教的社会主義の問題
七 平和主義の問題
あとがき
事項・人名索引
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長年にわたる著者の救済史研究をまとめたもの。牧師としての神学的実存をかけた、誤りに満ちた日本の神学への挑戦の書である。実存と歴史、実存と社会、主観と客観、科学と実践のギャップを超える「救済史の神学」を探究する。
【目次】
序
序論
第一部 主題と方法
第一章 神学的思惟の基礎概念
一 神学的思惟の問題点 二 その対象の秩序 三 釈義的思惟 四 批判的思惟 五 実践的思惟
第二章 救済史 その解釈と論争
一 神学における歴史の問題 二 神話と歴史 三 救済史 教会史と世界史 四 救済史をめぐる論争
第三章 救済史と世界史
一 両歴史の関連 二 救済史の現代史的地平 三 救済史のキリスト論的構造 四 救済史の例証
第二部 過程と展望
第四章 恩寵の選びと救済史
一 日本神学の未済の課題 二 救済史の始源 イエス・キリストの選び 三 教団の選びと異邦人問題
第五章 救済史の展望
一 現代神学における歴史と救済史 二 教義学の主題 救済史の線と方向 三 救済史の展望
第六章 摂理と歴史
一 歴史の意味 二 《歴史の目的》の登場 三 キリスト教歴史観の構造(1) 四 キリスト教歴史観の構造(2) 五 摂理信仰と世界観 六 摂理論と歴史観
第七章 イスラエルの民と諸民族
一 契約の民と自然の民 二 現代神学における民族論論争 三 救済史と民族史 四 聖書における民と諸民族
第八章 救済史の時
一 解釈学的方法論 二 時間論のアポリア 三 時間論の構造 四 救いの時
第九章 キリストとアダム 神学的人間学
一 神学における人間観の問題 二 キリストとアダム 三 救済史と人類史 四 人間構造論
第十章 救済史の成就
一 時の充満 二 イエスの実存と歴史 三 十字架の下に立つ人間 四 復活節の時と歴史
第十一章 救済史の認識
一 歴史と神学 現代神学の一争点 二 歴史認識の基本形式 三 パウロの回心
第十二章 未来学としての終末論
一 世界の未来 世俗的および聖書的終末論 二 世界の未来の天的背景(黙示録四章) 三 世界の未来の秘密を解く鍵
第三部 応用と展開
第十三章 現代における教会と世界
一 現代世界とキリスト教会 二 世界のなかの教会 三 救済史と’世界図式’ 四 世界のための教会
第十四章 世界宣教論
一 世界宣教の歴史的前提 二 世界宣教の神学的前提 三 世界宣教神学の提唱 四 《世界宣教神学》の諸課題
第十五章 人間形成論
一 人間形成の課題 二 福音と人間形成
第十六章 カルヴィン神学の現代的意義
索引
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第6回長崎純心レクチャーズとして2002年に行った3日間の講演を再現。イエズス会神父であり卓越した哲学者であるリーゼンフーバー教授が、神学者、神秘思想家らとの対話を通じて導かれた「超越に貫かれた人間」の真実を語る。
人間は不可避的に問う存在である。自分自身の存在、根拠、意義を問うとともに世界の真理、意義、幸福をも探究する。人間の問いそのもののうちには、無制約的なもの、すなわち超越への開きが含まれているのである。知ることはなぜ可能か。人間はいったい何を経験するのか。この追究をとおして宗教性が人間の本質に深く根づいていることを確認し、人間と超越との関係を、超越に関わられ貫かれる人間という受動的観点から解明、さらに宗教的行為の基本構造へと考察を進め人間の存在と使命を浮き彫りにする。西洋中世哲学研究者として知られる著者が、長年の研究と思索の間に親しんだ哲学者、神学者、神秘思想家との対話にもとづき、磨かれた言語で宗教哲学の根本的考え方を明解にとく講演。
【目次】
「長崎純心レクチャーズ」について 片岡千鶴子
序言 稲垣良典
第一日 人間存在に見られる無制約性 未規定性と尊厳の間に
一 全体の問題提起
1 問題としての超越理解 2 人間からの出発
二 人間の予備概念
1 欠如性・未規定性と理性 2 個人の尊厳における無制約的なもの
三 超越への問いの精神論的可能根拠
1 自己意識と存在認識 2 像としての人間
四 精神における超越への本質的な関わり
1 問い 2 知識の要としての真理
第二日 超越経験の根本理解と諸形態 日常を意義づける無制約的なもの
一 精神的経験
1 経験の哲学的概念 2 感覚的経験と精神の経験 3 説明と理解 4 純粋な完全性の経験
二 聖書的信仰の地平のなかに見られる超越経験
1 神経験と神認識 2 感覚と存在把握 3 感覚を通して描かれる神経験 4 超越との関わりを示すいくつかのトポス
三 日常における潜在的超越経験
1 意義の発見 2 現実の承認 3 芸術的創造性における賛美 4 導きに対する信頼 5 責任における対面 6 当為の定言制 7 時間の贈り物と可能性における呼びかけ
四 意義の経験と神との出会い
第三日 宗教的行為の成立 自己実現としての脱自
一 宗教的行為の構造
1 人格的行為 2 無力と、超越による根拠づけ 3 受容と自発性 4 離脱と脱自 5 無制限の肯定と自己譲渡 6 合一と対話性 7 日常性と究極性 8 個人性と共同性
二 根本的宗教的行為の諸形態
1 言葉としての現実と神現としての根源語 2 超越への傾聴 3 黙想 4 祈り 5 信仰
あとがき
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◆権威など眼中になし! 激しく、自由に、そしてしなやかに“ほんとうのこと”を求めた禅の巨人たち◆
血まみれになるまで考え抜いた:“不生禅” 盤珪
徳川家旗本から42歳で出家:”在家禅”正三
厳しい自省を静かに徹底した:”大愚禅”良寛
人間性丸出し「大妖怪」:”風狂禅”一休
強烈な個性をほとばしらせた禅者たちがいた。かれらはいずれも、時の権威に背を向け、反骨をむき出しにして、まことに独創と言うべき道を選んだ。それはなぜか。かれらの言葉をふんだんに引き、かれらの激しく厳しい禅は「本流」にも劣らない「偉流」を成したのであったことを明らかにする。
鈴木大拙の愛弟子である著者が、自身のうちにある「万腔の反骨心」を投影させながら、激しく生き抜いた四者それぞれの禅のかたちを描いた異色作。
著者に師事した竹村牧男氏による解説をあらたに付した文庫化。
【本書より】
ひとたび禅経験(大死一番、絶後蘇息)を、わがものにしてからのちの、禅者の生き方は、まことに自由で、多彩をきわめている。そこにわれわれは、真に“個性的”な人間の生き方を見ることができる。(「まえがき」)
【解説より】
あらためて本書を読んでみると、実に巧みに必要かつ十分な解説を適切に施していることに気づかされた。(中略)それらのすべては、禅を究めた達道の士ならではの指摘である。(中略)各人の独自の本質を十分に描いていて重厚であり、読み応えのある書物となっている。この四人を一堂に並べての説述によって、日本の禅仏教がいかに豊かなものであるかが、ますます明らかとなっていよう。
【本書の内容】
まえがき
不生の仏心の説法・盤珪禅師語録
一 不生の人
二 盤珪禅の特色
三 不生禅の提唱
四 禅師の行履
二王坐禅と在家仏法・正三道人『驢鞍橋』
一 禅門の一匹狼
二 曠劫多生の修行
三 正三の二王禅
四 正三の在家仏法
わが詩は詩にあらず・良寛禅師詩集
一 大愚の生涯
二 詩でない詩(『草庵集』鈔)
風狂の禅と詩と・一休禅師
一 風狂の自由人
二 祖師禅の源流にくんで
三 栄衒の徒を呵して
四 狂雲は大徳下の波旬(悪魔)
五 性の自由境を謳歌して
六 「風狂の禅」私見
参考文献
(付記)序・著作集版に寄せて
あとがき
解説 「偉流の人」が描く、禅の圧倒的な個性と多様な魅力[竹村牧男]
*本書の原本は、1992年に筑摩叢書より刊行されました(初出は1967年に同社より刊行) -
昨今、仏教研究は進展を見せ、従来の常識は大きく書き換えられつつある。
「日本仏教」とは何かから説き起こし、古代から中世の仏教の思想と歴史の流れを、聖徳太子・空海・法然・親鸞・道元・日蓮などをキーに解き明かしていきます。
そして、明治維新以降、西洋の文明に触れて大きな変貌を遂げた日本仏教が、日本の近代社会の中で果たしてきた役割を改めて問い直します。廃仏毀釈に始まり、日清・日露戦争を経て、大正デモクラシー、日中戦争から第二次世界対戦を経験する中で、仏教は重要な位置を占めています。戦後復興、そして大震災などに対して、実践としての仏教があらためて登場しつつある現状の意味を問うていきます。
また、日本仏教の深層にある思想的、歴史的な背景を読み解いていきます。葬式仏教にどのような意味があり、どのような思想を背景にしているのか。日本仏教のおおきな特色となっている「大乗仏教」の起源を探ります。また神と仏の関係を、中世の神仏習合に遡って、読み解き、仏教が日本の思想や哲学に与えた影響を検証していきます。
本書を読めば、日本仏教の思想と歴史の概観と肝要なポイントがすべてわかる、格好の入門書です。
*本書は、『日本仏教を捉え直す』(放送大学教育振興会)を底本に、大幅な加筆(第二章 1最澄の生涯と思想)と改稿をし、改題しました。
【目次】
はじめに 「日本仏教」という問題
第一章 仏教の展開と日本 序説
第二章 仏教伝来と聖徳太子 日本仏教の思想1
第三章 空海と最澄 日本仏教の思想2(頼住光子)
第四章 法然・親鸞と浄土信仰 日本仏教の思想3
第五章 道元と禅思想 日本仏教の思想4
第六章 日蓮と法華思想 日本仏教の思想5
第七章 廃仏毀釈からの出発 近代の仏教1
第八章 近代仏教の形成 近代の仏教2
第九章 グローバル化する仏教 近代の仏教3
第十章 社会活動する仏教 近代の仏教4
第十一章 日本仏教と戒律 日本仏教の深層1
第十二章 葬式仏教 日本仏教の深層2
第十三章 神仏の関係 日本仏教の深層3
第十四章 見えざる世界 日本仏教の深層4
第十五章 日本仏教の可能性 まとめ
学術文庫版あとがき -
本書の著者クラウス・リーゼンフーバー神父(1938-2022年)は、フランクフルトに生まれ、1958年にカトリックの修道会であるイエズス会に入会したのち、1967年に来日して長年にわたり上智大学で教鞭を執りました。ドイツ哲学に深い造詣をもつばかりか、西田幾多郎をはじめとする日本の哲学思想に通じていた著者は、西洋中世の哲学・神学について研究し、あるいは教育するとともに、一般向けの講座を精力的に行って多くの日本人に親われました。
しかし、専門論文が多いこともあってか、一般向けの著作はほとんどなかったと言わざるをえません。古代から現代に至る西洋哲学全体に対する該博な知識と透徹した理解に基づいた知恵の結晶を多くのかたに触れていただく機会になることを願って、ここに学術文庫オリジナルの精選論文集をお届けします。
以下の目次にあるように、本書で中心的に選ばれたのは、著者にとって重要な研究対象であるトマス・アクィナス(1225頃-74年)をめぐる論考です。「言語」、「存在」、「神」という哲学にとっても神学にとっても最重要の概念を正面から取り上げ、トマスの論を精緻にたどるだけでなく、独自の読みを加えることで、そこに潜む可能性を最大限に引き出す――「思惟」というものの醍醐味がふんだんにつまった論考群は、読むたびに発見に満ちた宝と言えるでしょう。
惜しまれながら2022年に逝去したリーゼンフーバー神父の偉大な遺産を本書を通して知っていただけることを心から願っています。
[本書の内容]
中世思想における至福の概念
トマス・アクィナスにおける言葉
トマス・アクィナスにおける存在理解の展開
存在と思惟――存在理解の展開の可能性を探って
トマス・アクィナスにおける神認識の構造
神の全能と人間の自由――オッカム理解の試み
解 説(山本芳久) -
辛い現世を終えて、来世こそは阿弥陀仏のすまう極楽浄土に生まれたい――貴賤を問わず日本で幅広く、長きにわたって信仰されてきた浄土思想。すべては平安時代、一人の僧によって著されたこの書物から始まった。源信なくしては、法然も親鸞もない。
『往生要集』の訳・校注で知られる著者が、歴史的背景に始まりゆるやかに『往生要集』の構成に沿いつつ、親しみやすい現代語訳を随所に示しながら、源信の教えの真髄を平易に解き明かす。
「予が如き頑魯(がんろ)の者(わたしのような愚かなもの)」と自らを顧みた源信(942-1017年)。智慧や才にめぐまれた一握りの人ではなく、自身を含む多くの罪深い「悲しき者」が救われる道を模索した『往生要集』が、日本の思想・信仰に与えた影響ははかりしれない。
往生を目指すべき理由として描かれる等活地獄、黒縄地獄、衆合地獄、阿鼻地獄など数々の地獄も、経典と源信自身の言葉を交えながら、恐ろしい責め苦が生々しく描き出され、それに対応する極楽の姿、そして現代人の想像をはるかに超える仏の姿もあざやかに示される。地獄、極楽、さらに仏の姿は、信仰のみならず、のちの思想、文学、芸術にも大きな影響を及ぼした。『源氏物語』や『栄華物語』、『梁塵秘抄』など、のちの文学作品にみられる『往生要集』の影響も示唆される。
『往生要集』は「集」というその名が示す通り、『無量寿経』、『観無量寿経』、『阿弥陀経』の浄土三部経をはじめ数多の経典や経典の注釈書の引用によって、往生の要諦を説いたものである。膨大多岐にわたる出典についての解説は、仏教学の泰斗たる著者ならではのものであり、源信が数々の経典のなかから何を重要としていたのかが、次第に浮かび上がってくる。
仏の姿を念じる「観相の念仏」を自らの思想の核とした源信が、「南無阿弥陀仏」と仏の名を口で称えるいわゆる「念仏」、「称名の念仏」に託したものとは何だったのか――。浄土思想の原点に触れる一冊。(原本:『悲しき者の救い――源信『往生要集』』筑摩書房(仏教選書)、1987年)
【本書の内容】
はしがき
第一章 『往生要集』の成立
第二章 迷いの世界
第三章 浄土へのねがい
第四章 正しい念仏
第五章 悲しき者の救い
源信略年譜
あとがき
付 参考文献について
選書版あとがき
解 説(岩田文昭) -
インド最古の聖典『リグ・ヴェーダ』にはじまり、世界的にも類がないほど深遠な思想を生みだしてきたインド。ウパニシャッド、ジャイナ教、仏教、マハーバーラタ、正統バラモンの六派哲学、ヒンドゥー教から、近代のガンジーやタゴールに至るまで、3000年以上にわたる複雑で多様な思想の全領域をコンパクトに大観する。
アーリヤ人の侵入や農村社会の成立、王朝の興亡など、それぞれの時代の社会変動の影響も踏まえつつ、各思想大系の特質を明らかにすることで、〈解脱〉をもとめてやまない人類の思索の歴史が描き出される。
世界的なインド哲学、仏教学者であり、比較思想の開拓者でもあった著者による、半世紀以上にわたって読み継がれてきた不朽の概説書。原本:『インド思想史 第2版』岩波書店、1968年)
第一章 アーリヤ人の侵入とリグ・ヴェーダの宗教
第二章 農村社会の確立とバラモン教
第三章 都市の興隆と自由な思索の出現
第四章 国家統一と諸宗教の変動
第五章 統一国家崩壊後における諸宗教の変遷
第六章 クシャーナ帝国時代における新思想
第一節 時代の趨勢
第二節 仏 教
第三節 ジャイナ教
第四節 南インド文化の開花
第七章 集権的国家における諸哲学学派の確立
第一節 正統バラモン系統
第二節 仏 教
第三節 ジャイナ教
第八章 諸王朝分立時代における諸学派の継続的発展
第一節 バラモン教およびヒンドゥー教
第二節 仏 教
第九章 回教徒の侵入と思想の変化
第一節 中世的宗教の発展
第二節 近代的思惟の発展
第十章 外国資本主義制圧下における思想運動
第十一章 〔附論〕科学思想 -
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心をスーーッとほぐしてみませんか?
10人のお坊さんがあなたのモヤモヤをスッキリ解決!
5つのモヤモヤ
イライラ、承認欲求、生きる意味、忘れられない過去、見た目
NHK番組『10人のお坊さん』を書籍化!
悩み、モヤモヤ、イライラ、苦しみ。
それでも生きていかなければならないのが人生。
<もう、イヤだっ!>
そんなときには、ちょっと一息。
お坊さんのお話〈説法〉に
耳をかたむけてみませんか?
〈仏教〉は
人間の悩みや苦しみに向き合い続けて2500年。
お坊さんの〈説法〉には、
生きる知恵がたくさんつまっています。 -
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「ヘブル書」とは、『新約聖書』の中でももっとも文学的とされる書である。書かれた時期は、80から90年ごろとされ、迫害の時代のものとされている。宛先人も差出人も明記されていない書簡の形式をとっている。キリストを大司祭とし、教会を神の民とするなど独特の神学的ドグマが展開されている。
【目次より】
序言
第一章 序論
第二章 この手紙における旧約聖書釈義の方法
第三章 神の子(一) 一章一節――二章四節釈義
第四章 神の子(二) 二章五――一八節釈義
第五章 大祭司としてのキリスト(一)
第六章 大祭司としてのキリスト(二)
第七章 新しい契約の仲保者としてのキリスト
結論
略語表・参考文献
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京都学派を代表する哲学者の高坂・西谷、科学史家の下村、倫理学者の三宅、西田幾多郎・フッサールに学ぶも京都学派とは距離をとった哲学者・務台ら、超一流の哲学者たちが、「哲学」について縦横無尽に語り尽くす。
【目次より」
第一章 哲学とはなにか 哲学の本質および方法
哲学の方法としての対話
第二章 物質とはなにか 自然哲学
問題への展望 下村寅太郎
第三章 生命とはなにか 生の哲学
問題への展望 三宅剛一
第四章 歴史とはなにか 歴史哲学と唯物史観
問題への展望 高坂正顕
ヤ革命観
二つの終末観の総合
第五章 人間とはなにか 人間学および実存哲学
問題への展望 西谷啓治
ハイデッガーのニヒリズム
死の問題
第六章 人間はいかに生くべきか 道徳的危機とヒューマニズム
道徳的危機の問題
編集後記
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京都学派の哲学者であった著者の本格的哲学論考。「近代の超克」を引き継ぐべき著者は、戦後早々に哲学的思索をやめてしまう。その思想の軌跡に迫るための必読書。
【目次より】
第一論文
一、本題名中の『歴史的境位』について
二、本題名中の『実存倫理』について
三、副題名『神人と人神』について
四、収録論文とその成立過程について
五、主体的現象学について
六、全文を反省して
第二論文
第一節 行為的人間
第二節 悲劇の誕生
第三節 悲劇の性格
第四節 悲劇的個体
第五節 悲劇的行為
第六節 ヒュブリスとネメシス
第七節 善悪と運命
第八節 和解とカタルシス
第九節 歴史の悲劇性
第三論文
第一節 黄金時代の想起
第二節 ユートピアの期待
第三節 ゼーノーンの反復
第四節 エピクテートスの克己の倫理
第五節 マールクス・アウレーリゥスの孤高の倫理
第六節 倫理と歴史的現実
第四論文
第一節 苦難の根本義
第二節 倫理と宗教の相剋
第三節 自主性のパラドックス
第四節 苦難の反復
第五節 苦難の超剋
第六節 神人と人神の相即の課題
第五論文
第一節 問題提起
第二節 カントの宗教論の主体的必然性
第三節 敬虔主義と啓蒙主義
第四節 理性的道徳宗教の第一歩
第五節 善悪の主体的相剋とその宿命
第六節 道徳的理念の宗教的理念への転化
第七節 心術の変革
第八節 自由の具現の現実的媒体
第九節 近代的理念の実存的限界
第六論文
第一節 ニヒリズムの到來
第二節 ニヒリズムの道徳的背景
第三節 クリスト教とニヒリズム
第四節 ヘレニズムとヘブライズムの抱合
第五節 近代科学とニヒリズム
第六節 道徳と宗教の亀裂
第七節 人神のニヒリズム
第八節 虚無への虚無
終論
第一節 イエスの弁証
第二節 自由の実存
第三節 愛の弁証法
第四節 受難と悔改の倫理
第五節 使徒対天才
第六節 イエスを師として
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西田幾多郎に師事した哲学者だったが、戦後マルクス主義唯物論者に転向した著者の著作集。全8巻。第一巻は、「自叙伝」である。
【目次より】
目次
序
わが思想の遍歴
まえがき
ロシア語版序文
ロシア語版あとがき エリ・シャフナザロワ
わが思想の遍歴
唯物論十年 続わが思想の遍歴
まえがき
ロシア語版序文
ロシア語版あとがき ペー・フェドセーエフ
唯物論十年
私の人間変革
まえがき
前編 天空にあこがれて
後編 大地に立つ
入党のことば
わが入党の動機
奇跡の友情 モスクワの女性からの手紙
日本のみなさんへ エリ・シャフナザロワ
まえがき
奇跡の友情
柳田謙十郎略歴年譜
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哲学者にしてキリスト教神学者である著者による「理性」と「信仰」をめぐる論考。時に、対立する「理性」と「信仰」はどのような関係にあるのか? 「信仰」は「理性」を超えるものなのかなどを、問い直します。
【目次より】
序
第一章 キリスト教哲学の根本問題
第一節 キリスト教哲学の可能性について
序
(一) 創造における理性と信仰
(二) 堕罪における理性と信仰(イ)
(三) 堕罪における理性と信仰(ロ)
(四) 新生における理性と信仰(イ)
(五) 新生における理性と信仰(ロ)
第二節 キリスト教哲学成立の歴史
序
(一) ギリシャ哲学における理性と信仰
(二) 教父哲学における理性と信仰(イ)
(三) 教父哲学における理性と信仰(ロ)
(四) アウグスチヌスの理性と信仰
(五) 中世哲学における理性と信仰
第二章 時と永遠について
序説
第一節 聖定における時と永遠の位置
第二節 創造における時と永遠
第三節 摂理における時と永遠
(一) 業の契約と時間の構造
(二) アダムの堕罪と時間
(三) 恵みの契約と時間の遠近法
第四節 新約の時と永遠
(一) 新約的時間の遠近法
(二) 終末における時と永遠
結語
「補論」一般史と救済史の関係について
第三章 自然の意味について
序
第一節
(一) ギリシャ的自然観
(二) 中世的自然観
附論 トーマス・アキーナスの自然観
(三) ルネッサンスの自然観
第二節 近世初頭における自然科学とプロテスタント信仰
(一) 予定論と科学(イ)
予定論と科学(ロ)
(二) 第二原因としての自然法則(一)
第二原因としての自然法則(二)
第三節 聖書の自然観
序
(一) 創造における自然
(二) 摂理における自然
(三) 終末における自然
第四章 知性の改善
序
第一節 理性の訓練
(一) プラトンの知識論
(二) 知識形成の基盤としての神と自己の存在認識
第二節 危機に立つ理性
(一) 史学的見方
(二) 社会学的見方
(三) 哲学宗教的見方
結論
「附論」ルネッサンスと宗教改革
附録(一) 自然的秩序と目的論的秩序 カントの目的論の構造と批判
附録(二) カントの目的論における普遍と個物の関係について
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なぜ、人間が作った事や物が、逆に人間を支配するようなことが起こるのだろうか。あらためて、疎外が生み出す問題を哲学的に追究する。
【目次】
はじめに
一 『精神現象学』における「自意識」の研究序説
一 「欲求」の構造
二 「承認」の概念
三 「承認」をめぐる「生死の闘い」
四 「主と奴」(一方的承認)の弁証法
五 「支配と隷属」と現代の問題
二 『精神現象学』における疎外の問題
三 言葉と疎外(その一) マルティン・ブーバーの言語論をめぐって
四 言葉と疎外(その二) ヘーゲルと現代の問題
五 カント哲学の構造と疎外の問題
あとがき
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哲学者であり、キリスト教神学者でもある著者による、新約聖書、原始キリスト教、科学、儀礼や鈴木大拙などについての論集。
【目次より】
序
第一部
一 新約聖書のキリスト論
二 コロサイ人への手紙一・一五―二〇におけるキリスト論について
三 平和の君キリスト エペソ人への手紙二・一四―一八解釈の試み
四 新約聖書における神義論
五 新約聖書における死の理解
六 原始キリスト教における黙示思想 E・ケーゼマンの提題をめぐって
第二部
七 神の知恵と人間の知恵
八 死生観 無常観と被造物感
九 祈りと沈黙
一〇 生と死の彼方へ
一一 科学とヒューマニズム
第三部
一二 日本における福音の理解の可能性
一三 日本におけるキリスト教の将来
一四 インマヌエルの原事実
一五 キリスト教の本質を求めて 石原謙博士におけるキリスト教史学の成立
一六 宗教と儀礼
第四部
一七 カール・レーヴィット先生
一八 石原謙先生の追想
一九 石津照〓博士を追想して
二〇 鈴木大拙先生とキリスト教
二一 真実を求めて歩むキリスト教 小田切信男博士
二二 前田護郎博士 『ことばと聖書』
二三 神田盾夫先生の学風
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哲学者にして宗教学者の著者によるポール・リクールについての研究をまとめた博士論文を刊行したもの。フランス・スピリチュアリスムなどフランスの思想を踏まえ、「自由」や「悪」といった実存的問題も扱う。シモーヌ・ヴェイユの思想もその射程に入れる。
【目次】
序文
第一章 宗教の両義性と宗教的行
一 見えない世界と深さの次元
二 宗教の両義性
三 宗教的行について
第二章 象徴と生の宗教的次元
一 「失われた次元」と象徴の問題
二 象徴の規準
三 象徴と言葉
四 象徴と生
第三章 宗教的言語の特性
緒論
一 宗教的言語と非神話化
二 言語における指示の問題と宗教的言語
三 啓示と原初的宗教言述
四 譬
五 想像力と超越の問題
第四章 想像力と超越の問題
緒論
一 知覚と想像力
二 想像力の超越作用
三 想像力と悪
四 悪と超越の問題
第五章 宗教現象学と解釈学
一 現象学と解釈学
二 宗教現象学
三 象徴の解釈と宗教現象学
四 象徴の非神話化
五 象徴と非神秘化としての解釈
結語 問われてくる幾つかの問題
第六章 諸解釈の葛藤
一 言語の危機と対立する二つの解釈
二 意味の回復としての解釈
三 非神秘化としての解釈
四 解釈と反省
第七章 象徴と自由 「隷属的でない労働の第一条件」について
一 善と必然性の間
二 虚無と想像力と宗教
三 象徴と注意力
第八章 同意の地平
一 情念と隷属意志の構造
二 有限性の哲学的人間学
三 道徳的意識のパトロジー
四 「同意」の地平
第九章 悪の象徴論
一 悪の原初的表現
二 悪の基底的現象としての穢れ
三 悪の二つの側面 悪の神話
四 悪における自由とデモーニッシュなもの
第十章 心身関係における想像力の位置と自由の問題
一 心身の繋がりとその媒介者
二 決断の構造
三 動機としての欲望と想像力
四 決断における注意力と自由の問題
索引
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名著、現代に復活! 世界を滅ぼす一神教の恐怖!!――世界を戦火に巻き込むキリスト教原理主義者=ブッシュ、アメリカの危険を100年前に喝破!!
●松原隆一郎氏「西洋の価値体系を徹底批判」
●被告・キリスト教は有罪です。私はキリスト教に対して、これまで告訴人が口にしたすべての告訴のうちで、もっとも恐るべき告訴をします。どんな腐敗でも、キリスト教以上に腐っているものはないからです。キリスト教は、周囲のあらゆるものを腐らせます。あらゆる価値から無価値を、あらゆる真理からウソを、あらゆる正直さから卑怯な心をでっちあげます。それでもまだ、キリスト教会の「人道主義的」な祝福について語りたいなら、もう勝手にしろとしか言えません。キリスト教会は、人々の弱みにつけこんで、生き長らえてきました。それどころか、自分たちの組織を永遠化するために、不幸を作ってきたのです。
●キリスト教が世界をダメにする
●仏教の素晴らしいところ
●イエスは単なるアナーキスト
●イエスとキリスト教は無関係
●オカルト本『新約聖書』の暴言集
●キリスト教が戦争を招く理由
●キリスト教は女をバカにしている
●キリスト教が破壊したローマ帝国
●十字軍は海賊
●ルネサンスは反キリスト教運動 -
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【内容紹介・目次・著者略歴】
ユダヤ系宗教学者・社会学者マルチン・ブーバー(1878-1965)のシオニズム思想とその後の軌跡を生涯に重ねて読み解く「ブーバー」研究の決定版です。
【目次より】
まえがき
第一部 『わたくしとあなた』(一九二三)の成立過程
第一章 シオニズム
一 モーゼス・ヘス
二 テオドール・ヘルツル
三 アハド・ハーアム
第二章 神秘主義
一 ウィルヘルム・ディルタイ
二 神秘主義の研究
第三章 ランダウアーの社会主義
第四章 ハシディズム
第五章 ローゼンシュトックとローゼンツヴァイクにおける創造と啓示と救済の思想
一 問題
二 ローゼンツヴァイクの問題意識
三 ローゼンシュトックの『応用心理学』(一九一六)
四 ローゼンツヴァイクの『救いの星』(一九二一)
A-一 普遍的思惟の対象としての「神」 A-二 普遍的思惟の対象としての「世界」 A-三 普遍的思惟における「人間」 B-一 実存的対話における「神」 B-二 実存的対話における「人間と人間」 C 終末論的希望に生きる共同体
五 ローゼンツヴァイクとブーバー
第六章 総合の経過
第七章 完成された内容
一 人間と世界との関係
二 人間と人間との関係
三 人間と神との関係
第二部 神と人間との間の霊的現実――一九二四~三八における思想の深化
第一章 新たなる展開の基本方向(一九二四~三〇)
第二章 ナチズムによるユダヤ人迫害(一九三三~三八)
第三章 迫害の中での信仰告白
第四章 迫害の中での成人教育活動
第三部 ブーバーにおけるイスラエルの信仰
序
第一章 モーセ
第二章 ヨシュア デボラ サムエル
第三章 アモス
第四章 ホセア
第五章 第一イザヤ
第六章 エレミヤ
第七章 ヨブ記と詩篇七三
第八章 第二イザヤ
結論
第四部 理想のシオンと現実のイスラエル――一九三八~六五におけるブーバーの生活状況
第五部 哲学的人間学の基礎づけ
序
第一章 基本構想
第二章 「間」の構想
第三章 「神の僕」の信仰
参考文献
小林 政吉
1923年生まれ。宗教学者。東北大学名誉教授。東北大学法文学部文科(教育学専攻)卒業。文学博士。
著書に『宗教改革の教育史的意義』『西ドイツの諸大学における一般教育』『教養と実存と愛 ハーマンからエーブナーまでの問題史的研究』『キリスト教的実存主義の系譜 ハーマンからエーブナーまでの問題史的研究』『ブーバー研究 思想の成立過程と情熱』『人間教育の地平を求めて』『人間教育の深い層 古典としての聖書に学ぶ』などがある。
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【内容紹介・目次・著者略歴】
ブーバー(1878~1965)は、ユダヤ系の宗教哲学者、社会学者である。ユダヤ教の教義に則った、対話によって世界が拓けていくという「対話の哲学」を説いた。本書は、ブーバーの生涯とその思想をまとめたブーバーの格好の入門書である。
【目次より】
第一部 ブーバー 人と思想
はじめに
I 生涯 狭い尾根の道
一 時代的背景
二 少年時代
三 哲学的懐疑
四 大学時代前後
五 フランクフルト時代
六 エルサレム時代
七 使命
II ハシディズム ブーバーの思想的源泉
一 「ハシディズム」への道
二 「ハシディズム」の由来
三 「カッバーラー」との関係
四 「ハシディズム」の特質
五 「ハシディズム」と禅
III われとなんじ 対話の世界
一 対話的思惟の形成
二 根源語
三 人格の問題
四 「われ - なんじ」
五 「われ - それ」
六 「われ - 永遠のなんじ」
IV ユートピアの道 宗教と社会
一 社会的関心
二 政治的原理と社会的原理
三 ユートピア社会主義
四 キブツ
V 神の蝕 宗教と文化
一 文化の問題
二 宗教と現代的思惟
三 悪の様相
四 哲学・倫理
五 教育・精神療法
六 芸術
VI 信仰の二形態 ユダヤ教とキリスト教
一 聖書研究
二 預言者の信仰
三 イエスとパウロ
四 キリスト教との対話
むすび
第二部 ブーバーの精神的背景
I ブーバーとユダヤ精神
II ブーバーとハシディズム
III ブーバーと東洋精神
IV 日本思想とブーバー
付I ユダヤ教におけるメシア理念
付II ボンヘッファー(解説)
略年譜
著書・研究書
あとがき
平石 善司
1912~2006年。哲学研究者。同志社大学名誉教授。 同志社大学文学部神学科卒業、広島文理科大学哲学科卒業。広島大学文学博士。
著書に、『ブーバー』『マルチン・ブーバー 人と思想』『フィロン研究』『キリスト教を学ぶ人のために』(共編)『ブーバーを学ぶ人のために』(共編)など、
訳書に、『ハシディズム ブーバー著作集 3』 『共に生きること 抵抗と服従-獄中書簡(抄)(ボンヘッファー 現代キリスト教思想叢書 6)』などがある。
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【内容紹介・目次・著者略歴】
哲学者・宗教学者ならではの視点から、ヨーロッパのイギリス、ノルウェー、スエーデン、デンマーク、スイス、オーストリア、ドイツ、イタリア、ギリシャ、トルコ、ソヴィエトの各国をめぐり、思索し、名文で綴る。
【目次より】
目次
旅立ち 序にかえて
イギリスにて シベリヤの広野を越えて
ロンドンの街角で
マルクスの墓とキューガーデン
オックスフォード大学とシェークスピアの生地
ワーズワースと湖畔地方
エジンバラ城
シェリフ夫人の高山植物園
エジンバラからニューカッスル港へ
北欧にて
ベルゲンの町とフヨルド(ノールウェー)
ヨーテボリの日本庭園(スエーテン)
デンマークにて
キェルケゴールの墓を訪ねて
コペンハーゲンの風物
アンデルセンの故郷
ジュットランドの丘 キェルケゴールの父の故郷
西ドイツにて
シュトルムの故郷フーズムからハンブルグへ
アムステルダムからデルフトへ(オランダ)
デュッセルドルフ、ケルンからライン河畔へ
ハイデルベルグの哲学者の道
ス イス、オーストリアにて
ハンス・ホルバインの「墓の中のキリスト」(スイス)
スイスの山々
チロルの谷(オーストリア)
ザルツブルクのモーツァルトの生家
ウィーンの宮殿と森
ウィーンの音楽家の墓地
イタリアにて
ヴェニスのゴンドラ
フィレンツェのドゥオーモ
フィレンツェの美術館
アッシジのフランシスの聖堂
ローマの聖ペテロ教会
古代ローマの遺跡
ローマからナポリへ、そしてソレントの夜
ポンペイからアドリア海岸へ
ギリシャ、トルコにて
オリンピアからスパルタへ(ギリシャ)
ミュケナイの遺跡に立つ
アテネのアクロポリスの丘
アルフォイの神殿とオリンポスの山
デルフォイの神殿とオリンポスの山々
ピリピの遺跡
古都イスタンブール(トルコ)
ソヴィエットにて
林の中のトルストイの墓
レニングラードの史跡
ドストイエフスキイの墓の前で
モスクワ風景
トルストイ、ドストイエフスキイの記念館
帰国
あとがき
久山 康
1915~1994年。哲学者、宗教学者。関西学院大学元院長、同名誉教授。京都帝国大学文学部哲学科卒。
著書に、『自然と人生』『現代人と宗教』『近代日本の文学と宗教』『落暉にむかいて』『文学における生と死』『四季折りおりの歌 現代の秀句・秀歌の鑑賞』『人間を見る経験』『ヨーロッパ心の旅』『人に会う自己に会う』など、
訳書に、キェルケゴール『愛は多くの罪を掩ふ』キエルケゴール『野の百合・空の鳥』『キエルケゴールの日記』などがある。
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【内容紹介・目次・著者略歴】
愛とは? 幸福とは? 死とは? 自然とは? 芸術とは? 文学の主題となる哲学的テーマを、芭蕉、漱石から大江健三郎を通して読む。
【目次より】
愛について
一 愛の可能性
二 愛する苦悩、愛しえぬ苦悩
三 罪と蘇生
青春におけるデカダンスとモラル
一 モラルからデカダンスへ
二 倫理意識と人問失格
三 虚無との対決
四 懐疑と信仰
恋愛と幸福と倫理
一 恋愛と幸福
二 恋愛と倫理の形成
三 恋愛と性の問題
四 愛情の持続と倫理
文学における愛の諸相
一 愛の喪失と性 大江健三郎『われらの時代』
二 性による霊肉合一への試み ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』
三 疑似宗教的生と性の純化 三島由紀夫『憂国』
四 芸術に支えられた純愛 高村光太郎『智恵子抄』
五 愛の至福 良寛と貞心尼
自然讃歌
一 自然との対話
二 自然と童心
三 自然のなかの良寛
いのちの泉・読書
一 読書の楽しみ
二 人間の成長と読書
三 短歌の伝統と教養
四 読書による邂逅
死について
一 死について
二 死と詩魂
三 神の創造の極致・人間
四 漱石の自然への道
五 俳聖芭蕉
六 桃の花と霊雲の開悟
戦後派作家の愛の理解の変遷 椎名麟三から大江健三郎まで
一 敗戦への歩み
二 第一次戦後旅文学 椎名、武田、野問
三 第二次戦後脈文学 石原、三島
四 第三次戦後派文学 大江健三郎
人に会う自己に会う
一 川本臥風
二 田辺 元
三 唐木順三
四 橋本 鑑
五 亀井勝一郎
六 西谷啓治
あとがきに代えて(佐々木 徹)
久山 康
1915~1994年。哲学者、宗教学者。関西学院大学元院長、同名誉教授。京都帝国大学文学部哲学科卒。
著書に、『自然と人生』『現代人と宗教』『近代日本の文学と宗教』『落暉にむかいて』『文学における生と死』『四季折りおりの歌 現代の秀句・秀歌の鑑賞』『人間を見る経験』『ヨーロッパ心の旅』『人に会う自己に会う』など、
訳書に、キェルケゴール『愛は多くの罪を掩ふ』キエルケゴール『野の百合・空の鳥』『キエルケゴールの日記』などがある。
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【内容紹介・目次・著者略歴】
20世紀を代表する社会学者のウェーバーによる、儒教と道教をめぐる考察。都市、王、神と社会の関係について考察した興味深い一冊。
【目次】
凡例
第一章 社会学的基礎――その一 都市、君侯、および神
一 貨幣制度
二 都市とギルド
三 近東との比較からみた君侯の行政と神の観念
四 中央君主のカリスマ的司祭的地位
第二章 社会学的基礎――その二 封建的国家と俸禄的国家
一 レーエン制の世襲カリスマ的性格
二 官僚制統一国家の復興
三 中央政府と地方官吏
四 公共の負担――徭役国家と租税国家
五 官吏階級の徴税の一括化
第三章 社会学的基礎――その三 行政と農業制度
一 封建制度と財政制度
二 軍隊制度と王安石の改革の試み
三 国庫的農民保護と、農業に対するその成果
第四章 社会学的基礎――その四 自治、法律、および資本主義
一 資本主義的依存関係の欠如
二 氏族組織
三 村落の自治
四 経済関係の氏族的拘束
五 法の家産性的構造
第五章 読書人身分
一 中国的ヒューマニズムの儀礼偏重主義的、行政技術傾向的性格。平和主義への転化
二 孔子
三 試験制度の発展
四 社会学的な教育類型のうちにおける儒教的教育の地位
五 読書人階級の身分的性格。封建的名誉と学生的名誉
六 君子理想
七 官吏の威信
八 経済政策的見解
九 読書人階級の政敵、スルタン制と宦官
第六章 儒教的生活指針
一 官僚制と教権制
二 自然法と形式的法論理との欠如
三 自然科学的思惟の欠如
四 儒教の本質
五 形而上学の無いことと儒教の内現世的性格
六 『礼節』の中央概念
七 恭順の念(孝)
八 経済心情と、専門家精神の拒否
九 君子理想
十 古典の意味
十一 正統説の史的展開
十二 初期の儒教の悲壮
十三 儒教の平和主義的傾向
第七章 正統と異端(道教)
一 中国における教義と儀礼
二 隠逸と老子
三 道と神秘主義
四 神秘主義の実際的帰結
五 正統と異端との学派対立
六 道教的長寿法
七 道教の教権制
八 中国における仏教の一般的地位
九 呪術の合理的体系化
十 道教の倫理
十一 中国の正統的および異端的倫理の伝統主義的性格
十二 中国における宗派と異端迫害
十三 太平[天国]の乱
十四 発展の結果
第八章 結論――儒教とピューリタニズム
世界宗教の経済倫理 序言
あとがき
ウェーバー、M
1864-1920年。西洋近代について考察したドイツの法学者・経済学者・社会学者。代表作は『仕事としての学問』『仕事としての政治』『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』などがある。
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【内容紹介・目次・著者略歴】
神とは何か? 哲学、現代思想、スコラ学、近代経験主義、神秘主義、人間中心主義、形而上学などのさまざまな視点から、検討する。
【目次より】
「長崎純心レクチャーズ」について 片岡千鶴子
まえがき
第一日 経験と神
はじめに 神は「問題」となりうるか
哲学と神
現代思想と神
「反哲学」
「少数派」の見解?
「経験」と「存在」
神を問題とすることへの異論
「神について考える暇はない」
スコラ学的「討論」
異論
「反対異論」
「神の死」
「神の死」は自明のことであるか
哲学と神学の分離?
「神の死」をひきおこしたもの
近代は人間を解放したのか?
「経験」の意味
「存在」の意味
経験と「経験主義」
経験の「経験的」理解
「開かれた」経験
質疑応答
第二日 神と存在
「存在」の捉えにくさ
経験は神の探求を排除しない
神の探求と存在論
「否定神学」
「神秘主義」
「不可知」と「測り尽くしえない」
「人間中心主義」
「存在」をめぐる通念的理解
「存在忘却」
「存在」にたいする問い
「存在」への問いと「人間的」思考
「西洋的」思考?
人間の認識における「神的」要素
神的創造の視点
形而上学と偶像礼拝
「存在の類比」の問題
「存在」と「愛」 ペルソナの存在論
質疑応答
第三日 理性と信仰
はじめに 理性と信仰の問題
自由 真理 信仰
「哲学者の神」
パスカルと「哲学者の神」
デカルトと「哲学者の神」
パスカルにおける理性と信仰
理性と信仰 総合の試みとその破綻
トマスにおける理性と信仰の総合
「学」としての神学の問題
「存在」の神と「愛」の神
『神学大全』の構造
近代における理性と信仰との分離
回勅「信仰と理性」
神を「問題」にすることは可能か
神を「問題」にすることは人間にとってふさわしいことか
「神のかたどり」としての人間
質疑応答
資料
第一日
第二日
第三日
注
あとがき
稲垣 良典
1928年生まれ。東京大学文学部卒業。アメリカ・カトリック大学大学院哲学研究科にてPh.D.を取得。文学博士(東京大学)。九州大学名誉教授。専門は中世スコラ哲学。『神学大全』翻訳で第67回毎日出版文化賞、『トマス・アクィナスの神学』および『トマス・アクィナス 「存在」の形而上学』で第27回和辻哲郎文化賞をそれぞれ受賞。
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【内容紹介・目次・著者略歴】
存在するとはいかなることか? 正義、幸福、愛、死、人間存在を徹底的に問い直した哲学的な考察。
【目次】
はしがき
1 哲学と人間存在
2 「ないものから何ものも生じない」
3 フェシスとノモス
4 人間は万物の尺度か
5 「汝自らを知れ」
6 正義の本質
7 正義と幸福
8 死後への希望とその根拠
9 愛に関する最古の哲学
10 プラトンのエロス論と『パイドロス』の主題
11 「学ぶ」ことの可能根拠
12 哲学の使命
あとがき
文献目録
ペレス、フランシスコ
1922年生まれ。上智大学名誉教授。神学者。
著書に、『存在への問い 哲学の原点に根ざして』『存在の理解を求めて 形而上学入門『中世の社会思想』『人間の真の姿を求めて 存在をめぐる対話の断片』『悪の形而上学』などがある。
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【内容紹介・目次・著者略歴】
心とは何か? 機能主義、経験主義、超越性、プラグマティズム、大脳生理学など、「心」をさまざまな角度から、検証する画期的な書。真理、経験、霊魂、超越的経験、実在、意識、宗教、神秘、偶然などなど。われわれの「心」の不思議に迫る。
【目次】
序
第一部 「思考の流れ」の成立から「純粋経験」へ
第一章 意識と物質の存在論
第二章 心粒子と「思考の流れ」
第三章 純粋経験の特徴と問えない領域
第二部 「経験」と心の形而上学的諸問題
第一章 自我の内なる視線と意識流
第二章 機能主義と意識、自我 プラグマティズムの視線
第三章 機能から経験の実在論へ
第四章 内的特性の位置
第五章 「新しさ」の形而上学
第六章 「この私」はなぜ存在するに到ったか
第七章 「私」枠と存在の「神秘」 経験への回帰によるその「解決」
第八章 「この私」の唯一性とその消去
第三部 超越的経験と心の形而上学的諸問題
第一章 超越的経験とその理解
第二章 心の存在と真理概念
第三章 心と霊魂 意識の辺縁から心霊研究へ
第四章 純粋経験と空の経験
第五章 虚無の根拠の無効化 純粋経験への途上にある具体的条件
第六章 純粋経験と空の理解
冲永 宜司
1969年生まれ。哲学者。帝京大学教授。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。専門は、哲学、宗教哲学。
著書に、『無と宗教経験』『始原と根拠の形而上学』などがある。
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【内容紹介・目次・著者略歴】
「神の創造したこの世に何故『悪』が存在するのか?」古今東西の文学者、宗教家、哲学者たちは、この難問の解明に挑み続けてきた。本書は、真と善を存在の普遍的な属性と見なし、理性的絶対者が万物の究極的根源であると考える形而上学の立場から、人間の経験の枠を越える決定的な悪の可能性とその存在理由を深く考察し、悪の根本的解決の核心に鋭く迫る問題作。
【目次より】
第二版に際して
はしがき
序論
第一部 予備的考察
一章 問題提起
二章 一般的な疑問
一 哲学的検討の正当性
二 エピクロスのジレンマ
三 神と人間の道徳律
四 積極的な理解の探求
五 神の全能について
六 ありうべき最善の世界
三章 悪の本質と存在理由についての予備的考察 人工的なものの場合
第二部 生物の諸種の悪とその存在理由
四章 動植物の自然的悪
五章 人間の被る自然的悪
六章 他人の不正による不必要な悪
第三部 罪悪とその存在理由
七章 罪悪の本質
八章 罪悪の存在理由
九章 決定的悪の可能性
十章 決定的悪の存在理由
むすび
付録一 戦争という悪について
付録二 決定的悪の解釈と人間観の根本的相違
文献目録
ペレス、フランシスコ
1922年生まれ。上智大学名誉教授。神学者。
著書に、『存在への問い 哲学の原点に根ざして』『存在の理解を求めて 形而上学入門『中世の社会思想』『人間の真の姿を求めて 存在をめぐる対話の断片』『悪の形而上学』などがある。
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【内容紹介・目次・著者略歴】
明治中期以後の日本の宗教哲学の歩みを、代表的な思想家の著作を通して明らかにし、宗教哲学という学問が、わが国においていかに成立し、展開したかをたどり、現代の日本における多様な宗教現象を検証する。
【目次より】
はしがき
序説 宗教哲学の立場
第一章 宗教哲学の成立
第二章 西田幾多郎の宗教哲学
第三章 波多野精一の宗教哲学
第四章 実証的研究の成立と展開
第五章 田辺元の宗教哲学
第六章 西谷啓治の宗教哲学
第七章 回顧と展望 宗教哲学の課題
宗教研究関係著作年表
あとがき
石田 慶和
1928年生まれ。哲学者、宗教学者。龍谷大学名誉教授。初代仁愛大学学長。京都大学文学部哲学科宗教学専攻卒業、同大学院哲学学科修了。文学博士(京都大学・論文博士)。専門は、親鸞の思想。
著書に、『親鸞法語私釈 現代の真宗6』『涅槃経に聞く』『親鸞の思想』『宗教と科学・ニヒリズム』『親鸞「教行信証」を読む』『親鸞聖人と現代』『生きることの意味 ― 現代の人間と宗教』『日本の宗教哲学』『浄土の慈悲』『歎異抄講話』『これからの浄土真宗』『教行信証の思想』などがある。
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【内容紹介・目次・著者略歴】
キリスト教は、日本の近代文学にどのように関係しているのか? 芥川、堀辰雄、大岡昇平、宮澤賢治、中原中也、遠藤周作などを検証する。
【目次より】
序
I
芥川龍之介
宗教と文学とにおけるひとつの問題
吉本隆明の「マチウ書試論」をめぐって
叛逆の倫理
堀 辰雄
「芥川論」をめぐって
「菜穂子」をめぐって
遠藤周作の「堀辰雄論」をめぐって
中原 中也
「朝の歌」をめぐって
「冬の長門峡」をめぐって
大岡昇平の「中原中也論」をめぐって
II
感想
堀辰雄のこと
二つの作品の間で 「アルトナの幽閉者」と「海鳴りの底から」
宮沢賢治管見 「雨ニモマケズ」論争をめぐって
あとがき
佐藤 泰正
1917~2015年。日本近代文学研究者、文芸評論家。元梅光学院大学学長。早稲田大学文学部卒業。文学博士(早稲田大学)。
著書に、『蕪村と近代詩』『近代日本文学とキリスト教・試論』『文学と宗教の間』『日本近代詩とキリスト教』『文学その内なる神 日本近代文学一面』『近代文学遠望』『夏目漱石論』『佐藤泰正著作集(全12巻別巻1)』『中原中也という場所』『文学講義録 これが漱石だ。』『文学の力とは何か』などがある。
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「近代仏教」とはなにか? 「伝統(あるいは古典)仏教」とはなにか?
十九世紀以来の欧米やアジア各地の仏教をみると、共通する同時代的な特徴がある。仏教は近代になって、グローバル化したのである。その中で、日本の仏教も大きな変化を被った。
浄土系の思想を、清沢満之の思想を見直し、その弟子である曽我量深の初期思想の持つ可能性を検討した。また、近代日本の親鸞理解に大きな影響を与えた倉田百三の親鸞理解の特性を検証し、後年の倉田のファシズムへの傾倒の必然性を示した。
日蓮系の思想にもっとも影響力の強かった田中智学を検討し、一見国家主義的と見られるその国体論が、じつは仏教と国家の間の矛盾に揺れていたことを解明する。
また、戦後の創価学会の価値観を思想的に明確にしようとした松戸行雄の凡夫本仏論について検討し、世俗化の進む現代社会の中での仏教思想のあり方を考察した。
近代における禅思想を代表する鈴木大拙は、その評価が全面賛美か全面批判かの両極に分かれている。一批判すべきところと評価すべき点に検討を加えた。キーワードは、「日本的」と「中国的」との対比である。
そして、近代の仏教研究の問題点を、二点に絞って検討する。日本史学者として著名な家永三郎の日本仏教の扱い方を、批判的に検討してみた。また、日本では大乗仏教が優れているということが常識のように考えられているが、そこに問題がないかということを、宮本正尊という一学者の説の展開を中心に追ってみた。
私たちの仏教のイメージが、明治以降にどのようなプロセスを経てきたのかを解明し、昨今の仏教研究の基礎を知るための一冊でもある。
*本書は、『思想としての近代仏教』(中公選書)を底本にし、「仏教方法論と研究史」「近代における仏教辞典の編纂」「大乗仏教の実践--研究状況をめぐって」を割愛し、改題をした。
【目次より】
序章 伝統と近代
I 浄土思想の近代
第一章 清沢満之研究の今――「近代仏教」を超えられるか?
第二章 宗派の壁は超えられるか
第三章 迷走する親鸞
第四章 愛の求道者――倉田百三
II 日蓮思想の展開
第五章 国家・国体・天皇と日蓮思想――田中智学を中心に
第六章 世俗化と日蓮仏教――松戸行雄の「凡夫本仏論」をめぐって
III 鈴木大拙と霊性論
第七章 大拙批判再考
第八章 鈴木大拙における「日本的」と「中国的」――『日本的霊性』を中心に
IV 日本仏教と大乗仏教
第九章 家永三郎と戦後仏教史学
第十章 大乗非仏説論から大乗仏教成立論へ――近代日本の大乗仏教言説
終章 今、近代仏教を問う -
キェルケゴールがいなければ、ウィトゲンシュタインは『哲学探究』を書けなかった!
西洋哲学の地下水脈を探査する、渾身の思想ドラマ!
「実存」とは、不安や孤独、絶望のなかで、主体的に自己のあり方を自由に決断する人間のことだ。その概念の創始者キェルケゴールは、死後五〇年を経て、ハイデガー、ヤスパース、サルトルらに再発見された。しかし、ソクラテスに連なる〈実存哲学〉の真の後継者は、意外なことにウィトゲンシュタインだった――。
哲学者たちの著作や日記から、彼らの人生を丹念にたどり、キェルケゴールの真意がウィトゲンシュタインの哲学に昇華するまでの軌跡を鮮やかに描き出す。理論ではなく、生き方の根幹に関わる哲学がここにある!
【目次】
プロローグ
凡例
キェルケゴール著作年表
第1部 哲学史の中のキェルケゴール
第1章 実存哲学について
第2章 実存哲学とキェルケゴール
第2部 キェルケゴールの〈実存哲学〉
第1章 〈実存哲学〉遠望
第2章 キェルケゴールの〈実存哲学〉
第3章 著作家活動――〈実存哲学〉の具現
第4章 〈実存哲学〉とソクラテス――「誠実さ」の概念
第5章 〈実存哲学〉と実存哲学
第3部 〈実存哲学〉の系譜――キェルケゴールからウィトゲンシュタインへ
第1章 『論理哲学論考』期
第2章 中間期
第3章 『哲学探究』期
第4章 『哲学探究』とキェルケゴール――〈実存哲学〉の系譜
エピローグ
注
あとがき
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