『エッセイ、横尾忠則(文芸・小説、新書)』の電子書籍一覧
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90歳を迎える現代美術家は、どう「老い」を受け入れているのか。極度の難聴で負ったハンディキャップを「面白い!」と言い切り、難問にぶつかれば「しゃーないやんケ」とすぐに諦め、「何もしない」ことの効能を説いたと思えば、世間の「人生百年時代」という風潮には抵抗する――。とにかく生きるも死ぬも運命に翻弄されるのが面白い。その潔い言葉に触れるだけで心が楽になる、「身をゆだねる生き方」の美学。
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「昨日、今日、明日、明後日、明々後日、弥の明後日」
――88歳、横尾忠則、五年間の記録が生む“時間”の感触――
横尾忠則が綴った日々が、本になる。
2019年12月から2024年12月までの5年間、彼が見たこと、感じたこと、考えたことが、瑞々しい感覚と独特の脱力感をもって記録された。
そのタイトルも、「昨日、今日、明日、明後日、明々後日、弥の明後日」。
まるで、時間がずっと続いていくことを肯定するような、どこかとぼけた響きをもった言葉が並ぶ。
日記という形式は、時に内省的で、時に奔放で、書く者のそのままの姿を映し出す。
横尾忠則の日記もまた、そうした飾り気のない日々の断片の積み重ねだが、そこには彼ならではの“軽さ”がある。
それは、年齢を重ねることによる重厚さとは真逆の、肩の力の抜けた自由な視線。
88歳になってなお、彼の言葉は老成することなく、むしろ軽やかに時間の中を泳いでいく。
芸術、日常、健康、夢、死――ありふれたことから深遠なことまでが、思いつくままに記されている。
しかし、それらは決して深刻ではなく、どこかゆるやかで、気負いのないものばかりだ。
「まあ、そんなこともあるよね」とでも言うような、あるいは「それが人生ってもんじゃない?」と肩をすくめるような、そんな空気が漂う。
この日記を読んでいると、時間の流れに逆らわず、ただ“いま”を生きることの心地よさが伝わってくる。
私たちは、未来に急ぎすぎているのかもしれない。何かを成し遂げなければ、何かを証明しなければと、つい肩に力が入ってしまう。
けれども、横尾忠則の言葉に触れると、その焦燥感がふっと和らぐ。
昨日があり、今日があり、明日がある。そしてその先に、明後日や明々後日、弥の明後日がある。ただそれだけで、時間は流れ続けていく。
この本は、読者に“生き急がなくていい”という安心感をくれる。
力を抜いて、流れに身を任せても大丈夫なのだと、横尾忠則のまなざしがそっと教えてくれる。
今、この瞬間を生きることの豊かさを、ただ静かに、けれども確かに感じさせてくれる一冊である。 -
世界的画家が88歳になって到達した境地!
飽きることは、「自由になる」こと
世界的画家は新鮮に飽きるために人生で遊ぶー山田詠美(作家)
好奇心も意欲も、変な欲望もなく、ぼんやりと日向ぼっこをするような生き方こそ老齢の贅沢な生き方ではないだろうか。まるで人生にも飽きたような生き方である。(本文より)
『飽きる美学』では、横尾忠則が「飽きる」という現象を美学として捉え直し、日常の単調さや退屈さえも価値あるものとして描きます。
彼は、飽きることによって見えてくる新たな創造性や自由、そして精神的な豊かさに焦点を当てています。
各章で横尾は、自然体で生きることの重要性、病気や老いを自然な現象として受け入れる態度、そして生と死が織りなす永続的なサイクルへの洞察を提供します。
彼はまた、猫や芸術作品の魅力を通じて、生活における遊び心や創造的な余白の必要性を説いています。
横尾にとって「飽きる」という状態が、実は最も積極的で創造的な選択であるとし、これを通じて読者に自己の内面と向き合う機会を促しています。
この作品は、現代人が忘れがちな「飽きる」という感覚の中に潜む、深い美学と哲学を探る試みです。
目次
第一章 ありのままに生きる
第二章 何も考えず、何も求めない
第三章 病気と健康はなるようになる
第四章 生と死に境目はない
第五章 猫という不思議な存在
第六章 芸術とは何か
第七章 人生はずっと遊び -
「人生は軽やかでなければならない。そして単純でなければならない。絵も同じ」「子どもは遊びに熱中すると、他のことを何も考えなくなって無心になる。僕はそういう状態で絵を描きたいと思っています」。老いと病を軽やかに超越し、創造の世界に日々、向き合う。アートの先駆者で87歳の美術家が語る、描くこと、生きること。
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ワールドワイドに活躍する美術家が80歳を超えてなお創作する心の軌跡を、想定外の半生を振り返り綴ったエッセイ集。講談社エッセイ賞受賞作。
【目次】
1 宿命に気づく時
2 肉体が感得するもの
3 鍵の在処
4 観察の技法
5 波乱の始まり
6 想定外の連続
7 買書の心得
8 三島由紀夫の冷静
9 地獄と天国のジェットコースター
10 インドからの呼び声
11 小説と画家宣言
12 「ディオニソス」の饗宴
13 ラウシェンバーグの軽やかな芸術
14 滝のひらめき
15 運命を手なずける
16 映画の手がかり
17 少年文学の生と死
18 言葉を離れる
19 自分の中の革命 -
美アートは肉体だ! 84歳にして旺盛な創作を行う「全身芸術家」の濃密な日常.
大病にも負けず、自粛にも負けず、飼い猫のことを心配し、夢と現実のあわいを往還しながら、休むことなく書かれた1498日の記録.
本書に登場する主な人々(夢も含む)--
オノ・ヨーコ、岡田准一、香取慎吾、細野晴臣、糸井重里、瀬戸内寂聴、保坂和志、山田詠美、平野啓一郎、小澤征爾、山田洋次、黒澤明、石原裕次郎、谷崎潤一郎、三島由紀夫、デヴィッド・ボウイ……
〈人間は未完で生まれて、未完で生きて、未完で死ぬ。それで結構〉 -
横尾忠則は、生の光も陰もまるごと肯定する。
宗教ではない、それはアートだけに可能な教えだ。
浅田彰(批評家)
魂を解放せよ
自由を獲得するためには、こだわりを捨てること、
遊びの精神を忘れないこと、言葉に縛られないこと、
頭でなく身体の言うことを聞くこと、
すなわち、アホになることである。
アホになることは容易ではない。
横尾忠則のここ20年間の代表的な著作や対話、
Twitterなどから厳選した、自由に生きるための言葉集。 -
「完璧さは求めない。 次に進むためにはむしろ未完であることが重要です」「アイデアはこねくりまわさない。 大勢の価値観にあてはめると、ロクなことにならないから」 80歳を迎え、なお旺盛な活動を続ける美術家・横尾氏が自らの創作活動、老いとの向き合い方、幸福な人生について語り下ろす。
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「ぼくは死後の世界も来世も信じている」横尾忠則のこの想いは、インド旅行の体験でさらに深まった。そこには、人間と自然の理想的な交流があったのだ。以来、彼の作品世界は反文明的な方向へ変わっていった。仕事や家庭、旅や交友の場での感動や感慨を綴る。70年代前半の横尾忠則の全存在をたたみこんだエッセイ集。
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全国各地の禅堂を訪ね歩き、自ら坐禅修行に就いて、自己を探る体験記。総持寺、永平寺、青苔寺などに参禅して、苦行のなかから自由・無・宇宙の真髄を把えなおす。すべての先入観を捨てて、即実践から新しい自己解放をなしとげようとした、貴重な記録がここにある。正直な参禅の告白に誰もが感動を覚える。
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