『歴史、講談社学術文庫(実用、文芸・小説)』の電子書籍一覧
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講談社創業100周年企画として2004年~05年に出版された全集「中国の歴史・全12巻」の学術文庫版が、いよいよ刊行開始。本全集は、2014年には中国で、2016年からは台湾で翻訳出版され、そのレベルの高さと視点の新しさから累計で150万部を超えるベストセラーになっている。
待望の文庫化、第1回配本は、第1巻と第2巻の同時配本。第1巻では、長年、中国での遺跡発掘を手掛けてきた著者が、「三皇五帝」や「盤古伝説」などで知られる中国の神話の表す史実を探り、「夏王朝」「殷王朝」の謎に迫る。
中国の古代文明といえば、かつては「黄河文明」を指したが、現在では、長江流域をはじめ、各地の多様な自然環境から展開した多元的な古代文明と理解されている。現在の中国のさまざまな地域社会や風土を考える際にも、こうした先史時代から続く地域文化の脈絡を無視できないのである。約1万年前の新石器時代、南北の文化地帯の周縁でアワ・キビ農耕や稲作農耕が生まれ、そこから牧畜型農耕社会と遊牧社会が分離し、さらにその周辺には狩猟採集民が存在した。こうした基本的生活様式が誕生した中から、いかにして初期国家が生まれたのか。最古の王朝とされる夏王朝と二里頭文化の関係とは――。
文庫化にあたり、原本刊行後の重要な遺跡と発掘成果を大幅に加筆。〔原本:2005年、講談社刊〕 -
合戦だけが戦いではない。
列島に統一権力なき時代、地域国家の主権者として割拠した戦国大名たちは、軍事同盟や国境再編、自治勢力「国衆」との関係構築の成否に自らの存立を懸けた。それはまさに外交と呼ぶべき営為であった。交渉者「取次」が奮闘し文書が飛び交う、「現場のリアル」を描き出す、戦国史研究の精華!
【本書より】
なぜ、武田信玄と北条氏康は、直接面会して和睦交渉を行わなかったのであろうか。これは、現在の外交儀礼と比較するとよくわかる。現代においても、外交交渉というものは、外交官が事前に予備交渉を行い、大筋の話をまとめたうえで、外務大臣や国家元首が対談し、協議事項に合意をするという手順を踏むのが一般的であろう。これは戦国時代においても変わりはない。
この時の武田・北条両国は、敵対関係にあった。したがって、いきなりトップである戦国大名同士が交渉することには慎重にならざるをえなかった。そこでまずは、大名の家臣同士が交渉の細部を詰め、それを踏まえて大名が直接書状をやりとりする、という手順を踏んだのである。
こうした外交交渉を担当する家臣は、史料用語で「取次(とりつぎ)」「奏者(そうじゃ)」「申次(もうしつぎ)」などと呼ばれる。いずれも交渉内容を大名に取り次ぐ、執奏する、申し次ぐ人物という意味である。ただし、このうち「奏者」「申次」という言葉は、目下から目上への言上内容を披ひ露ろうする役割を担う側近家臣を指す用語で、対等な戦国大名同士の外交を担当する家臣を呼ぶには相ふ さわ 応しくない。このなかでは、「取次」という言葉が一番上下関係を表すニュアンスが少ない。そこで筆者は、戦国大名の外交担当者を、単に「取次」ないし「外交取次」と呼んでいる。この取次という存在が、いってみれば戦国大名の「外交官」の任を果たしたのである。
【主な内容】
序章 戦国大名という「地域国家」
第一章 外交の作法
第二章 外交による国境再編
第三章 外交書状の作られ方
第四章 取次という外交官
第五章 戦国大名の使者
第六章 外交の交渉ルート
第七章 独断で動く取次
第八章 取次に与えられた恩賞
終章 戦国大名外交の行く末
補注
補論一 武田・徳川同盟の成立と決裂
補論二 外交から考える本能寺の変
補論三 取次の失態が招いた小田原合戦
主要参考文献
あとがき
学術文庫版あとがき
索引 -
1840年――日本で天保の改革が行われていた頃、イギリスで誕生した小さな紙片が、世界の通信網を一気に変えた! 発売初日に410万枚も売れた「ペニー・ブラック」伝説。東欧で大ブレイクしたヌード切手の謎。19世紀末に、毎週5万フラン(当時の大英博物館館長の年俸10年分)もの大金をつぎこんだ、オーストリアの貴族蒐集家。12歳の少年が売った1セント切手が50年後に1億円相当に高騰するオークションのからくり。ドイツ独裁時のヒトラーの切手と崩壊後の顛末や精巧な贋作から幼稚な偽物まで玉石混合、切手偽造名人列伝まで・・・・・・。奇跡・珍事の数々や、ユニークなアルミ金箔、異形デザイン紹介など、切手を愛し、蒐集に生涯を捧げた暦学者による、ユニークかつ白眉の切手学・入門書。
「趣味の王者・王者の趣味」といわれた、切手の歴史と魅力を網羅する!
(撮り下ろし図版も満載!!)
★国王の顔に消印禁止! イタリア
★なぜ天地逆? 逆刷500文切手の妙 日本
★世界一優雅で繊細な凹版切手 オーストリア
★名画に加筆…切手と著作権をめぐる事件 アメリカ
★0が17桁! インフレ切手に窮余の策を ハンガリー
三角、八角、ダイヤ型、金箔にアルミ箔まで…変形、珍素材切手も大集合!
本書の原本は、1976年10月、講談社より刊行されました。
文庫化にあたり、底本切手画像の劣化を解消するため、解説者・田辺龍太氏の私物撮影を施しました。 -
◆◇自由に生きるって、こういうことなんだぜ!◇◆
儒教の権威が失墜し、政治社会が揺れ動くアナーキーな魏晋時代、自由闊達な思想が炸裂した!
詩を詠み、議論を戦わせ、楽器をかき鳴らし、そして心ゆくまで痛飲し、葛藤を抱えながら己の思想を貫こうとした彼ら。
権力に睨まれ刑死した者あり、敢えて世俗にまみれた者あり、いずれも激烈に生きたその群像を、シャープな筆致で簡明に描ききる!
中国史、中国思想に興味のあるものならば、「竹林の七賢」と彼らがおこなった「清談」というものについて、強い印象がのこっているだろう。
しかしながら、彼らがどのような背景をもつ思想家で、どのような知的交流をしたのか、具体的なことを知っているだろうか?
政治・社会が流動し価値観が変わりゆく時代にあって、それぞれの切実さをもって己の思想を生きた彼らは、いずれも「世俗を離れた、純粋な知的探求者」という一面的な見方ではとうてい捉えきれない思想家たちであった―
彼らの人間くさい生き様と、為した仕事のエッセンスを知る、とてもコンパクトで、楽しい一冊。
【本書「はしがき」より】
七人の人物が「竹林の七賢」という一つのグループにまとめられはしたものの、そのなかにはさまざまのタイプの人間が含まれていて実に個性豊かである。それだけではなく、一人の人間についても、その性向と行動とが一見すると矛盾するかのように思われる場合すらないではない。その点においてもまた、儒教が唯一絶対の価値の源泉であった漢代とは異なって、価値が多様化した魏晋の時代の一つの指標をみとめることができるのだが、「竹林の七賢」の面々は、ある場合には文学作品や哲学論文によって、ある場合にはそのライフ・スタイルによって、それぞれに強烈でしたたかな自己主張を行なったのである。
*本書の原本は、1996年に『風呂で読む 竹林の七賢』として世界思想社より刊行されました。 -
様々な学問分野を自由に越境し、「知ることの楽しさ」を生涯発信し続けた<知の道化師>、山口昌男。その学問の真髄とも言える「アフリカ」研究を、丸ごと1冊・通史に編纂。思いがけなくも豊かなアフリカの相貌、実験的とも言える日本との対比、自身が描いたスケッチや、貴重すぎる図版を193点も掲載! 彼の地で暮らし、深い人脈を得た泰斗だからこそ書けた本作は、参考文献すらただの文字情報に終わらない、圧巻の充実ぶり。没後10年。今こそ、目からウロコのアフリカ通史を、吟味する!
*本書は、『世界の歴史 第6巻 黒い大陸の栄光と悲惨』(講談社 1977年)を改題したものです。
目次
はじめに 人類史とアフリカ
1 アフリカの古代世界
1)アフリカにおける人類の起源
2)アフリカの古代的世界
3)黎明の輝き・
4)サヴァンナの帝国
5)東アフリカの王国
6)アフリカの王権文化――そのパラダイム
2 大発見の神話学
1)プレスター- ジョンの王国を求めて
2)アフリカの「黄金伝説」――ジンバブウェ遺跡とモノモタパ
3)探険ラッシュの世紀
3 伝統国家の栄光
1)草原の覇者たち
2)古都の盛衰
3)奴隷の故郷
4)アフリカと奴隷貿易
4 東海岸――交易都市の繁栄
1)世界へ開かれたアフリカ
2)制海権をめぐる争い
5 南アフリカのナポレオンたち
1)南アフリカの原住民たち
2) 南アフリカの清教徒たち
3)シャカ王のズールーランド
4)スワジ王国
5)バストランドのモシェシュ王
6)ムジリカジのンデベレ
6 ヨーロッパによる仮死
1)ヨーロッパ列強のアフリカ分割
2)開拓者たちの運命
3)アフリカ侵略の二つの型
4)セネガルーー仏領アフリカの優等生
5)最後の抵抗者サモリ= トゥレ
7 再生への胎動
1)マフディー運動
2)キリスト教的反抗
8 試行錯誤の現代史
1)両大戦間のアフリカ
2)エティオピアの反抗
3)第二次大戦後のアフリカ
4)コンゴ動乱
5)ナイジェリアの内戦
6)アンゴラの独立と内戦
おわりに
参考文献
年 表
図版参考資料一覧
索 引
解説 今福龍太 -
歴史を彩る「英雄」は、どのように語り継がれ、創作され、人々の記憶と歴史認識のなかに定着してきたのだろうか。特に、政争や戦乱の敗者が伝説を介し、復活し、再生する過程を、中世から近世、近代への長いスパンでたどっていく。その「蘇り方」は決して直線的ではなく、多くの屈折と虚像を伴うが、その道筋を追うことが、新しい歴史学の楽しみとなる。
たとえば、安倍晴明のライバル蘆屋道満や、酒呑童子退治の坂田金時ら、実在の疑わしい英雄は、歴史のなかでどのようにリアリティーを吹き込まれていったのだろうか。
そして、平将門や菅原道真らの怨念への畏怖が語らせる「敗者の復活」。坂上田村麻呂や藤原利仁、源頼光に託された、「武威の来歴」の物語。鎮西八郎為朝や源義経が、西国や東北、さらに大陸へと伝説を拡大させた「異域の射程」。本書はこれらを三つの柱とし、伝説のなかに中世史の再発見を試みる。江戸の浄瑠璃や歌舞伎、往来物から、近代の国定教科書まで、伝説の変貌の過程から「歴史の語られ方」を豊かに汲み上げる。〔原本:『蘇る中世の英雄たち――「武威の来歴」を問う』中公新書、1998年〕 -
「やーい、お前の母ちゃん、でべそ!」 誰もが耳にしたことがありながら、よく考えると意味不明なこの悪口。そこに秘められた意味とは? ありふれた言葉を入り口に、今は遠く忘れ去られた日本の姿が、豊かに立ち上がる。 「お前の母ちゃん…」のような悪口が御成敗式目にも載るれっきとした罪であり、盗みは死罪、犯罪人を出した家は焼却処分、さらに死体の損壊に対しては「死骸敵対」なる罪に問われれた中世社会。何が罪とされ、どのような罰に処せられたのか。なぜ、年貢を納めなければ罰されるのか。それは何の罪なのか。10篇のまごうかたなき珠玉の論考が、近くて遠い中世日本の謎めいた魅力を次々に描き出す。 稀代の歴史家たちが、ただ一度、一堂に会して究極の問いに挑んだ伝説的名著、待望の文庫化!(原本:東京大学出版会、1983年)解説(桜井英治・東京大学教授)より本書を通じてあらためて浮き彫りになるのは、中世社会が、現代人の常識や価値観では容易に解釈できない社会だということ、つまりそれは私たちにとって彼岸=異文化にほかならないということである。……日本中世史研究がまばゆい光彩を放っていたころの、その最高の部分をこの機会にぜひご堪能いただきたい。【主な内容】1 「お前の母さん……」 笠松宏至2 家を焼く 勝俣鎭夫3 「ミヽヲキリ、ハナヲソグ」 勝俣鎭夫4 死骸敵対 勝俣鎭夫5 都市鎌倉 石井 進6 盗 み 笠松宏至7 夜討ち 笠松宏至8 博 奕 網野善彦9 未進と身代 網野善彦10 身曳きと“いましめ” 石井 進討論〈中世の罪と罰〉 網野善彦・石井進・笠松宏至・勝俣鎭夫あとがき 笠松宏至あとがきのあとがき 笠松宏至文献一覧解 説 桜井英治
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バビロン第1王朝第6代の王ハンムラビ(在位前1792-前1750年)は、内政に力を注いだあと、治世29年頃から近隣諸国の征服に乗り出し、小さな都市国家の中心にすぎなかった王国を拡大して、治世37年頃までにはバビロニアを統一し、メソポタミアの北部の一部を含む大王国を築き上げた。ハンムラビ法典は、この大事業が完成したあと、ハンムラビ王の命令で編纂されたものである。
ハンムラビ法典は、長らく「世界最古の法典」とされていたが、ウル第3王朝の創設者ウルナンマ(在位前2112-前2095年)が作らせたウルナンマ法典やイシン王国のリピト・イシュタル法典、ハンムラビ法典よりやや古いエシュヌンナ法典などの断片が発見され、現在ではこれらの法典の伝統を受け継いでできあがったものだと考えられている。
ハンムラビ法典碑は、1901年から02年にフランスの発掘調査隊によってエラムの旧都スーサ(現在のイランの南西部)で発見され、現在はパリのルーヴル美術館に収蔵されている。法典碑のオリジナルがほぼ完全な形で残っているのはハンムラビ法典だけである。さらに数多くの写本が残っており、当時の書記(学者)たちが盛んに書写したことが想像される。そこでは裁判、犯罪、被害者の救済、兵士、社会構成、農業、商業、結婚、家族、遺産相続など、さまざまな事例が扱われており、ハンムラビ法典は当時の社会を反映する重要な史料として、揺るがぬ価値を持ち続けている。
本書は、「目には目を、歯には歯を」という同害報復の規定でも知られるこの貴重な記録を全訳するとともに、読解を助ける訳注はもちろんのこと、各条文についての詳細な「注解」、時代背景の説明を含む懇切な「訳者解説」をも併載した、碩学による偉大な訳業である。単行本として刊行された旧版を全面的に改訂し、初めての文庫版として生まれ変わった本訳書は、不滅の輝きを放ち続けるだろう。
[本書の内容]
ハンムラビ法典
注 解
訳者解説
1 ハンムラビのカタカナ表記について
2 ハンムラビとその時代
3 ハンムラビ法典とは何か
4 王碑文としてのハンムラビ法典
5 判決集の配列
6 ハンムラビ法典碑と諸写本
7 ハンムラビ法典以前の諸法典
8 古代メソポタミアの法形式
付 論
1 「私の彫像」か「私のレリーフ」か
2 ハンムラビ法典の写本一覧
3 ハンムラビ法典と日本の現行の法律
参考文献 -
中世キリスト教最大の異端運動、カタリ派とは何か。その起源からアルビジョア十字軍による制圧までをドラマチックに描く。
「異端」とは、キリスト教の内部にあって、教会が確定した教義とは異なる解釈を立てる者たちである。カトリック教会は、ユダヤ教やイスラム教など「異教」に対しては緊張をはらみながらも時に寛容さを見せたが、「我らこそが真のキリスト教徒である」と信じて疑わない異端者に対しては、徹底的な刑罰と弾圧を加えた。
12-13世紀には大小さまざまな異端運動が存在したが、なかでも、東方のマニ教を思わせる「善悪二神論」を唱え、教会制度を拒み、ローマを指して「娼婦の家」「悪魔の神殿」と謗る「カタリ派」は大きな脅威だった。とくに南フランスに広がったカタリ派を「アルビジョア派」と呼ぶが、ローマ法王インノケンティウス3世は、それに討伐軍「アルビジョア十字軍」を差し向ける。
当時の南仏は、パリを中心とした北部の人々を「フランス人」と呼び、みずからは「フランス人」とは考えない独自の社会だった。しかし、20年におよぶ陰惨な戦いは、フランス国王の征服戦争として終結し、異端の終焉とともに南仏社会を変質させていく。
巻末解説を図師宣忠氏(甲南大学教授)が執筆。
〔原本:『世界のドキュメント(4)異端者の群れ』(新人物往来社刊、1969年)の改訂新版『異端者の群れ―カタリ派とアルビジョア十字軍』(八坂書房刊、2008年)〕
目次
はしがき
序章 聖ベルナールの怒り
1 呪いの町
2 信仰の掟
3 異端の運動
4 カタリの発現
第一章 南フランスの風雲
1 南部の国々
2 吟遊詩人
3 豊かなる南ガリア
4 軽い土と重い土
5 不完全封建制
第二章 異端カタリ派
1 バルカンの遠き祖たち
2 異端の書
3 善き神と悪しき神
4 絶望の戒律
5 異端者の群れ
6 完徳者と帰依者
第三章 アルビジョア十字軍
1 アルビジョア派
2 ローヌ河畔の惨劇
3 ベジエの虐殺
4 カルカッソンヌの攻囲
5 征服者シモン・ド・モンフォール
第四章 百合の紋章
1 フランス人との戦い
2 ミュレの合戦
3 王旗の登場
4 異端審問
後日譚
あとがき
解説(図師宣忠)
人名索引
関連略年表 -
本書は、20世紀を代表するドイツのユダヤ系思想家であり、フランクフルト学派の中心人物テオドール・ヴィーゼングルント・アドルノ(1903-69)の波乱に満ちた生涯と、その不屈の思想を丁寧にたどる決定版ガイドです。
フランクフルト・アム・マインに生まれ、哲学、社会学、心理学、音楽学を貪欲に学んだ早熟の天才アドルノは、わずか21歳で哲学博士号を取得。コーネリウスのゼミで終生の友人ホルクハイマーと出会い、戦後にフランクフルト「社会研究所」の所長に就任します。ここに集った研究者たちとともに形成されたのが、後に「フランクフルト学派」と呼ばれる思想潮流です。
ナチス政権下で教授資格を剥奪されたアドルノは、イギリスを経て1938年にアメリカへ亡命します。1949年に帰国した後、ホルクハイマーと共に社会研究所を再建、亡くなるまでその活動を続けました。
近代合理性の闇を暴き、西欧文明の自己批判を徹底したアドルノ。アメリカの大衆文化批判、反ユダヤ主義への応答、そして「新しい主体」や芸術と哲学の連帯を模索する彼の思想は、現実とのすさまじい緊張関係の中から生み出されるもので、安易な解釈を許しません。
本書では、音楽への情熱、クラカウアーやベンヤミンとの友情、ホルクハイマーとの共同作業など、その思想を育んだ生涯をたどり、主要著作『啓蒙の弁証法』『否定弁証法』『美の理論』の読解を通して、危機の時代に生きた知の巨人の核心に迫ります。アドルノ研究の泰斗による、最良の概説書です。
[本書の内容]
まえがき
プロローグ 肯定的なアドルノを求めて
第一章 音楽の揺りかご
第二章 星々の友情
第三章 否定弁証法のオリジン
第四章 亡命のオデュッセウス
第五章 理性の原史をたずねて――『啓蒙の弁証法』の射程
第六章 新たな「唯物論」へ――『否定弁証法』と「客観の優位」
第七章 『美の理論』の告げるもの
エピローグ パウル・ツェランとアドルノ
主要著作ダイジェスト
キーワード解説
読書案内
あとがき
学術文庫版あとがき
アドルノ略年譜
*本書の原本は、1996年に「現代思想の冒険者たち」第15巻として小社から刊行されました。 -
鎌倉時代後期、13世紀後半の日本には「飛礫(つぶて)」や「博奕(ばくち)」に象徴される、底知れぬ力が渦巻いていた。
その源となった「未開」と「文明」、「農業」と「非農業」の対立は、幕府では御家人と御内人、朝廷では持明院統と大覚寺統の政治的対立として、また宗教においては日蓮と叡尊・忍性の対立、さらには荘園支配をめぐる対立として、社会のさまざまな局面にあらわれる。蒙古襲来は、せめぎあいの緊張が高まる日本に訪れた危機だった。
未曾有の外寇によって対立の均衡が崩れた時、後戻りのできない大転換が始まる。それは単に鎌倉幕府の滅亡にとどまらない、近世・近代の日本社会の在り方にもつながる日本社会の大変動だった――。
戦後歴史学を代表する歴史学者、網野善彦が遺した唯一の時代史にして無二の全体史。【解説:清水克行】
「未開」と「文明」、「農業」と「非農業」が激突する十三世紀後半の日本。蒙古襲来によってその均衡が崩れたとき、決して後戻りのできない大転換が始まる――。網野史学唯一の時代史にして無二の全体史。
遍歴する職人や商人、海民など非農業民に光をあてることで、これまでにない中世日本の姿を描き出した網野善彦(1928-2004年)。鎌倉時代後期の法制・経済・宗教・文学の総体に過不足なく言及された本書は「網野によって書かれた唯一の時代史叙述であるだけでなく、網野史学にもとづいた貴重な「全体史」の試み」である(清水克行氏「解説」より)。
『中世荘園の様相』に続く二冊目の単著となる本書は、前著で描かれた若狭国太良荘をはじめとする荘園の百姓や支配者たちをめぐる悲喜こもごもはもちろん、非農業民である職人の活動や「悪党」に接近する後醍醐天皇、あるいは活発な中世の海上交通、「弘安徳政」など、その後の仕事に結実するエッセンスが凝縮されている。網野史学を彩る個々の魅力的なテーマが通史叙述のなかで立体的に組み上げられ、大きく転換していく時代のうねりがダイナミックに立ち上がる。
圧倒的スケールで繰り広げられる空前絶後、唯一無二の時代史。(原本:小学館、二〇〇一年)
【本書の内容】
まえがき〔小学館ライブラリー版〕
飛礫・博変・道祖神――はじめに
二つの世界、二つの政治
「蒼い狼」の子孫
文永の役
建治元年―日本
弘安の「徳政」と安達泰盛
百姓と「職人」
訴人雲霞のごとし
転換する社会
鎌倉幕府の倒壊
一三世紀後半の日本
参考文献
解 説(清水克行)
年 表 -
17世紀にガリレオやニュートンによって近代科学が成立するが、18世紀になると自然哲学の勢いは衰え、代わって博物学が時代を代表する学問となった。ヨーロッパでは王侯貴族から市民までが博物学に熱狂し、珍奇な動植物や鉱物を収集・分類することが流行する。こうした情熱の背景には「神の創造した自然を理解することが神を理解することになる」というキリスト教的信念があった。
本書は、この博物学の黄金期を、スウェーデンの博物学者カール・フォン・リンネ(1707―1778)を中心に描く。リンネは「分類学の父」と呼ばれ、生物を「属名+種小名」の二語で表す二名法を確立し、現代の学名体系の基礎を築いた人物である。彼の代表作『自然の体系』や『植物の種』は、生物を階層的に整理する画期的な試みであり、後世のダーウィンにも影響を与えた。
世界のすべてを知り尽くしたい――万物を収集、分類、記述しようとする欲望は、どこから出てきたのか、鎖国日本を含む全世界をめざしたリンネの弟子たちは何を行ったのか。
18世紀の知的熱狂と探究心、そして自然を体系化しようとした人類の壮大な試みを、リンネを軸にコンパクトにまとめた一冊。博物学の意義とその文化的背景を理解するための格好の入門書。
[本書の内容]
プロローグ 博物学の時代
第1章 すべての植物を分類しつくす
第2章 植物はどのようにとらえられてきたか
第3章 学名の誕生
第4章 最高の学問としての博物学
第5章 世界を分類しつくしたい――リンネとその野望
第6章 地球の裏側までも――リンネと使徒たち
第7章 リンネ博物学の遺産
エピローグ リンネからダーウィンへ -
宇多・醍醐・村上、三代の天皇は何を書きのこしたか。
摂関政治への転換期に起こった政治的事象から、愛猫の消息まで、
“天皇自身の筆による日記"を読む!
貴族社会においては政事・儀式の慣例を示すものとして重んじられ続け、
歴史・文学研究では第一級資料となる『宇多天皇御記』『醍醐天皇御記』『村上天皇御記』。
古記録学の最新知見に基づき、断片的な逸文を博捜し、喪われた本文を可能な限り復元・現代語訳。
後の世に「延喜・天暦の治」と称えられる醍醐・村上による「親政」の実態、藤原氏による摂関政治の形成過程、そして天皇の日常の姿……平安の歴史が時代の空気とともに蘇る。
[本書の内容]
はじめに
凡例
「宇多天皇御記」:仁和三(887)~寛平九(897)年 *年月日不詳を含む
「醍醐天皇御記」:寛平九(897)~延長七(929)年 *同
「村上天皇御記」:天慶九(946)~康保四(967)年 *同
用語解説
人物注
略年表
関係地図
平安宮内裏図
方位・時刻
*本書は当シリーズのための訳し下ろしです -
道長が「この世をば我が世とぞ思う……」と口ずさんでから約70年。道長の玄孫にあたり、のちに右大臣に昇る藤原宗忠は宮廷での日々を綴り始めた。宗忠が職を辞するまで、52年にわたり書き続けられた『中右記』は、華やかな宮廷生活はもちろんのこと、「武者の世」へと大きく時代が動いていく院政期社会の実像を伝えてくれる。貴族の旅行や交通事情、京で起こったさまざまな犯罪、落馬を恐れる貴族と牛車に四苦八苦する武士たち――宗忠は時に家族との死別に涙して仏事に奔走し、息子たちの栄達を願って心を砕く一方、自らを妨げた者、助けてくれた者の一覧を記すような面も日記のなかで見せている。
膨大な日記の海から、著者ならではの視線で重要な記述をすくいあげ、およそ900年前を生きた多様な階層の人々の暮らしをあざやかによみがえらせる、不朽の院政期社会史。
院政期の第一級史料である『中右記』は実にさまざまなことを語ってくれる。従一位、右大臣にまで昇りつめた宗忠の日々の苦労や悲喜こもごもはもちろん、熊野詣や伊勢への具体的な旅程と旅先ならではの交流、当時の警察・裁判機構の長官である検非違使別当として記した京の犯罪とその取り締まりの実態、それをめぐる人間模様、強訴を繰り返す悪僧たちの躍動、京の民衆が熱狂した田楽、そして警備などを通じて静かに存在感を増していく武士たちの姿……。
宗忠が生きた時代は、白河院による院政が始まり、「武者の世」の足音が聞こえはじめた、激動の予感に満ちた時代である。摂関家を中心とする藤原一門の栄華には翳りがさし、宗忠の日記には王朝貴族の秩序が崩れていくことへの悲憤や嘆きもにじむ。同時に武門の随兵・郎等のあり方からは、院政時代特有の武士像もうかがえる。
膨大な日記のなかから宝物のような手がかりをすくいあげ、同時代の日記や史料をも駆使して、900年前を生きた人々の体温や息遣いまで感じられるほどに、当時の世界が描き出される。(原本:そしえて、1979年)
【本書の内容】
はしがき
一 立身の道
二 熊野・伊勢への旅
三 検非違使の記録
四 院政期諸階層の生態
五 宮廷貴族の晩年
藤原宗忠関係年譜
解 説 髙橋昌明 -
「A級戦犯」被告28人はいかにして選ばれたのか? 昭和天皇「不訴追」の背景は? 無視された証言と証拠、近衛の自殺、木戸の大弁明――アメリカに眠る膨大な尋問調書から明かされる真実。極東国際軍事裁判をめぐる歴史ドラマが、ここに開幕する!
第一人者による東京裁判研究の金字塔!
「A級戦犯」被告28人はいかにして選ばれたか
「天皇不訴追」決定の真実、無視された証言と証拠、近衛の自殺、木戸の大弁明──アメリカに眠る膨大な尋問調書から明かされる真実。極東国際軍事裁判をめぐる歴史ドラマが、ここに開幕する!
「A級戦犯」28人はいかにして選ばれたのか。天皇不訴追の決定プロセスの真実とは。釈放されていく「大物」たち、免責された毒ガス・細菌戦。冷戦が本格化してゆく中で、無視された証言・証拠……アメリカに残されていた膨大な尋問調書を丹念に読み解き、語られざる歴史の実相と当事者達の人間ドラマを描き出す。東京裁判はこうして始められた! -
幕末の志士・高杉晋作は、上海への旅でその見聞を世界に広げ、改革の意志に覚醒した。24歳の感性でつづられた貴重な渡航日記、初めての文庫版。高杉晋作研究の第一人者、一坂太郎氏による現代語訳と訳注・解説に加えて、晋作の略伝も収録。
文久2年(1862)、長州藩士・高杉晋作は、幕府の上海使節団に加わるよう藩主から命じられ、およそ2カ月間、上海に滞在する。そこで晋作が見たものは、西洋列強に侵食された清国の惨状と、欧米の露骨なアジア戦略だった。清国人はことごとく外国人にこき使われ、イギリス人やフランス人が街を歩けば、みな道を譲る。孔子廟は折からの太平天国の乱を鎮圧するイギリス軍の陣営として外国兵に蹂躙されていた。晋作は、気脈を通じた上海城の衛兵・陳汝欽との筆談などを通して、外国に内政干渉の隙を与える内乱の恐ろしさとともに、洋式軍隊の威力を痛感。このままでは日本も中国の轍を踏むとの危機感を抱く。この思いが帰国後の晋作を突き動かし、奇兵隊結成など尊攘運動の原動力になっていく。
「航海日録」「上海淹留日録」「内情探索録」「外情探索録」「長崎淹留雑録」などからなる「遊清五録」のほか、桂小五郎らに長州産物の海外輸出を提案する「長崎互市の策」、上海渡航の簡潔な報告「形勢略記」などを併録。『高杉晋作の「革命日記」』(朝日新聞出版、2010年)所収の「遊清五録」をもとに、大幅に改訂・加筆して文庫化。
目次
〈解説〉『遊清五録』について
遊清五録
遊清五録序/航海日録/上海淹留日録/続航海日録/内情探索録/外情探索録/外情探索録・巻の二/長崎淹留雑録
長崎互市の策
測量記
独断にて蒸気船オランダ国へ注文つかまつり候一条
形勢略記
〈付録〉
『遊清五録』を追って
高杉晋作の生涯
あとがき――『遊清五録』と私 -
「日本的」世界は、こうして生まれることになった。
大陸の統一帝国出現は、倭と呼ばれる小国を政治変革へと突き動かす。
彼らは緊迫する東アジアを生き抜くべく、律令という先進的統治システムを必死に学び、土着的な氏族制社会の上に接合させた。
「日本的」な国制と文化は、なぜ、いかにして生まれたのかを深く問い、大化の改新からの二五〇年の骨格を鮮やかに描き出す、
不朽の歴史像。
解説:大隅清陽
【本書より】
大宝律令は、当時の日本の社会から隔絶した高度な統治技術をふくんでいた……支配層による統治技術の「先取り」は……早熟的な国家を生みだした……律令国家には、中国的な律令制と、大和王権に由来する氏族制とが重層しており、あえて図式化すれば、律令国家は「律令制」と「氏族制」の二重構造としてとらえることができる……
【解説より】
本書において吉田は、概説書ならではの試みや冒険も随所でおこなっている。それは主に、日本の古代国家と近代の国民国家や天皇制との関係を問うもので、端的に言えば「日本とは何か」「天皇とは何か」という二つの問いに集約される。
【本書の内容】
はじめに
宮中のクーデター
新しい国制の模索
亡国の危機
内乱の勝者
律令国家の構想
平城京の建設
大仏開眼
天平びとの愛と死
ゆれ動く天皇観
平安京へ
古典的な国制と文化
おわりに
参考文献
解説 「日本」への果敢なる問い(大隅清陽)
年表
索引
*本書の原本は『大系日本の歴史』第3巻として1988年2月に小学館より刊行され、1992年に小学館ライブラ
リーに収められました。今回の文庫化にあたり、副題「倭から日本へ」を新たに付しました。 -
日本史上、約700年にわたって権力の座にあった「武士」とは、いかなる存在だろうか。1970年代以降の中世史や社会史の研究の進展によって、「武士像」は大きく書きかえられてきた。王朝国家の中央「軍事貴族」として登場してきた武士は、必ずしも古代王朝の「貴族」と対立する存在ではないという。そうした武士の「闘う存在」としての側面だけではなく、「色恋模様」から、武士の本質と武家社会の裏面史に迫る異色作。
中世社会においては、「恋」は「権力」に直結する問題だった。その成就、ひいては婚姻関係、感情のもつれなどが、権力の失墜あるいは強化をもたらし、以後の家格にも影響を与えたのである。
多情多恨の女房歌人・和泉式部の最後の男性、藤原保昌。秀歌の褒美に鳥羽院の女房・菖蒲御前を賜った源頼政。分不相応の恋の切なさを断ち切って出家した佐藤憲清あらため西行。将軍源頼家に恋女房を横取りされて激昂した御家人・安達景盛。夫唱婦随の「権力の夢」に破れた北条時政と牧の方の陰謀事件。近世の歌舞伎の題材にもなった婆娑羅大名・高師直の無軌道な邪恋。『吾妻鏡』『太平記』などに語られる逸話の数々は虚実ともどもだが、まさに「恋は歴史を紡ぐリンケージとして作用した」ことを示している。
『恋する武士 闘う貴族』(山川出版社、2015年)の第1部を原本として文庫化。
目次
はしがき
第一章 王朝武士の色とりどり
1 王朝武者の恋の系譜
2 内乱期、武士の恋模様
第二章 鎌倉武士の懸想
1 懸想の顛末
2 色々の執心
第三章 動乱期南北朝と修羅の恋
1 「偕老の契り」と修羅の諸相
2 武将たちの恋の深淵
学術文庫版のあとがき -
暗算は得意なのに、なぜ日本人に理数嫌いが多いのか。その原因には、歴史的・構造的な要因があるのではないか?
物理学の泰斗がそんな素朴な疑問から、古来、人間の文化・文明に欠かせない「数の知識」と日本人社会とのかかわりを、たどってみるとーー。
12進法を使って土木建築を行ったといわれる縄文時代、ピタゴラスの定理で平城京を作り、飛鳥時代に日本初の元嘉暦を生む。奈良時代には正確な計測が不可欠な班田収授の法を採用するも、平安時代には「金勘定はいやしい仕事」と一気に理数離れが起こるーー。江戸時代の寺子屋と算術教育、日本初のサイエンス・和算の誕生、明治時代の算術から算数への大変換、そして戦後の数教育まで、5000年超の通史を豊富なエピソードで活写。理数科は単なる技術を支える手段ではない。数理に対する関心と尊敬心が高まる、ユニークな数学読本!/解説:上野健爾(京都大学名誉教授 四日市大学関孝和数学研究所長)
筆者の言葉)
「歴史家は数学に興味を持たない人が多く、科学史家はそれぞれの専門を守っている。理系に身を置いてはいるが、数学や歴史学に素人の筆者が本誌を書くに至ったのは、こんな事情であまり知られていない数の日本史に、現代人に強く訴えるものがあると感じたからである。
(中略) 社会の専門化によって閉塞感に悩んでいる現代知識人にとって、日本文化の意外な再発見と解放感をもたらすだろう」 -
中世アジアの海の世界を鮮烈に描いた書籍の決定版!
苛烈な略奪を繰り返し諸国を悩ませた前期倭寇。その結果生まれた倭人居留地「三浦(さんぽ)」は、朝鮮に巣食う「腫瘍(しゅよう)」とまで呼ばれ、後期倭寇は、アジアに進出してきたヨーロッパ勢力をも巻き込み、銀をめぐる密貿易で世界史に躍り出る……。彼ら倭寇・倭人は日本のものとは明らかに異なる「倭服」に身をつつみ「倭語」を操る、国籍や民族を超えた集団だった。14世紀から16世紀にかけて東アジアの海を舞台に、国家や民族集団からドロップアウトし、しばしば暴力をともないながら、自由に、どこまでもしたたかに生きた人々を描き出す。
「倭人は帯方の東南、大海の中に在り」。邪馬台国の史料としてよく知られる『魏志倭人伝』。ここからおよそ1200年後の朝鮮王朝の記録に、再び「倭人」は現れる――
14世紀後半、女性や子供にも容赦ない前期倭寇の略奪が『朝鮮王朝実録』に恐怖の記録として生々しく克明に記された。倭寇に苦しむ朝鮮王朝がとった懐柔策によって15世紀に誕生したのが、倭人居留地の三浦である。エネルギッシュで、自由奔放で、論理を越えた倭人がひしめく三浦は、猫のひたいほどの場所でありながら、周辺の朝鮮社会に巨大な経済的影響をあたえ、やがてソウルの政財界まで巻きこんだスキャンダルを引き起こしていく――。
三浦を中心に、倭寇王の後継者として豊臣秀吉が登場するに至る中世東アジアの海域世界を描いた『中世倭人伝』。文庫化にあたって、原本には入れられなかったソウルの倭人たち、江南沿海域を中心とする後期倭寇の猖獗、石見銀山の爆発的増産によって世界を駆け巡った日本銀、さらに16世紀ヨーロッパの古地図に描かれた、銀と海賊に特徴づけられる日本像などの論考を増補し、倭人たちが躍動する海の世界を大きく広げた決定版登場!(原本:岩波書店、1993年)
【本書の内容】
学術文庫版はしがき
I 中世倭人伝
「魏志倭人伝」によるプロローグ
一 国境をまたぐ地域
二 「三浦」──異国のなかの中世
三 密貿易の構造
中華の崩壊によるエピローグ
文献案内
あとがき
『中世倭人伝』韓国語版刊行によせて
II 倭人群像
一 三浦の鎮城と関限――薺浦を中心に
二 倭人たちのソウル
三 三浦の乱時のソウル倭館
四 石見銀山と倭人ネットワーク
五 海賊、銀山、ザビエル――ヨーロッパ製古地図を読む
六 琉球王国と「倭寇」
七 中世日朝貿易における経典の輸入
学術文庫版あとがき -
◇この男は、列島を「ひとつの社会」にしようと企てた◇
低い家格から前代未聞の大出世を果たした男は、それまで幕藩体制が規定してきた列島の社会のあり方を一新しようと試みた。
税制改革、通貨一元化、蝦夷地の大規模開発……彼が企てた改革は未完に終わったが、その後の歴史展開に確かな足跡を残すものであった。
戦前は「日本史三大悪人」の汚名を着せられた田沼意次の評価を一転させた、記念碑的論考。
【本書より】
田沼意次の時代は、日本の改革と保守とが激闘した、江戸時代では最も面白い時代である。
【本書の内容】
はじめに
プロローグ──郡上一揆と田沼意次の登場
第一章 田沼意次の虚像と実像
1 田沼意次の履歴
2 つくられた悪評
第二章 吉宗の退陣と意次の登場
1 吉宗退陣と家重継嗣
2 左近将監の罷免
3 将軍の座を逃した松平定信
4 田沼意次の登場
5 幕府の権力構造と田沼意次の位置
第三章 田沼意次の政策
1 暗殺で阻止しようとした田沼の政策
2 流通税の導入
3 通貨の一元化政策
4 蝦夷地の調査とその開発政策
5 印旛沼の干拓とその挫折
第四章 田沼時代の社会
1 文人たちの時代
2 天災と災害の時代
エピローグ──「遺書」を通してみた意次の人柄
おわりに
解説 -
「一夜で十人と愛を交わすべし」――
性愛とは〈道(タオ)〉であり、男性および女性の原理の均衡こそ生命力の源である――。性のマニュアル、後宮への務めから、纏足の風習、妓女との付き合い方まで。儒教・道教・仏教がせめぎ合うなかで出来しためくるめくエピソードを渉猟しつつ、先史より貫く中国文化不変の根幹を抉り出す。鬼才による中国性愛史研究「最初の完成」の書!
カラー口絵つき。
解説は『古代中国の24時間』の柿沼陽平氏。
【目次】
序文
■第一部 封建王国――殷・周時代 前一五〇〇年~前二二二年 性と社会についての中国人の基本的な考え方
第一章 創始期と西周王朝――前一五〇〇年頃~前七七一年頃
第二章 東周王朝――前七七〇年~前二二二年
■第二部 帝国伸長期――秦・漢・六朝時代 前二二一年~後五八九年 性と儒・道・仏三教
第三章 秦と前漢王朝――前二二一年~後二四年
第四章 後漢王朝――二五年~二二〇年
第五章 三国と六朝――二二一年~五九〇年
■第三部 帝国の最盛期――隋・唐・宋時代 五九〇年~一二七九年 性の手引書、その盛行と衰勢
第六章 隋王朝――五九〇年~六一八年
第七章 唐王朝――六一八年~九〇七年
第八章 五代と宋王朝――九〇八年~一二七九年
■第四部 モンゴル支配と明の再興――元・明時代 一二八〇年~一六四四年 文学・芸術のなかの性
第九章 モンゴルもしくは元王朝――一二七九年~一三六七年
第十章 明王朝――一三六八~一六四四年
■補遺 インドおよび中国の性的神秘主義
原注
図版一覧
ファン・フーリック学術関係主要著作目録一覧
訳者あとがき
解説 中国性愛史研究の先駆者 柿沼陽平
【本書の主なトピック】
[周]女性は寝所の偉大な導師、性の秘密の護持者である
[前漢]儒教の厳格な教義の裏で、諸侯も皇帝も性のモラル崩壊!
[後漢]挿絵入り「性の手引書」が教える"究極の技法"
[六朝]妻妾を満足させられなければ、家長の信望失墜・地位喪失
[唐]家での肉体的愛から逃れ、娼妓とのプラトニックな交際へ
[元]「性愛画を秘蔵」-10点、「女性の面前で猥談」-20点……家長の「道徳成績計算表」
[明]性が抑圧されず、すこやかな歓楽だった最後の時代
(*本書の原本は1998年にせりか書房より刊行されたものです。) -
その山のふもとに生まれ育ち、少年のころから、あらゆる小路を幾度となく歩いては、様々な風景を目にしてきた、著者にとっての母なる山・比叡山。
歴史を学んだのち、再び同じ路をたずね、峠を越え、川を渡りながら、仏教美術学者はあることに気づく。自然の山、川、その位置を度外視して、決して歴史は考えることができないのだとーー。
天台法華宗の根本道場にして、学山として数多くの高僧を輩出した比叡山。
その3塔16谷の霊谷を案内しつつ、歴史地理というユニークな観点から、1200余年にわたる叡山の宗教と歴史をひもとく!
本書は『比叡山 日本仏教の原型とその展開』 (角川選書 1975年9月刊)を底本とし、文庫化にあたり、ベストセラー『京都ぎらい』の著者であり、国際日本文化研究センター所長・教授の井上章一による解説を加えました。
目次
1 地文と人文のあやなす位置
2 霊峰比叡へはいる路
3 山上の霊所をめぐる路
4 最澄と比叡山
5 入唐求法の旅
6 天台法華宗の開立
7 比叡山寺の規模と構成・
8 教学と法儀
9 回峰修験
10 一山大衆
11 僧兵強訴の歴史
12 山門派と寺門派のあらそい
13 巨大な経済をささえた山門領
14 東塔
15 西塔
16 横川
17 門跡寺院の出現
18 日吉山王社
19 門前町坂本
20 近江路の主要な末山
21 信長の焼き打ちとその再興
比叡山歴史年表
比叡山の道しるべ
あとがき
解説 井上章一(国際日本文化研究センター所長) -
本書は、古代ローマ「黄金時代」後期を代表する詩人オウィディウス(前43-後17/18年)が『変身物語』とともに手がけた、もう一つの代表作です。
愛する男女の往復書簡という体裁をとる『ヘーロイデース』、恋愛詩人としての本領を発揮した『恋の歌』といった初期作品で知られるオウィディウスは、愛を成就させるための技法を性的なものまで含めて赤裸々に指南する『愛の技術』を書いたことが一因となって、のちに流刑の憂き目に遭いました。そのあと後期の円熟を迎えるオウィディウスが唯一の叙事詩である『変身物語』とともに着手したのが、本書『祭暦(Fasti)』です。
ローマの祝日や祭礼の縁起をエレゲイア詩で歌うこの作品は、『金枝篇』で知られるジェイムズ・フレイザーをはじめ、多くの歴史学者、宗教学者、人類学者の関心を惹いてきました。月ごとに構成される本書は、しかし流刑のため未完に終わり、現存しているのは一月から六月まで、つまり一年の半分にとどまっています。今日はこの出来事があり、今夜はこの星座が見られ、明日にはあの祝祭が行われる……といった記述がカレンダーのように積み重ねられていく形式は、前例のない大胆な試みです。そのような大衆受けしそうな形式をとった本書で扱われるのが国家的な性格をもつローマの祭祀であることは一見矛盾しているように思えます。しかし、そのような自己アイロニーによるユーモアこそ、本書を文学的伝統の中で類を見ない稀有な作品たらしめていることもまた事実です。
大詩人が残したもう一つの代表作、初の文庫版をここにお届けいたします。
[本書の内容]
第一巻 ヤーヌス月
第二巻 フェブルア月
第三巻 マルス月
第四巻 アプリーリス月
第五巻 マーイウス月
第六巻 ユーニウス月
訳者解説
補 遺 ローマの暦
学術文庫版訳者あとがき
固有名索引 -
1939年9月1日早朝、ドイツ軍が宣戦布告なくポーランドへ侵攻。ここに第二次世界大戦の幕が上がった。
第一次世界大戦の惨禍を経て、パリ不戦条約や国際連盟の設立により平和を誓ったはずだった世界が、未
曾有の大戦へと突き進んでしまったのはなぜか。ファシズムの台頭、植民地主義帝国の衰退、アメリカ自
由主義の伸長、資本主義と共産主義の対立……列強各国の緊迫した外交とイデオロギーの衝突が、世界を
ふたたび戦火に巻き込んでいく。その果てに待っていたのは、ホロコーストや原爆投下といった人類史上
最悪の惨劇であった。
ローズヴェルト、チャーチル、スターリン、ヒトラー、ムッソリーニ、ド・ゴール、ティトー――歴史を動
かした指導者たちは、あの時代に何を思い、いかなる決断を下したのか。日中戦争を起点とし、太平洋戦
争へと突き進んだ日本は、どのような運命を辿ることになったのか。名著『第一次世界大戦』(講談社学
術文庫)の著者が鮮やかに描く、「戦後秩序の原点」となった大戦争の全貌。
[本書の内容]
序 章
悲劇の発端
大戦の様相
I 「彼らの最も輝かしいとき」
ついにダウニング街一〇番地
フランス休戦の賦
野望、海峡に散る
静かな幕間
II 大戦における一九四一年
迫りくる独ソ戦
スターリン、沈黙を破る
宣戦の詔書
III 雪原のかなた、砂漠の果て
第二戦線を、いま
偶然とみえるダルランの存在
カサブランカの集いを経て
IV 去りゆく者と、よみがえる者と
最初の三首脳会談まで
みずからを解放したパリ
クリミアの短い蜜月
V すべてが語り尽くされる頃
死のさまざまな影
米英ソ大同盟の最後の歩み
あとがき
参考文献
解説 戦後を戦前、戦中にしないために(池上 彰)
略年表
*本書の初版は1986年に社会思想社より現代教養文庫として刊行された。文庫化にあたっては『歴史・人間・運命 山上正太郎歴史叙述集2』(2000年、文元社)所収版を底本とした。 -
三次元の立体を二次元の平面のうちに表現する遠近法。プラトンはこの遠近法を嫌ったという――しかし古代ギリシアでは遠近法はいまだ成立していなかったとしたら? なぜ、このような奇妙な事態が出来したのか。そして光学に対する偉大な哲学者の沈黙は、後世にどのような影響を与えたのか。遠近法は歴史的産物であると喝破する著者が、古代ギリシアから近代に至るまで、美術はもちろん数学、哲学、文学をも織り込みながら紡ぎあげた、視覚をめぐる空前絶後の思想絵巻。
遠近法は、世界を表現する方法として身近な手法であり、時にこれが唯一の正しい世界の眺望であるかのような神話的性格さえ帯びている。しかし著者によれば、遠近法は西欧における自然に対する見方の、歴史的な積み重ねの結果に過ぎない。
プラトンは、対象を描く際に、見かけにあわせて実際とはかけ離れた比率にすることを「虚像術」と呼んで退けた。古代ギリシアには存在しないはずの遠近法を、プラトンはなぜ批判しえたのか。そしてプラトンの光学に対する沈黙は何を意味し、それはどのような影響を与えたのか――。
これらの問いは、人間はどうして、常に何かを通して世界を見ようとするのか。実物を見ていても、しかしこれも「何かを通して」だと考えるのは何故か、という根源的な問いにつながっていく。
ミケランジェロとダヴィンチの緊張関係、デカルト、パスカル、ライプニッツに遠近法が与えた三者三様の影響、さらにニーチェの価値の相対主義に至るまで、遠近法を軸に、古代ギリシア演劇の背景画から、絵画や彫刻、数学・幾何学、その応用としての光学、哲学・思想、文学作品や文芸理論をも巻き込みながら絢爛豪華な思想絵巻が織り上げられる。早逝が惜しまれる碩学の記念碑的著作。(原本:新書館、1999年)
【本書の内容】
まえがき
序 章 遠近法の神話
第一章 ミーメーシス
1 詩人追放と画人追放
2 陰影画と背景画
3 背景画は遠近法の導入か?
第二章 測定術
1 洞窟の光学
2 不文の教説?
3 視覚の空間・思考の空間
第三章 ミーメーシスからファンタシアーへ
1 場所・透明体・気息 00
2 芸術的専制と専制的芸術 00
3 もう一つの世界劇場論 00
終 章 隠喩としての遠近法
あとがき
解 説(山内志朗) -
1945年にGHQが接収、1958年まで延べ4000人以上の戦犯者が収容された、巣鴨プリズン。東京裁判でA級戦犯とされた25人、絞首刑になった7人よりも圧倒的多数のBC級戦犯たちが、死と隣り合わせに過ごし、死刑宣告を受け、処刑場に向かう場所に一人の教誨師(きょうかいし)が着任した。日本人として唯一処刑に立ち会い、死刑囚との対話し、助命嘆願や戦犯死刑執行停止活動に奔走した「巣鴨の父」が、受刑者の声と生活を克明に綴った、生と死のドキュメント。1953年初版、幻の名著、復刊。
【電子特典有り】
「解説より」
A級戦犯の処刑で一区切りではない。
国家の命令で戦場に立ち、ときに上官の身代わりにまでさせられ、
忘れ去られたBC級戦犯の不条理な人生。
私たちは、どれほど思いやることができたのか。
戦後80年。真の「検証」を実現するために
本書は第一級かつ、最重要史料であると、私は信じている。――山折哲雄(宗教学者・評論家)
目次
序
巣鴨の教誨師となるまで
「死の喜び」よりも「生の喜び」を
処刑の立ち会い
刑場への道
拘引記――28時間の記録
罪業感と戦争観
最後の晩餐
死刑囚の面会
死刑囚と仏教
追補
図表・地図
学術文庫版解説 山折哲雄
【電子書籍版収録】
遺言集――戦犯者18人が綴った日記と、辞世のことば
「死の近きを観念した人生は、一般の人生とは何が違うのか。それは希望が皆無ということです」
死ぬ意義、後悔、死への恐怖,…巣鴨プリズンのほか香港、インドネシア、シンガポールなどで絞殺・銃殺された18人は、死を目前に何を思ったのか。極限の心情を綴った稀少な文書160ページを、電子版には特別収録。
1953年7月31日 大日本雄弁会講談社より初版刊行。2011年7月、講談社エディトリアルより改装刊行。 -
「主従」とは闘争である。
時代小説や歴史ドラマなどでおなじみの、「家中のトラブルが幕府に露見して改易される」といった筋書きだか、実際にはそうした事例はほぼなかった。
有力大名家に勃発した鍋島騒動、黒田騒動、対馬の柳川一件、伊達騒動……いずれも改易とはなっていない。
子細にその経過をみてみると、幕府が騒動に積極的に介入したというよりは、むしろ大名・家中の側から幕府に積極的に訴訟し、自ら幕府の介入を招いているような節がある。
では、大名や家臣たちはどうしてこのような危ない橋を渡ろうとしたのだろうか?
本書は、御家騒動を引き起こす当事者たちの行動の原理がいかなるものであったのかを探り、「忠臣が身命をなげうって悪臣を排除し、騒動の禍根を未然に絶って御家の危機を救う」勧善懲悪ストーリーとは一味違うリアリティを、幕藩制という時代相のなかから具体的に解き明かす試みである。
"大名家のスキャンダル"を歴史学の眼で徹底検証する、スリリングな歴史研究!
【本書より】
元禄以降の十八世紀には、主従不和や家中騒動が「公儀」に対する罪過である、という固定観念ができあがっているが、それ以前に生じた騒動に対してはそうした「色めがね」(固定観念)をはずして見直してみるべきではないか。家中騒動が「公儀」に対する罪過ではなかったからこそ、大名や従臣たちは将軍・幕府に騒動の調停を強く求めることができたのではないか、という逆の視点から騒動をみていくことが必要なのである。
そのためには、当時に作成された一次的な史料に基づいて騒動全体を見直すという作業が必要となるのはいうまでもない。
【本書の内容】
第一章 近世武士の主従観念と「御家」
第二章 主君を廃立する従臣たち
第三章 従臣を排除する主君たち
第四章 主君を選り好みする従臣たち
第五章 御家騒動の伝統化
補章 「御家騒動」のなかの女性たち
*本書の原本は、2005年に中公新書より刊行されました。 -
80年前、空からの爆撃で、日本の都市は焼き尽くされた。この無差別空襲は、全国都道府県のすべてにおよび、終戦の日まで続けられ、その死傷者数はいまだ確定されていない。
本書は、戦史研究家・平塚柾緒氏が主宰する太平洋戦争研究会による全国各地への取材・調査と、アメリカ国防総省などから入手した膨大な写真をもとに、北海道から沖縄まで、日本本土への米軍の空襲の実態を解き明かす。
日本への米軍機の空爆は、昭和17年4月の「ドゥーリットル空襲」に始まる。その後、「超空の要塞」B29の投入によって昭和19年から本格化する日本本土への空襲は、おもに軍需工場を標的にした「精密攻撃」、昭和20年3月の東京大空襲を皮切りに5月まで続いた大都市への焼夷弾による無差別爆撃、さらに5月以降の全国中小都市への焼夷弾爆撃へとエスカレートし、広島・長崎への原子爆弾の投下にいたった。
その間に日本本土へ出撃したB29機はのべ3万3041機。連合国軍機が投下した爆弾は約16万トン。この「爆撃の嵐」にさらされた日本国民の体験とはいかなるものだったのか。日本列島をカバーするデータと、250点あまりの貴重写真から、あらためて考えていきたい。〔原本:2015年、洋泉社刊『日本空襲の全貌』〕
目次
はじめに――八〇年前、米軍の無差別攻撃で日本の都市は焼かれた
第一章 B29の開発と本土攻撃の開始
第二章 狙われた日本の軍事産業
第三章 東京大空襲への道:ルメイの無差別攻撃
第四章 炎につつまれた五大都市:名古屋・大阪・神戸・横浜・川崎
第五章 地方都市への拡大
第六章 アメリカの原爆投下作戦
〔特別ルポ〕原爆誕生の地・トリニティサイトをゆく -
本書は、ワーグナーの《トリスタンとイゾルデ》で知られる「トリスタン伝説」の最古の姿を伝える書の本邦初となる全訳です。
ケルト起源のトリスタン伝説は、11世紀後半から12世紀初頭にウェールズとブルターニュに伝えられ、語り継がれていったと推測されます。多様に発展した物語を12世紀後半に古フランス語でまとめたものがトリスタン伝説の原典(エストワール)ですが、残念ながらこれは散逸しています。
しかし、この原典に基づいて物語を作る人たちが現れます。その一人が同じく12世紀後半に活躍したフランスの詩人ベルールでしたが、作品は断片しか残されていません。それと同じ時期、同じ原典に基づいてドイツ語で物語を書いたのがアイルハルトであり、その作品こそ本書にほかなりません。完全な姿で残されたこの作品によって、私たちは原典の内容を推測できます。ここにはトリスタン伝説の最古の姿があるのです。
韻文で書かれた本書は、その後「民衆本」と呼ばれる散文作品として流布し、16世紀にはハンス・ザックスによって戯曲『トリストラントと美しきイザルトの悲恋』に翻案されました。一方、ベルールと同様に原典(エストワール)を基にして12世紀後半にフランス語で『トリスタン物語』を書いたトマの系列としては、ドイツ語で叙事詩『トリスタンとイゾルデ』を書いたゴットフリートがおり、ワーグナーに着想を与えました。
複雑な経緯をたどって伝承されたトリスタン伝説は、現代でも小説にされたり(ローズマリー・サトクリフ)、映画にされたり(ジャン・ドラノワ)、多くの人を魅了し続けています。その最古の姿がようやく日本語で味わえるようになります。
[本書の内容]
1 聴衆への前置き
2 トリストラントの出生と養育
3 トリストラントのマルケ王宮廷への旅
4 トリストラントとモーロルトの闘い
5 トリストラントの傷を治すためのアイルランドへの旅
6 トリストラントのアイルランド求婚の旅
7 愛の媚薬
8 ブランゲーネ
9 トリストラントとイザルデの愛をめぐっての揉め事
10 有罪の判決と逃走
11 森での生活
12 アルトゥース騎士ヴァルヴァーンとトリストラント
13 追放後のトリストラントとイザルデの一度目の逢瀬
14 ハヴェリーン王のもとでのトリストラント
15 追放後のトリストラントとイザルデの二度目の逢瀬
16 追放後のトリストラントとイザルデの三度目の逢瀬
17 ケヘニスとガリオーレ(1)
18 追放後のトリストラントとイザルデの四度目の逢瀬
19 追放後のトリストラントとイザルデの五度目の逢瀬
20 ケヘニスとガリオーレ(2)
21 トリストラントとイザルデの愛の死 -
花のみやこか、懐かしきふるさとか――。日本列島の文化の歴史は、海の外からやってきた最新の情報があつまる都会への憧れと、生まれ育った郷土への思い入れのはざまで紡がれてきた。奈良、京都、のちには江戸・東京という「みやこ」に対する「地方」の憧れと反発、さらに中国大陸や欧米という「中央」に対する「辺境」日本の憧れと反発という二重の交錯を見据え、そこに織りなされる綾を丹念に描き出した唯一無二の列島文化史。
夷なる日本が華なる中国に劣らないと主張した京都生まれの伊藤仁斎と、関東出身で田舎固有の文化に価値を見出し江戸学芸を京から自立させた荻生徂徠。日本文化や日本的なるものの一貫性を否定した内藤湖南と「国史」の範囲に苦悩した黒板勝美。日本文化が基底のところで一体のものであることを前提にしたことで「郷土を捨象した」と批判された、民俗学の父・柳田国男が敬意をいだいていたのは、田舎に「いにしえのみやび」を見出した本居宣長だった。
古代の青銅鏡が示す畿内王権や記紀神話にはじまり現代にいたるまで時代を縦横無尽に扱いながら、独自の視点で日本文化の形を照らし出す。(原本:平凡社、1991年)
【本書の内容】
はじめに
第一章 都市の論理――先進・後進論の背景
第二章 反都市文明――「地方」主張の論理と背理
第三章 国家という単位――単一の「国」と「くに」の複合
第四章 民衆知と文字文化――ひとつの試み
あとがき
解 説(長﨑健吾) -
21世紀の経済大国・IT大国として存在感が高まっているインドは、18世紀半ばから20世紀半ばまでの200年間、植民地としてイギリスに支配されてきた。
このイギリス支配の基礎を築いたのが、イギリス東インド会社である。しかし、その存在があまりに大きいために全体像はつかみにくく、特に日本では、その規模と活動範囲がずっと小さいオランダ東インド会社に比べても、イギリス東インド会社についての研究や著作は非常に少ない。しかし著者は、現在のインドの経済成長と今後の可能性を見るとき、東インド会社にさかのぼるイギリスのインド支配の歴史と遺産を見直すことが必要だという。
1600年にエリザベス1世がロンドンの商人に特許を与えたことに始まるイギリス東インド会社は、商社として発足しながら独自の軍隊を持ち、領土の支配者に変身していった。1858年に実質上消滅したときには、すでに商業的な機能さえもたない完全な植民地統治機関になっていたのである。
オランダやフランスとの貿易競争、会社経営と企業統治の実態、会社の軍隊と国王軍・インド政府軍の関係、さらに巨大な官僚制を支えた社員採用と社員教育や、歴代総督のプロフィールまでを通観する。
巻末に東京大学名誉教授で『東インド会社とアジアの海』の著者、羽田正氏が解説を執筆。〔原本:2009年 中央公論新社刊〕
目次
はじめに
第一章 商社の時代
一 イギリス軍インド会社とは何者か
二 オランダ、ポルトガルとの競争
三 アウトサイダーの挑戦
四 統一東インド会社の誕生
第二章 商社から領土の支配者へ
一 フランスの挑戦
二 ベンガルでの領土獲得
三 社員の不正蓄財
第三章 ベンガルの支配者から全インドの支配者
一 会社経営における商業原則の後退
二 会社と政府によるインドの共同統治
三 企業統治の変遷
第四章 インド貿易の自由化
一 会社を牛耳った「海運族」
二 私貿易人
第五章 会社の軍隊
一 会社軍と国王軍
二 会社軍
三 会社軍の部隊編制
四 二つの英軍の統合の試み
五 会社軍将校の勝利
六 インドの大反乱後も傭兵頼みのインド政府軍
第六章 インドの高級官僚―ジェントルマンリー・ルーラー
一 社員の採用と行政官教育
二 東インド会社一家
三 公開試験の時代へ
四 ICSはインドにおける超エリート
第七章 三億人の支配者インド総督
一 その起源
二 ベンガル総督
三 会社の時代の総督│クライヴからカニングまで
結びにかえて
あとがき
イギリス東インド会社関連年表
解説(羽田正) -
開国に揺れる万延元年(1860)の「桜田門外の変」から、明治4年(1871)の広沢真臣惨殺まで、暗殺事件でみる幕末維新史。
維新前夜の傑物で英雄豪傑と称される清河八郎や、肥後藩の儒学者で明治政府に出仕した横井小楠といった「大物」から、勤皇派の恨みを買って三条河原でなぶり殺された目明しの「猿(ましら)の文吉」といった弱者まで、30の事件を取り上げる。田中光顕や谷干城が語る坂本龍馬の最期、若き伊藤博文が山尾庸三とともに風説を信じて斬り捨てた相手、佐久間象山の息子が仇討ちを狙っていると聞かされた暗殺者・河上彦斎の平然ぶり、幕吏への情報漏洩が疑われて殺された絵師・冷泉為恭の妻とのロマンスと、まさに秘話の集成である。
明治33年(1900)に生まれ、故郷・土佐の歴史を中心に多くの著作をなして司馬遼太郎の信頼も厚かった著者は、「暗殺は文明と野蛮を問わず、古代から現代まで人間社会の一現象として起こる」といい、「明治維新とか、昭和維新とか、変革を呼ぶ時代に暗殺の頻度が多いことは既に歴史が証明している」という。本書はまさに「昭和維新」が叫ばれたテロの時代、昭和5年(1930)に発表され、その後、何度も版を変えて読み継がれてきた。
巻末には、100件を超える事件が並ぶ「維新暗殺史年表」。幕末維新史の研究者、一坂太郎氏が解説を執筆。
〔原本:1967年白竜社刊、1978年新人物往来社刊、1990年河出書房新社刊〕
目次
暗殺談議――序に代えて
大老 井伊直弼
土佐藩参政 吉田東洋
島田左近と宇郷玄蕃
本間精一郎
目明し 猿の文吉
平野屋寿三郎と煎餅屋半兵衛
国学者 塙次郎・鈴木重胤・中村敬宇
播州家老森主税と用人村上真輔
江州石部事件
多田帯刀と村山加寿江
千種有文家臣 賀川肇
儒学者 池内大学
清河八郎
雙樹院 如雲
大藤幽叟
大坂町奉行与力 内山彦次郎
絵師 冷泉為恭
因州藩暗殺事件
姉小路公知
佐久間象山
水戸藩士 住谷寅之介
一橋家用人 原市之進
坂本龍馬と中岡慎太郎
御陵衛士頭 伊東甲子太郎
秋月藩士 臼井亘理
パークス要撃事件
奥羽鎮撫使参謀 世良修蔵
参与 横井小楠
兵部大輔 大村益次郎
参議 広沢真臣
維新暗殺史年表
解説(一坂太郎) -
◇各地に無数に存在する「おみやげ」は、外国にも近代以前にも存在しない、独特の文化だった!◇
日本各地の駅には、饅頭や羊羹などや弁当などの食品が、その土地の名物として売られている。
私たちにとって当たり前のこの光景は、実は他の国ではほとんど見られない(ロンドンのターミナルで「ビッグベン当」などの類は見あたらない)。
この類い稀なる「おみやげ」という存在は、鉄道を筆頭とする「近代の装置」が、日本の歴史、文化と相互作用して生まれたものだった!
「きびだんご」が岡山名物になったのは、日清戦争と鉄道敷設の歴史的事情が背景にあった。
静岡駅の安倍川餅は餅ではなく「求肥」なのも、赤福が伊勢名物として有名になったのも、なぜか北海道にバナナ饅頭があるのも、鉄道という「近代の装置」抜きにしては語れない。
交通網の発展と各地の歴史が結びついて「名物」を生み出してきたさまを、膨大な史料を徹底的に読み込んで、鮮やかに描き出す、唯一無二の研究の集大成!
鉄道を独特の角度から捉えながら日本近代史の探求を続けてきた著者の代表作。
【本書の内容】
序章 おみやげの起源とおみやげ文化
日本の特異なおみやげ文化/日本独特の「名物駅弁」/「おみやげ」と“スーベニア”/「名物」と「みやげ」 など
第1章 鉄道と近代おみやげの登場
清河八郎の「おみやげ配送」/日清戦争と鉄道輸送/五色豆と政岡豆/「異人くさい」鳩サブレーが名物となるまで など
第2章 近代伊勢参宮と赤福
明治天皇に届けられた赤福/赤福を凌駕していた生姜糖/近鉄電車と構内販売 など
第3章 博覧会と名物
博覧会・共進会・商品陳列所/江の島貝細工の盛衰/鉄道院の名物評価/全国菓子大博覧会/大垣の柿羊羹 など
第4章 帝国日本の拡大と名物の展開
「軍都」に生まれる「軍人土産」/創出の物語―もみじ饅頭と伊藤博文伝説/新領土台湾とおみやげ など
第5章 温泉観光とおみやげ
温泉饅頭の誕生/道後煎餅と温泉煎餅/熱海の干物―由緒づけなき名物/有馬温泉から別府への技術移入 など
第6章 現代社会の変容とおみやげ
変化の中で生き残ったおぎのやの釜飯/ひよ子創業伝説/長く不在だった東京みやげの代表 など
終章 近代の国民経験とおみやげ
注
あとがき
名物索引
*本書の原本は2013年に講談社より刊行されました -
紀元前3500年、まだ日本が縄文時代だった頃に巨大神殿を建て、古拙文字を発明。ビールを飲み、都市文明を謳歌し、華やかな宴会を繰り広げたシュメル人たち。紀元前2004年のエラム侵入により忽然と消えてしまった彼らの日常には、現代の日本や西欧社会に通じる様々なしきたりと人間模様が隠されていた! 古典の名著『ギルガメシュ叙事詩』や発掘された奉納額、図像などの一等史料を丹念に解読。王の父子相伝や戦記、后妃の葬儀、交易記録などから最古の文明人の驚くべき栄華と崩壊を識る!
内容紹介
第1章 シュメルの父と息子――現代人にも共感できる、王と息子の話
第2章 ラガシュ王奮戦記――自国を守るため戦う王の弱気な横顔・・・
第3章 后妃のお葬式――シュメル女性の結婚、育児事情
第4章 商人が往来する世界――シュメル人がほしかった銅、レバノン杉、瀝青と、貿易活動
第5章 星になったシュルギ王――決して楽ではなかった王の一代記
<目次>
はじめに
1 シュメルの父と息子――ウルナンシェ王の「奉納額」
ウルナンシェ王の「奉納額」/都市国家ラガシュ市/ウルナンシェ王の王碑文/奉納額の絵解き/家族の肖像/教育は人類不変の悩み
2 ラガシュ王奮戦記
二方面の宿敵/「正史」の始まり/初代王、第三代王の戦い/「エアンナトゥム王の戦勝碑」/ラガシュ最後の輝き
3 后妃のお葬式――シュメルの女性たち
葬儀は語る/シュメルの女性群像/后妃の結婚生活/后妃として母として/仇(かたき)の妻に弔われた前后妃
4 商人が往来する世界――シュメル人の交易活動
古代人の商売繁盛/ 瑠璃(るり)に魅せられて/銅は海からやってくる/ギルガメシュと「杉の森」/石油より大事なもの
5 星になったシュルギ王
帝王の佇まい/ウル第三王朝の最盛期/王の公務/神になったシュルギ王/戦いに明け暮れた後半生
あとがき
主要参考文献
主要図版引用文献
コラム
「正統な後継者」/「油あふれる」ディルムン/シュメルのモナ・リザ/生きているシュメル語/文字と争いの起源/メルッハからの「砂金」/エブラ市の発見/中島敦と古代オリエント史/王の称号
学術文庫版あとがき
索引
本書は『五〇〇〇年前の日常 シュメル人たちの物語』(新潮選書 2007年刊)を改題したものです。 -
◆2025年「ラムセス大王展」開催!◆
◇ラメセス二世がなぜ最強のファラオなのか・最高によくわかる!◇
―すべての道はナイル河谷へ通ず―
アフリカ最奥から到来した人々が築いた文明は、オリエントや古代ギリシアなど周辺世界に決定的影響をもたらしながら三千年の栄華を誇った。
古王国時代からローマ帝国時代まで強大なファラオたちを核にして展開した歴史は、まさしく西洋世界の源流となったのである。
古代エジプト研究をリードする著者が、古代エジプト文明を西洋世界の源流のひとつとして捉え、最新の研究成果をふんだんに盛り込みながら、教科書では描かれきれない新たな歴史像を描き出す!
◯異民族「ヒクソス」の実像&彼らとラメセス大王が戦った「最古の戦争」カデシュの戦いとは?
◯一神教の「起源」はモーセか、アクエンアテンか?
◯エジプト王国最後の象徴クレオパトラの実像は?
◯謎の民族「海の民」の正体とは?
◯「エジプトの神々」と「来世信仰」は世界にどのように広がったか?
【本書の内容】
プロローグ
序章 古代エジプト文明の誕生
第1章 ミノア文明と古代エジプト文明
第2章 異民族ヒクソスの時代
第3章 アクエンアテン王の宗教改革と多神教世界
第4章 アマルナ時代とアマルナ文書
第5章 ラメセス二世vs. ヒッタイト
第6章 ラメセス三世と「海の民」
第7章 アレクサンドロス大王とアレクサンドリア
第8章 女王クレオパトラ七世のエジプト
第9章 古代ローマ帝国と皇帝たちのエジプト文化
終章 古代エジプト文明は世界史の中へ
補章 「タニスの遺宝」が語るエジプト文化の変容
注
図版出典
参考文献
古代エジプト文明年表
索引
【本書より】
たとえ我々に馴染みのある教科書の中の記述はわずかであったとしても、世界史の中において、古代エジプトの果たした役割は、決して少なくはない。世界史の主人公がエジプトであった時期は確かに存在した。(中略)古代ギリシア世界も、強靱で巨大な古代ローマ世界も、あるいはビザンツ帝国もフランク王国でさえも、古代エジプトという強固な礎なくしては、世界史に名を残すことはなかったであろう。本書を読破した後、あなたは古代エジプトとはすでに失われてしまった過去の文明ではないことに気づくはずである。古代エジプト文明の血脈は、人々の記憶の中へと潜り込その後も世界史の中で脈々と流れ続けているのである。
*本書の原本は、2012年に講談社選書メチエより刊行されました。 -
小王国分立から、外敵の侵入による混乱の時代を経て、紀元前8世紀に都市国家・ポリスの成立を見た古代ギリシア。民主主義の原点として、前5世紀に黄金期を迎えるポリスはいかに発展し衰退したか。アルファベットやオリンピア競技、ホメロスの詩、ソクラテス、プラトンの哲学など西洋文明の源流をたずね、古代ギリシアの栄光と落日をたどる名著。
-
国引き、八岐大蛇、国譲りなど、日本神話では最も重要な舞台であるにもかかわらず、大和朝廷に対抗したという出雲国の実態は未だ明らかになっていない。比較神話学、民俗学、宗教学、歴史学などの様々な知見からなる議論をまとめ、記紀や風土記、神賀詞などの資料を読み解き、出雲神話の虚像と実像を浮かび上がらせる最良の入門書!(解説・三浦佑之)
【本書で扱うトピック】
八岐大蛇の神話にはどのような意味があるか?
なぜ、記紀と風土記の内容は、大きく異なるか?
大和朝廷と出雲国は、実際に敵対関係にあったか?
なぜ、出雲は死者や他界と結びつけられてきたか?
いかにして、オオクニヌシは国家的英雄神となったか?
なぜ、古代出雲は宗教王国だったといえるか?
【目次】
まえがき
1 出雲神話の謎
2 二つの出雲神話
3 出雲国造家の台頭と自家の売りこみ
4 スサノオの神話
5 オオナムチの神話
6 国譲り神話と諸氏族
7 出雲土着の神々
参考文献
解説 -
2025年のNHK大河ドラマ「べらぼう――蔦重栄華乃夢噺噺」の主人公、蔦屋重三郎とは何者か。日本美術史と出版文化の研究者による決定版解説書。サントリー学芸賞受賞作。
江戸中期の出版界に彗星のごとく登場し、瞬く間に頂点にまで上り詰めた版元・蔦屋重三郎、通称「蔦重」は、作家や絵師の才能を見抜く眼力と、独創的企画力を併せ持ち、山東京伝、滝沢馬琴、喜多川歌麿、東洲斎写楽らを育て、黄表紙、狂歌絵本、浮世絵等に人気作を連発、時代の寵児となった。浅間山の噴火と大飢饉、田沼意次と松平定信の抗争などを社会背景に、天明・寛政期に戯作文芸や浮世絵の黄金期を創出した奇才の波瀾の生涯を追う。
作家、画家、版元仲間などのさまざまの人間模様を描き出し、この時期の文芸の展開を社会史的に捉えた意欲作にして、必読の定番書。「単なる出版「業者」ではない「江戸芸術の演出者」としての蔦重の歴史的役割を明らかにしてみせた。」(高階秀爾氏、サントリー学芸賞選評)。図版も多数掲載。新版刊行にあたり、あらたに池田芙美氏(サントリー美術館学芸員)が巻末に解説を執筆。
〔原本は日本経済新聞社、1988年刊。2002年に刊行された講談社学術文庫版の新版〕
目次
プロローグ
一 吉原時代――創業
二 通油町進出
三 黄表紙出版と筆禍事件
四 美人画の制覇――喜多川歌麿
五 役者絵への野望――東洲斎写楽
六 次代を透視して――死
学術文庫版あとがき
解説(池田芙美) -
《すべての性欲を解き放て!》
第三帝国が企てた「快楽」と「生殖」をめぐる大衆動員の実態とは?
ナチズム研究をリードする著者による衝撃的論考の増補文庫化!
産めよ殖やせよ。強きゲルマン人の子らを━ナチスは人間の欲望、とりわけ性欲を解放させることで、人々を生殖に駆り立て、社会を支配せんとした。
「厳格で抑圧的なナチズム」という通説のイメージを、膨大な同時代資料を渉猟することによって覆し、性と権力、快楽と大衆操作が絡み合い展開した「欲望の動員」の実態に光を当てる、決定的研究!
【本書「はじめに」より】
本書はこのような観点から、第三帝国下の「性-政治」の実態を描き出そうとするものである。そこでの性と権力の複雑なからみ合いを、体制側の狙いと個々人の実践との齟齬や矛盾にも留意しつつ、性教育、同性愛、裸体文化、婚外交渉などの争点ごとに検証していきたい。その際とくに、従来の一般的な見方とは異なって、ナチズムが市民道徳への反発から性的欲求の充足を奨励し、ある種の「性の解放」を促進したプロセスに注目する。ダグマー・ヘルツォークの研究が明らかにしているように、彼らにとって性は生殖のためだけのものではなく、快楽や喜びをもたらす一種の刺激剤でもあったのであり、それを徹底的に活用した点にこそ、この運動の動員力を説明する手がかりがあると考えられる。その意味で本書は何よりも、生殖と快楽の問題にとりつかれた体制の「欲望の動員」のメカニズムを解明することをめざしている。
【本書の内容】
はじめに
第一章 市民道徳への反発
第二章 健全な性生活
1 性的啓蒙の展開
2 性生活の効用
第三章 男たちの慎み
1 男性国家の悪疫
2 結婚を超えて
第四章 美しく純粋な裸体
1 裸体への意志
2 ヌードの氾濫
3 女性の魅力
第五章 欲望の動員
1 新しい社交
2 悪徳の奨励
3 道徳の解体
おわりに
補章
注
図版出典
あとがき
学術文庫版あとがき
索引
*本書の原本は、2012年に講談社選書メチエより刊行されました。 -
本書の著者コルネリウス・ネポス(前100頃-前25年頃)について、その詳細はほとんど知られていない。北イタリアのティキヌム(現在のパヴィア)周辺に生まれたと考えられ、ローマが内乱状態に突入する中で、キケロ(前106-前43年)と手紙のやり取りをし、アッティクス(前110-前32年)と深交を結んだほか、詩人カトゥッルス(前84頃-前54年頃)はみずからの詩集『カルミナ』をネポスに献呈している。生涯の大部分をローマで過ごしたが、政治には参加せず、もっぱら文筆業に勤しんだことが推測できるにすぎない。
他の著作家たちによる言及から、ネポスがものした著作には、世界史の概略を語った『年代記(Chronica)』、古来伝わる著名人の言行や逸話を集めた『範例集(Exempla)』のほか、『カト伝』、『キケロ伝』などがあったことが知られるが、これらはすべて失われ、今日残っているのは、さまざまな分野で活躍した偉人たちの生涯を集成した『著名な人物について(De uiris illustribus)』(前35/34年)と呼ばれる著作の一部のみである。それが『英雄伝』の名で親しまれている本書にほかならない。
本書におけるネポスの記述は、取り上げられる英雄たちをもっぱら賞賛する点に加え、彼らの性格を照らし出すエピソードを紹介しつつ、そこから倫理的教訓を導き出す点に特徴がある。これは歴史書というより伝記文学の系譜に属するものであり、対象を賞賛する姿勢と矛盾しない形で、あるいはその賞賛をより引き立たせる効果を狙って主人公の短所や悲運に言及することで、いつの世にも変わらぬ人間精神の愚鈍さ、例えば名誉心や権力欲といったものの実相に読者の目を向けさせる効果をもつ。英雄たちがたどった波瀾万丈な人生をたどる楽しみにとどまらず、古典としての教えに満ちた作品を初の文庫版でお届けするものである。
[本書の内容]
序 文
一 ミルティアデス
二 テミストクレス
三 アリステイデス
四 パウサニアス
五 キモン
六 リュサンドロス
七 アルキビアデス
八 トラシュブロス
九 コノン
一〇 ディオン
一一 イピクラテス
一二 カブリアス
一三 ティモテオス
一四 ダタメス
一五 エパメイノンダス
一六 ペロピダス
一七 アゲシラオス
一八 エウメネス
一九 ポキオン
二〇 ティモレオン
二一 諸王について
二二 ハミルカル
二三 ハンニバル
二四 カ ト
二五 アッティクス
断 片
訳者解説
固有名索引 -
武帝から西域出使の命を受け、未知なる国へと出立した張騫(ちょうけん)(?-前114)。13年もの旅を経て帰国後、下級官僚から大中大夫への大昇進、失態から死罪宣告されるも、並ぶ者なき唯一の「西域専門家」として復権を遂げる――! 文化・物資の東西交流の大道を築いた英雄の波瀾万丈な出使記録と、シルクロード開通の功績を丹念に考察。
NHKの名番組「シルクロード」(1981)(1985)、「大黄河」(1986)を手がけたNHKプロデューサーにして中国文学研究者が、軽やかな筆致で描写。知られざる張騫の生涯と功績から、中国視点でのシルクロードを活写する。
本書の原本は1991年9月、筑摩書房 ちくまライブラリーより刊行されました。
目次
プロローグ 天の河へ行った男 語り継がれる張騫
第一章 張騫登場の背景
匈奴の馬蹄に戦く漢王朝
耳よりな情報と武帝の経略
奇特な応募者張騫――出身と時代風潮
第二章 第一次張騫出使―経過と成果
拘留十年、節を通す
はじめて飲んだ葡萄酒――パミールを越えて
13年目の帰国と報告
第三章 第二次張騫出使――経過と成果
不倒翁の面目
烏孫内属
広がる波紋・張騫効果
第四章 人跡たえぬ流砂の道
葡萄・珍宝そして音楽――西域から漢へ
汗血馬来る――李広利の大宛遠征
絹の威光と穿井法――漢から西域へ
第五章 張騫につづくもの――西域経営の功労者
烏孫の「女王」解憂公主
最初の西域都護――鄭吉
虎穴に入らずんば虎子を得ず――西域に殉じた班超
エピローグ 墓前に思う
解 説 井上文則(早稲田大学教授) -
南太平洋のマエンゲ族の一日当たりの平均労働時間は四時間だという。古代ギリシアにおいて多忙は倫理的悪であり、中世の修道士にとって労働とは神から課された罰であった。
しかし近代になると、労働の価値に大逆転が生じる。「労働の尊厳」が高らかに謳われ、経済のみならず政治・文化を含むありとあらゆる活動が労働化する、完全な意味での労働社会が人類史上初めて誕生する。
この逆転はいかにして、なぜ起こったのか。古代から中世を経て近代にいたる労働観の変遷をコンパクトに描き出し、現在の労働中心主義は決して当たり前のものでもなければ、長い歴史に裏打ちされたものでもないことをあざやかに浮かび上がらせる。
人は生産労働なしに生きることはできない。しかし労働に従事するかぎり人間は自由になることはない。この相克を超えて、本当の意味で「労働から解放」されることは可能なのか――。
労働の価値が再び大転換しつつある今こそ必読の労働論!
かつて多忙は悪であり、余暇こそが自由人の本性にふさわしいとされた。しかし、近代においては資本主義も社会主義も等しく「労働はすばらしい」、「労働は人間を成長させる」と労働の尊厳を謳う。
労働が近代を創造したのであり、労働なしに近代は理解できない。そして、あらゆる人間が精神的にも物質的にも「労働する」社会、当事者が精神的・物質的活動を「労働」として表象する社会は、すなわちあらゆる人間が「奴隷となる」社会である。もし古代人が近代社会を見たら、最悪の社会の到来と仰天するだろう。
非西欧社会、古代、中世の労働観の変遷を踏まえたうえで、ベンジャミン・フランクリンやウェーバー、サン=シモン、コント、マルクス、アレント、ヴェイユなど主要な労働思想を参照しながら、近代的労働観の成立過程を明瞭簡潔に描き出し、我々が当然のものと刷り込まれてきた労働中心主義を見事に解体していく。
人間は労働に従事する限り自由にはなれず、しかし労働なしでは生きていくことができない。そうだとすれば、本当の意味での「労働からの解放」はいかにして可能になるのか。人類と働くことの関係を根底から問い直す、骨太の労働論にして近代論。(原本:『仕事』弘文堂、1988年)
【本書の内容】
はしがき
第一章 未開社会の労働観
第二章 古代ギリシアの労働観
第三章 西欧中世の労働観
第四章 近代の労働観
第五章 労働の批判的省察
注
解説(鷲田清一) -
啓蒙主義と人権思想を生んだヨーロッパの「光」の歴史の裏には、数多の人間を血祭りに上げてきた、陰惨たる「闇」の系譜があった! 火刑、斬首、車裂き……親指詰め、ハシゴ吊るし、「スペインのブーツ」……王殺しや異端審問、魔女裁判を通して発明された拷問と処刑のシステムを、社会の秩序回復と体制強化のための非人間的な権力装置として読む、異色にして出色の文化史。
【目次】
序 章 ヨーロッパ史の光と影
第一章 王殺しの記憶
第二章 異端審問と「死の祭典」
第三章 魔女裁判の歴史
第四章 拷問という権力装置
第五章 裁判と処刑の実態
終 章 ヨーロッパ史の闇の系譜
あとがき
処刑関係略史
参考文献
学術文庫版へのあとがき
【本書の主なトピック】
●15分で失神……究極の拷問具「ボック」とは?
●斬首、絞首、火刑、生き埋め、車裂き……最も重い刑罰は何?
●水審……沈んだら「無罪」、浮いたら「魔女」確定
●映画やメルヘンにも登場、「鉄の処女」伝説の虚実
●マリー・アントワネットの母作成、「拷問図説マニュアル」
●太陽王ルイ14世の治世を脅かした「パリの黒ミサ事件」
●舌を抜いたらおいくら? 拷問と処刑のお値段 -
■日本が敗れたのはアメリカにだけではない。中国に対する「戦略的敗北」、その根本的構造を明らかにする!■
1937年7月7日、中国の盧溝橋(現在の北京市の南西)近くで響いた十数発の銃声をきっかけに、日中両国は戦争に突入した。
国際法上の都合から宣戦布告なしに始めたこの戦争を、当時の日本人は「事変」と矮小化して呼んだが、8年間におよそ100万人もの兵員を中国に動員して膨大な死者をともなった近代日本最長の戦争を定義するには、不釣合いに軽い言葉だったといえるだろう。
いま日本人が昭和の戦争を振り返るとき、その関心の度合いは1941年から始まる太平洋戦争に比べればはるかに低い。
真珠湾攻撃より以前に、すでに日本はかつてないほど長期で大規模な戦争に突入していたということが、あらためて認識されるべきである。
本書は、日中両国の戦略の質的な違いをより明確にし、この戦争の構造をより正確に理解するために、「殲滅戦」と「消耗戦」という二つの概念を対比させて、この戦争の様相と、両国の勝因と敗因をよりくっきりと浮かび上がらせていく。
殲滅戦を支えるのは、軍事力や産業力などの「ハードパワー」である。一方、消耗戦の場合は、政治力や外交力、さらには国家の文化的な魅力をも含む「ソフトパワー」の戦いとなる。日中戦争とは、究極的にはこの二つのパワーの相克であった。こうした視点をもつことで、この戦争の本質のみならず、日中両国の現在もなお変わらない国家的な性格までをも見通すことができるであろう。
【本書の内容】
はじめに
序章 殲滅戦争と消耗戦争
第一章 開戦への歩み
1 満洲事変と抗日運動
2 盧溝橋事件と日中開戦
第二章 破綻した戦略
1 上海攻撃から南京虐殺事件へ
2 将介石の戦略はなぜ生まれたか
第三章 傀儡の国
1 欺かれた汪兆銘
2 南京「傀儡」政権の樹立
第四章 見果てぬ夢
1 太平洋戦争の勃発
2 日本の敗戦と汪政権の最期
第五章 二つのパワー
1 日本のハードパワー
2 中国のソフトパワー
第六章 『検閲月報』を読む
1 発掘された『検閲月報』
2 第一期―第二期の『検閲月報』から
3 第三期の『検閲月報』から
おわりに
主要参考文献
年表
*本書の原本は、2007年7月に講談社現代新書より刊行されました。 -
初期般若経典に、初めて論理的学説を与えた古代インドの名僧・龍樹(150-250、あるいは100-200)。主著『中論』は約450の偈、27の章から、あらゆるものの存在を否定しつくし、反対論者への反駁も執拗にして圧倒的だった。その非常に難解で、さまざまな解釈や誤解を生む古典的名著を、「聖なるもの」「俗なるもの」という2方向のヴェクトル概念を用いて、根気強く考察。インド哲学の泰斗が若かりし頃に記した、エネルギー溢れる筆致が、「俗」から「空」、「悟り」「聖なる世界」へ解脱の境地へと誘う!
はじめに、より
現代に生きるわれわれにとって『中論』が何を教えるのか?
千数百年後のわれわれにまで、直截に伝わるほどの気迫を込めて、龍樹が追求したものはなんだったのか。
さまざまな領域、次元でさまざまな見解があり得るであろう。
しかし、どのような場合においても龍樹が言わんとしたところをできる限り正確に受けとめることから出発しなければならない。 (巻頭言要約)
目次
はじめに
第1章 『中論』における「聖なるもの」と「俗なるもの」
1 『中論』の歴史的位置
2 『中論』の思想的位置
3 『中論』における世俗と最高真理
第2章 「空」の構造
1 「俗なるもの」の構造
2 「俗なるもの」の否定(一)
3 「俗なるもの」の否定(二)
4 「俗なるもの」の否定(三)
5 「俗なるもの」の否定(四)
6 「俗なるもの」から「聖なるもの」へ
7 「聖なるもの」から「俗なるもの」へ
8 「俗なるもの」の聖化(一)
9 「俗なるもの」の聖化(二)
むすび
あとがき
学術文庫版あとがき
索 引
本書の原本は1986年11月、「空」の構造 『中論』の論理 として、第三文明社 レグルス文庫より刊行されました。 -
参政権の平等と民衆の政治参加という理想を追い求めた古代ギリシアの人々。しかし、政治の暗黒面を避けて通ることはできなかった。それが賄賂である。では賄賂とは、いつから、なぜ、「犯罪」とされるようになったのだろうか――。
紀元前5世紀なかばに直接民主政の骨格を完成した都市国家アテナイを、国力の絶頂期に導いたペリクレスは、「賄賂になびかない政治家」として知られる。友人からの供応を嫌い、宴会の招きに応じることもなかったという。それが贈収賄の温床になることを知っていたのである。
しかし、賄賂と贈与はどう違うのか。古代ギリシアはもともと、贈与交換が重視される社会だった。贈与の機能は多様であり、現代ならば、それは謝礼、賃金、報償、あるいは賄賂となるが、それは総じて「贈り物」と呼ばれたのである。そのなかで、私的な利益を誘導する賄賂への態度は、民主政の始まりによって一変したわけではなかった。賄賂を断罪する姿勢があらわれるのは、ギリシア人がペルシア戦争という未曽有の困難に直面し、賄賂が公共性にとって破壊的な結果をもたらすことに気づいたときだった。アテナイのパルテノン神殿の建設という大公共事業に際しても、贈収賄事件を実証する記録は1件も見当たらないという。
〔原本:『賄賂とアテナイ民主政――美徳から犯罪へ』山川出版社、2008年刊〕
目次
1 賄賂と贈与
2 贈り物は神々をも説得する
3 ペルシア戦争という転機
4 さまざまな賄賂
5 罪と法
6 賄賂と民主政
あとがき
学術文庫版あとがき -
本書は古代から江戸時代までにおよぶ日本の通史である。ただし、大化の改新や本能寺の変といった政変や戦乱の歴史ではなく、たとえば大和朝廷時代の臣(おみ)、連(むらじ)、伴造(とものみやつこ)にはじまり律令制を経て鎌倉幕府の組織、さらに室町幕府、江戸幕府の組織に至るように、租庸調から年貢に至る税制、荘園制をふくむ土地制度、裁判制度など、この国を成り立たしめている制度の歴史、いわばこの国の「かたち」の歴史を一望する。
「佐藤君とは違って、僕は中田さんの講義を聴いたからねえ」。かつて石母田正は楽しそうに佐藤進一に語ったという。戦後日本史学の礎を築いた二人の巨人の間でこのような会話をせしめた「中田さん」こそ、中田薫その人であり、本書は、「中田さんの講義」の一つ、東京帝国大学で行われた日本法制史講義公法篇の講義録である。
中田薫(1877-1967年)は、日本における法制史研究の創始者で、法制史はもちろんのこと、前述の会話からも明らかなように日本史学にも絶大な影響を残した。西欧のみならず中国など世界中の法に通暁し、厳密な近代的法概念によって論理的に前近代の法や社会を分析することを通して、その後の日本の歴史像の土台を築いた。
当時の法律雑誌に「聞いて居ては頗(すこぶる)る面白い。通常なら乾燥無味な法律の条文解釈とは別に川柳が出たり、江戸文学の顕著な傑作や貴い珍奇な文献が読み上げられたりするので、その時は無性に面白い。それでいよいよ試験となると最もつらい一科目である」と評された名講義を、講義最終年度にあたる昭和十(1935)年度の講義録を底本に、他年度の講義録や弟子たちによる貴重なノートを参照しつつ編纂。『人物叢書 中田薫』(吉川弘文館、2023年)で入念な調査を重ねその人生に迫った編者による渾身の講義録。
【本書の主な内容】
第一編 上世
第一期 大化前代
天 皇/人民の階級/官制(中央官制)/地方制度/税制および兵制/土地制度/法源/刑法および裁判手続ほか
第二期 大化後代
天皇および皇族/人民の階級/氏姓制度/中央官制/官職(官吏法)/位階の制/地方制度/戸籍および計帳/土地制度/財政/兵制/庄園/法源/刑法/裁判所(司法制度)ほか
第二編 中世
天皇および朝廷/将軍および幕府/人民の階級/庄園/封建制の発達/地方制度/土地制度/財政/法源/刑法/裁判所(司法制度)ほか
第三編 近 世
天皇および朝臣/将軍および幕臣/幕府の中央官制/人民の階級/地方制度/土地制度/財政/封建制/法源/刑法ほか
編者解説 -
寿司も天ぷらも精進料理も、その起源は海外にあった! 古代から現代まで、和食の料理体系の全貌を描く!
いまや世界中で愛される日本食は、どのように生まれ、現在の姿になったのか。本格的に米を採り入れた弥生時代、茶の湯と懐石料理の戦国時代、料理文化が花開いた江戸時代、西洋料理が入ってきた明治時代、そして国際化・多様化の進む現代へ――。食器、調理法、食事作法から国家・社会・経済との関わりまで、沖縄・北海道を含むあらゆる日本の食文化を網羅する通史。増補決定版!
【目次】
はじめに――和食という料理
序 章 食の意義と日本料理
第一章 日本料理の前史と文化――先史時代の食文化
第二章 古代国家と食事体系――日本料理の源流
第三章 中世料理文化の形成と展開――大饗、精進、本膳そして懐石
第四章 近世における料理文化の爛熟――自由な料理と庶民の楽しみ
第五章 明治の開化と西洋料理――西洋料理の受容と変容
第六章 大正・昭和の市民社会と和食――日本料理の変容と展開
終 章 料理からみた日本文化
補 章 平成・令和の食――メモ風に
コラム1 スシ
コラム2 テンプラ
コラム3 スキヤキ
おわりに
学術文庫版あとがき
参考文献
索 引 -
戦争の陰で暗躍し、鉄砲や大砲、ミサイルや核兵器まで売り捌き、巨万の富を得た武器商人たちの実態を暴くノンフィクション!
武器商人は、戦争の危機を煽り、国防の必要を訴えるとともに、「愛国者」として政治家に取り入り、大量の武器を売り込んできた。資本主義が発展する中で、科学技術とともに軍需産業が拡大すると、彼らは資本家となり、巨万の富を築き上げるだけでなく、国際的な独占資本となった――。国内外の実話をもとに、黒幕たちの系譜と実態を暴き、戦争が起きる仕組みを明らかにする。(解説・小泉悠)
〇本書に登場する人物
・アメリカの大統領リンカーンを激怒させたJ・P・モルガン
・明治の戦争成金となった、大倉財閥の始祖である大倉喜八郎
・ダイナマイトを発明した利益で、平和賞を創設したノーベル
・史上最も有名な、謎多き伝説の武器商人である騎士ザハロフ
・大砲の王者として数世代かけて巨大企業をつくったクルップ
・火薬から原水爆まで、アメリカ有数の財閥となったデュポン
【目次】
1 「死の商人」とは何か
2 サー・バシル・ザハロフ――「ヨーロッパの謎の男」
3 クルップ――「大砲の王者」
4 IGファルベン――「死なない章魚」
5 デュポン――火薬から原水爆へ
6 日本の「死の商人」
7 恐竜は死滅させられるか
あとがき〔一九六二年改訂版への〕
あとがき
解説 暴力を理解し、しかし飲み込まれないために 小泉悠 -
政治には関与せず無気力。日々、絵を描き芝居を観て祝宴に列し、女性とみれば女優に修道女、宮廷の侍女から街の娼婦まで口説かずにはいられない。そんな愛欲に溺れる己に苦しみ、罪悪感から神にすがっては懺悔する…。
華やかなりしスペイン帝国をみるみるうちに凋落の一途へと導いた、国王フェリペ4世(1605-65 在位 1621-65)。
悪名高き意志薄弱な王は、いかに誕生したのか。その放埒な生活と晩年の不如意な人生と死を第1部に。凋落するスペイン帝国の実態を第2部に構成。様々な噂話やエピソードかスペイン・ハプスブルクの影を活写する。
目次
はじめに
第一部
第1章 スペイン国王フェリペ四世、誕生
王子の誕生と教育/王子の理想像/結婚、そして王位継承へ/寵臣オリバーレスと王家の人々
第2章 浮気な国王の放埒な宮廷生活
祝宴につぐ祝宴/王宮での日々/芝居を楽しむ/十七世紀式闘牛、マヨール広場にて/《狩猟をするフェリペ四世》/宮廷式求愛/宮廷画家ベラスケスと絵画コレクター/宮廷のおどけ者たち
第3章 フェリペ四世の告白できない告白
スキャンダルの始まり/女優〈ラ・カルデローナ〉との恋の戯れ/女子修道院に忍び込む/賢夫人イサベル王/ライバルは「ドン・フアン」/伯爵暗殺
第4章スペイン帝国の危機と王家の不幸
マントヴァ継承戦争とネーデルランド/カタルーニャとポルトガルの反乱/寵臣オリバーレスの失脚/権力の後継者ルイス・メンデス・デ・アーロ/イサベル王妃とバルタサール・カルロスの死/跡継ぎが生まれない!/「大地の息子」フアン・ホセ・アウストリア以後
第5章 世俗を逃れて/恩寵を求めて
神秘家マリア・コロネル/「余に天罰を!」/魂の国からのアドバイス
第6章 国王の晩年と黄昏れゆくスペイン
苦悩の晩年と国王の死/ハプスブルク家からブルボン家へ
第二部
17世紀スペインへの望遠鏡(テレスコープ)
ハプルブルク・スペインのかたち/人々の生活とカトリック教会/異端審問と「アウト・デ・フェ」/黄金世紀、百花繚乱
《注》
あとがき
主要参考文献
人名索引
学術文庫版あとがき
本書は、『浮気な国王フェリペ四世の宮廷生活』(岩波書店 2003年3月刊)を改題、加筆・一部修正したものです。 -
◇土地の名前、不思議な説話。そのすべては、古代びとの生きた確かな証◇
奈良時代の初期、『古事記』や『日本書紀』とほぼ同時期に編述された、官撰の地誌『風土記』。
地方に律令政治による統治を行きわたらせようとした朝廷が、令制国の国庁にそれぞれの地理、産物、文化、歴史についての調査を命じ、その記録を献上させたものである。
各国ごとに編纂された『風土記』だが、その多くは散逸してしまい、現在まで遺されているのは、ごく数ヵ国のものに限られる。
『播磨国風土記』はその一つであり、本書は兵庫県南西部の地名の由来、大国主の伝説や景行天皇求婚譚などの説話、古代人の生活・習俗などを生き生きと伝える最重要史料である。
本書は漢文で書かれた原文からの訓下し文に、詳細な訳註つき。
さらに懇切な解説も加えた、「風土記」の世界を味わいつくす全訳注!
【本書「まえがき」より】
〈国家神話〉として再構成されたものではなく、在地に生きる古代の人々の、生きた神話や伝説、また習俗・社会などのありさまが、断片的ながらも窺える……本書は日本古代の人々の、生きた姿を、少しでも明らかにしようと努めたものである。
【本書の内容】
まえがき
凡例
一 賀古郡(一)
二 賀古郡(二)
三 印南郡
補説「印南郡」の存否
四 餝磨郡(一)
五 餝磨郡(二)
六 餝磨郡(三)
七 餝磨郡(四)
八 揖保郡(一)
九 揖保郡(二)
十 揖保郡(三)
十一 揖保郡(四)
十二 揖保郡(五)
補説「言挙げ」について
十三 揖保郡(六)
補説『万葉集』と播磨
十四 揖保郡(七)
補説 天日槍 付、粒丘銅牙石
十五 讃容郡(一)
補説 鹿の話
十六 讃容郡(二)
補説「異剣」伝説について
十七 宍禾郡(一)
補説「大神」「伊和大神」について
十八 宍禾郡(二)
補説 葦原志許乎神について
十九 神前郡(一)
補説 大汝神少比古尼神
二十 神前郡(二)
補説 百済人
二十一 託賀郡(一)
補説 盟酒
二十二 託賀郡(二)
補説 女性神
二十三 賀毛郡(一)
補説 地名起源記事の種類と性格
二十四 賀毛郡(二)
補説 根日女の話
二十五 賀毛郡(三)
補説 延喜式と風土記
二十六 美なぎ郡
補説 於奚袁奚天皇と「詠辞」
解説 鉄野昌弘
播磨国風土記地図
*本書は訳し下ろしです。訳者の遺稿に補遺を施しました。 -
「あの世の闇」すら光り照らす猫の目を敬い、蛇の脱皮する姿に「復活」を想起し、糞玉を押す黄金虫に太陽を運ぶ神を想う……。ナイルの恵みで農業国として繁栄したエジプト中王国ー新王国時代。時に神と崇め、時に恐れ敵対した動物たちとエジプト人との関係や、動物ミイラの作り方、当時の社会や宗教観まで活写した、異色歴史書!
内容一部紹介
◎古代エジプト人と猫の暮らし◎
*夢に大きな猫が出たら吉兆。大豊作になる。
*猫女神バステトは出産の神。新婚夫婦は欲しい子供の数だけ、護符に猫の絵を描く。
*火事になったら火を消すよりも猫を助けよ。
*飼い猫が死んだら家族全員、眉を剃って喪に服す…等
序 文
第一章 猫
世界最古の家猫図/オシリス神話/女神バステト/猫の聖地ベニ・ハッサン/パケト信仰/猫のミイラと棺/闇を退治する目/ネフルよ、ネフルよ/ブバスチスの「猫王」/バステトの祭り/猫の墓/エジプト人の愛猫心
第二章 犬
アヌビス信仰/西方の者/絵画と彫像/『二人の兄弟の物語』/エジプト犬のミイラ
第三章 蛇
二つのエジプト/『難破船水夫の物語』/悪蛇アポピス/翼ある蛇
第四章 ライオン
大スフィンクス/王たちとライオン/ライオン狩り
第五章 黄金虫
スカラベと太陽神/『死者の書』の図像/記念スカラベと印章スカラベ/護符スカラベ
第六章 鰐
ナイルの暴れん坊/ソベク神殿/オシリスを救う神
第七章 ハゲワシ
白い女神ネクベト/王冠飾りと棺の飾り/ハヤブサとトキ
第八章 牛
雄牛の神/雌牛の神
第九章 驢馬、馬、駱駝
砂漠と不毛の神/夷狄のもたらしたもの/洗浄の主役/奉仕のみの動物
学術文庫版解説・・・・・・・ 河合 望(金沢大学古代文明・文化資源学研究所所長 金沢大学新学術創成研究機構教)
古代エジプト略年表
本書は『古代エジプト動物記』(文藝春 1984年刊)を改題したものです。
現在では差別的とされる表現が含まれていますが、本書が執筆された時代環境を考え、また著者が故人であることから、そのままにしてあります。差別の助長を意図するものではありません。 -
1867(慶応3)年、パリ万国博覧会が開催された。日本が初めて参加した国際博覧会であり、幕府は徳川慶喜の弟である昭武を公使として派遣した。使節団には幕臣となっていた渋沢栄一が随行。帰国後、渋沢は、外国奉行支配調役として同行した杉村譲(愛蔵)とともに、全6巻の詳細な渡欧記録をまとめ、1871年(明治4)に刊行した。
この記録には、フランスの繁栄を誇ったパリ万国博での見聞のほか、ナポレオン3世やイタリアのヴィットリオ・エマヌエレ2世、オランダ国王ウィレム3世ら欧州要人たちと徳川昭武の謁見、産業革命のただなかにあったイギリスの工業化や、政治・経済のシステムへの驚きなどが、生々しく描写されている。
従来、この日記は、渋沢の単著として扱われてきたが、近年の研究により、旅の前半を幕臣として同行し、後に明治政府の官僚となった杉村譲の日記と渋沢の日記から編纂・執筆されたものであることがわかってきた。こうした旧幕臣の体験と知識が、その後の近代化に大きく生かされたのである。
文庫化にあたっては、『世界ノンフィクション全集14』(筑摩書房、1962年)所収の大江志乃夫現代語訳を原本とし、「付録」として、一行の帰国の事情と帰国後の動向を記した、渋沢栄一談/小貫修一郎編著『渋沢栄一自叙伝』(渋沢翁頌徳会、1937年刊)の13章1節から4節までを収録した。 -
発音も不明な謎に満ちた文様――エジプト聖刻文字、楔形文字、ヒッタイト文書、ウガリット文書、ミュケーナイ文書。主要古代文字が解読されるまで推理、仮説、検証を重ねた、気の遠くなるような忍耐と興奮の軌跡を、言語学と旧約聖書研究の泰斗が、平易かつ正確に描写。数千年を超えた過去との交流を先人とともに体感できる、心躍る書!(解説・永井正勝)
まえがき
第一章 言語と文字 高津春繁
第二章 エジプト聖刻文字の解読 関根正雄
第三章 楔形文字の解読 関根正雄
第四章 ヒッタイト文書の解読 高津春繁
第五章 ウガリット文書の解読 関根正雄
第六章 ミュケーナイ文書の解読 高津春繁
学術文庫版解説 永井正勝(人間文化研究機構人間文化研究創発センター特任教授)
索引
地図
内容紹介
両者の解く古代文字解読の世界は、解読当時の学者達や社会の常識を踏まえつつ、解読者の心境を代弁するかのような語り口でなされている。そこに時折加えられる古代社会の記述も相まって、読者は解読当時の様子をこの目で見ているかの如く本書を読み進めていくことができる。(略)本書の魅力は、文化に対する深い理解と愛を持った卓越した研究者の手になる部分が大きい。 ――――――「解説」より
*本書の底本は『古代文字の解読』(岩波書店 1964年10月刊)です。文庫化にあたり読みやすさに配慮して、旧字を随時、常用漢字に置き換え、送り仮名も新字対応とし、ルビの追加を行い、明らかな誤植は訂しています。
経年などにより説明が必要と思われた箇所は、編集部註として[ ]で補足いたしました。「最近」「現在」などの表記につきましては、原本が出版された一九六四年時点の時制といたします。
本書には現在では差別的とされる表現も含まれていますが、著者が故人であることと差別を助長する意図はないことを考慮し、原本刊行字の文章のままとしております。 -
紀元前338年、ギリシャ敗戦! その後「民主政」はどうなった?
教科書に載らない歴史の真実を明かす、第一人者によるアテネ「亡国」のドラマ。
*
紀元前338年、アネテやテーベを中心とするギリシア連合軍は、フィリポス2世とアレクサンドロス率いるマケドニア軍に歴史的な大敗を喫した。アテネが誇る民主政はしかし、それを契機にかつてない平和と繁栄を謳歌する――。デモステネスら政治家たちの闘いの跡を追いつつ、アレクサンドロス躍進の陰で「黄昏」と呼ばれたアテネの実像を明らかにする、第一人者による画期の書!
*
[目次]
はじめに
序章 「黄昏のアテネ」に迫る
1 「黄昏のアテネ」とデモステネス
2 「政治家」と「政治グループ」
第1章 決戦へ
1 デモステネスの生きた時代
2 デモステネスの前半生
3 反マケドニアの政治家として
4 「宿敵」アイスキネスとの対立
第2章 敗戦――マケドニアの覇権
1 戦後処理
2 デモステネスの活躍
3 アレクサンドロスの時代の幕開け
4 マケドニアの傘の下で
第3章 対決――「冠の裁判」
1 裁判が始まるまで
2 「弁論家の戦い」
第4章 平穏――嵐の前の静けさ
1 デモステネスの隣人たち
2 アテネ民主政の姿
3 動乱の前ぶれ
第5章 擾乱――ハルパロス事件
1 ハルパロス事件とは
2 事件当時のアテネの情勢
3 ハルパロス裁判
4 裁判の背後の人間模様
第6章 終幕――デモステネスとアテネ民主政の最期
1 民主政アテネの最後の闘い
2 愛国者たちのそれぞれの最期
終章
1 デモステネスの遺したもの
2 「黄昏」の民主政
史料について
主要参考文献
関連年表
あとがき
学術文庫版へのあとがき -
復讐に取り憑かれた伍子胥、人心を操り権力に固執した王莽、女のために国を売った呉三桂……。極め付きの裏切り者たちが行き着く先は? 『史記』『戦国策』『三国志』『世説新語』等の史料から、歴史を動かした個性溢れる悪漢たちを描き切る。春秋時代から明末清初まで、二五〇〇年にわたって興亡の絶えない中国をかき回した反逆者たちの数奇な人生。
中国古典の第一人者・井波律子氏による評伝集にして、中国史・中国文学のファン必携の一冊。
【主な登場人物】
・母国の君主に父兄を殺され、敵国の呉に奔った伍子胥(ごししょ)
・品行方正を装い、世論を操作して王朝を簒奪した王莽(おうもう)
・三世代かけて国を滅亡させた諸葛亮のライバル司馬懿(しばい)
・貴族に出し抜かれ、皇帝になりそこなった繊細な桓温(かんおん)
・反乱を引き起こすも、夢半ばで息子に殺された安禄山(あんろくざん)
・英雄を処刑したため、中国史上最も忌み嫌われた秦檜(しんかい)
・恋人を奪われて激怒し、身を売り国をも売った呉三桂(ごさんけい)
ほか、呉起、始皇帝、商鞅、張儀、蘇秦、趙高、則天武后、楊貴妃、項羽、劉邦、諸葛亮、永楽帝、朱元璋、李自成など多数。
【目次】
はじめに
第1章 復讐の鬼――伍子胥
第2章 自立するコスモポリタン――戦国時代のパフォーマー
第3章 頭でっかちの偽善者――王莽
第4章 持続する裏切り――司馬懿
第5章 気のいい反逆者――王敦と桓温
第6章 危険な道化――安禄山
第7章 極め付きの「裏切り者」――秦檜
第8章 恋に狂った猛将――呉三桂
年表
参考文献
あとがき -
経済発展と民主化を達成し、ますます存在感を高めている「台湾」は、どんな歴史を歩み、どこへ向かうのか。2024年1月の総統選挙を控えて、その歴史と現在を知る文庫版。
その歴史は「海のアジア」と「陸のアジア」がせめぎ合う「気圧の谷間」が、台湾という場所を行ったり来たりした歴史だった。その動きから生じる政治・経済の国際的な激動の中で、多様な人々が織りなしてきた「複雑で濃密な歴史」を見つめることなしに、現在の台湾を理解することはできない。
はるか以前から、さまざまな原住民族(先住民族)が生きていた台湾島が、決定的な転機を迎えたのは17世紀のことだった。オランダ東インド会社が初めて「国家」といえる統治機構をこの島に持ち込んだのである。短いオランダ統治の後、明朝の遺臣・鄭成功ら漢族軍人の時代を経て、清朝による統治は200年に及ぶが、1895年、日清戦争に勝利した日本の植民地支配が始まる。そして1945年に始まった中華民国による統治は、当時の民衆に「犬が去って、豚が来た」と言われるものだった。その中で、本省人・外省人の区別を超えて「台湾人」のアイデンティが育まれ、1990年、直接選挙による第1回総統選で「初の台湾人総統」李登輝が登場する。
『台湾――変容し躊躇するアイデンティティ』(2001年、ちくま新書)を、大幅増補して改題し、文庫化。
目次
はじめに――芝山巖の光景
第一章 「海のアジア」と「陸のアジア」を往還する島――東アジア史の「気圧の谷」と台湾
第二章 「海のアジア」への再編入――清末開港と日本の植民地統治
第三章 「中華民国」がやって来た――二・二八事件と中国内戦
第四章 「中華民国」の台湾定着――東西冷戦下の安定と発展
第五章 「変に処して驚かず」――「中華民国」の対外危機と台湾社会の自己主張
第六章 李登輝の登場と「憲政改革」
第七章 台湾ナショナリズムとエスノポリティクス
第八章 中華人民共和国と台湾――結びつく経済、離れる心?
第九章 「中華民国第二共和制」の出発
結び
補説1 総統選挙が刻む台湾の四半世紀――なおも変容し躊躇するアイデンティティ
補説2 「台湾は何処にあるか」と「台湾は何であるか」
学術文庫版あとがき
参考文献
台湾史略年表
索引
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