生きるも死ぬも、江戸市井の人々とともに!
頃は江戸中期。浅草諏訪町で開業する独庵こと壬生玄宗は京と長崎で漢方と西洋医学を修めた、仙台藩の奥医師の息子だ。とうに四十の坂を越えた総髪の大男は、一見こわもてだが、酒は不調法、女人にはついつい腰が引けてしまう質らしい。どうにも煙たい二度目の妻は、元服近い息子とともに仙台藩下屋敷に住んでいる。医術の腕は天下一品、時の老中の病を治したことで評判が江戸市中に広まり、診療所を切り盛りする女中のすず、代診の弟子・市蔵ともども休む間もない。だが、門前市をなす理由はそれだけではなかった。医者の本分はもとより病を治すこと、では、治らぬ病はどうする。独庵が悩んだ末にたどり着いた結論は、患者に希望を与えることだった。人らしい生き方、死に方を望まれれば、看取りも辞さない。そんな独庵に妙な往診依頼があった。知人の材木問屋の主・徳右衛門が、なにかに憑りつかれたように、薪割りを始めたという。独庵の手となり足となって事情を探る絵師・久米吉に調べさせたところ、思いもよらぬ仇討ち話が浮かんできて……。江戸の人々の心に暖かな灯をともす看取り医にして馬庭念流の遣い手・独庵が、一刀のもとに悪を両断する痛快書き下ろし時代小説。
桜を見せたい夫、夫の志を見たかった妻!
大川堤の桜のつぼみが、ほころびる様子もなく寒風に耐えていた春の初め、浅草諏訪町にある独庵の診療所に懐かしい男が顔を見せた。
長崎遊学中ともに勉学に励んだ佐田利良だった。早速、診察室に招じ入れると、佐田が土産だと言って差し出したのは、江戸はもとより、日の本でも珍しい葡萄酒だった。故郷の甲州で自ら作ったものだという。
眼科を志していた佐田は、あれこれ事情があって、今は、日本橋で薬種屋を営んでいるとか。葡萄酒の製造も、あくまで薬として売り出すつもりらしい。
しかし、佐田が独庵を訪ねたわけは、もとより葡萄酒を進呈するためではなかった。佐田の内儀・千代は予てより江戸患い(脚気)に苦しみ、その道の名医・道寺の診立てでは、もはや先が長くない。佐田の願いは、この春の桜をひと目見せてやることだったが、白底翳(白内障)で、それも覚束ない。
佐田の来訪は、独庵に江戸きっての眼医者・破風元代に口をきいてもらえないか、ということだった。快諾した独庵は面識のない破風が受けざるを得ないよう策を講じ、佐田を連れて面談を求めたが……。
2021年啓文堂書店時代小説文庫大賞第1位受賞作、待望の書き下ろし第3弾。
704円〜726円(税込)
生きるも死ぬも、江戸市井の人々とともに!
頃は江戸中期。浅草諏訪町で開業する独庵こと壬生玄宗は京と長崎で漢方と西洋医学を修めた、仙台藩の奥医師の息子だ。とうに四十の坂を越えた総髪の大男は、一見こわもてだが、酒は不調法、女人にはついつい腰が引けてしまう質らしい。どうにも煙たい二度目の妻は、元服近い息子とともに仙台藩下屋敷に住んでいる。医術の腕は天下一品、時の老中の病を治したことで評判が江戸市中に広まり、診療所を切り盛りする女中のすず、代診の弟子・市蔵ともども休む間もない。だが、門前市をなす理由はそれだけではなかった。医者の本分はもとより病を治すこと、では、治らぬ病はどうする。独庵が悩んだ末にたどり着いた結論は、患者に希望を与えることだった。人らしい生き方、死に方を望まれれば、看取りも辞さない。そんな独庵に妙な往診依頼があった。知人の材木問屋の主・徳右衛門が、なにかに憑りつかれたように、薪割りを始めたという。独庵の手となり足となって事情を探る絵師・久米吉に調べさせたところ、思いもよらぬ仇討ち話が浮かんできて……。江戸の人々の心に暖かな灯をともす看取り医にして馬庭念流の遣い手・独庵が、一刀のもとに悪を両断する痛快書き下ろし時代小説。
小石川養生所を食い物にされてなるものか!
浅草諏訪町の診療所に二人の訪問客があった。伊達家の奥医師の嫡子だった独庵こと壬生玄宗の妻・お菊がいつもの握り飯と焼いた鱚を持ってやってきた。
とうに四十の坂を越えた総髪の大男は、一見こわもてだが、酒は不調法、女人にはついつい腰が引けてしまう質らしい。これといった訳などないが、息子とともに仙台藩下屋敷に住む二度目の妻が、どうにも煙たい。
診療所を切り盛りするすずの「お客様です」の声を渡りに船と、お菊を置いて待合室に出向くと、岡崎良庵という小石川養生所の医師が控えていた。手に余る患者を診てもらいたいという。
代診の弟子・市蔵と養生所に出向いた独庵だが、売れっ子の戯作者だという患者の診立てが皆目つかない。しかし、独庵の気掛かりはそれだけではなかった。
ごみ溜めのような養生所の有り様、看病中間の荒んだ振る舞い、そして独庵の腕を試すような良庵の言動……。小石川養生所にはなにかある! 独庵はさっそく、探索役の絵師・久米吉を呼び、病と称して養生所に入れ、と命ずる。
患者のためなら看取りも辞さない、馬庭念流の遣い手・独庵が、一刀のもとに悪を両断する痛快書き下ろし時代小説第2弾。
桜を見せたい夫、夫の志を見たかった妻!
大川堤の桜のつぼみが、ほころびる様子もなく寒風に耐えていた春の初め、浅草諏訪町にある独庵の診療所に懐かしい男が顔を見せた。
長崎遊学中ともに勉学に励んだ佐田利良だった。早速、診察室に招じ入れると、佐田が土産だと言って差し出したのは、江戸はもとより、日の本でも珍しい葡萄酒だった。故郷の甲州で自ら作ったものだという。
眼科を志していた佐田は、あれこれ事情があって、今は、日本橋で薬種屋を営んでいるとか。葡萄酒の製造も、あくまで薬として売り出すつもりらしい。
しかし、佐田が独庵を訪ねたわけは、もとより葡萄酒を進呈するためではなかった。佐田の内儀・千代は予てより江戸患い(脚気)に苦しみ、その道の名医・道寺の診立てでは、もはや先が長くない。佐田の願いは、この春の桜をひと目見せてやることだったが、白底翳(白内障)で、それも覚束ない。
佐田の来訪は、独庵に江戸きっての眼医者・破風元代に口をきいてもらえないか、ということだった。快諾した独庵は面識のない破風が受けざるを得ないよう策を講じ、佐田を連れて面談を求めたが……。
2021年啓文堂書店時代小説文庫大賞第1位受賞作、待望の書き下ろし第3弾。
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