岡田啓介(1868~1952)海軍大将、政治家。福井県生まれ。1889年(明治22年)海軍兵学校卒業。1901年海た海軍大学校卒業。1927年(昭和2年)田中義一内閣の海軍大臣となる。1929年7月軍事参議官となるが、翌年のロンドン海軍軍縮条約問題においては、浜口雄幸内閣の方針を支持しており、政府と軍司令部・海軍省の間を周旋し、条約に寄与した。五・一五事件後斉藤実内閣総辞職後、元老西園寺公望浜口雄幸は岡田を後継に指名し、1934年7月組閣した。岡田啓介内閣は反対勢力から「現状維維持」と批判され、天皇機関説事件では2度にわたる国体明微を余儀なくされた。また選挙粛清運動など通じて新官僚が政治的に台頭した。二・二六事件で襲撃されたが、殺害を免れ事件後辞任、重臣の列に加えられらた。日米開戦には消極的で東条英機退陣画策し、1944年7月東条内閣は総辞職した。